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二人の魔術師が迷惑な戦闘ではしゃいだ次の日である。
礼御は蓮武の運転する自動車に乗っていた。運転席に蓮武。その後ろ、後部座席には葵が乗っている。その隣に妖弧の姿となった玉藻を膝に乗せた礼御が座っていた。
時刻は正午。自動車は狭い海に架けられた大橋を渡る。国内でも、その地域は田舎の代名詞に違いない。礼御が幼い頃より過ごした町まで、後二時間はゆうにかかるだろう。
出発してから車内は気持ち悪いほど静かであった。葵と蓮武が高尚な会話で礼御を置いていくこともなく、蓮武と玉藻が昔話に花を咲かせることもなければ、玉藻が礼御にくだらない話を持ちかけることもしなかった。所々で礼御が、気を利かせたように口を開くのみ。
礼御はその空気に居心地の悪さを感じてならなった。しかし他の者達はそう思っていないようだ。蓮武は黙って運転に集中しているし、葵はずっと車窓の風景を眺めるばかり。玉藻は気兼ねなくうたた寝をしている。
この中でどうして自分だけがこれほどまで落ち着かないのか、礼御は不思議でならなかったし、いっそわずかな焦りさえも生まれていた。
玉藻は勝手についてきたのである。そんな彼女の行動に礼御は驚いた。というのも、玉藻はもう一人の同居妖怪とゲームをしながら礼御の帰りを有意義に待つものだと思っていたからである。しかし玉藻は「あたしはお前を守ると約束したからな。この前の幽鬼のときみたく、いきなり名を呼ばれて駆けつけるのは面倒だ」と、なんだか面白おかしく言うものだから、ちょっとした旅行気分なのではないかとも礼御は疑ったほどである。
玉藻がついてくる以上、仲間外れにするのは申し訳なく思い、礼御は一応紅子にも声をかけた。しかし紅子はついてくるのをやんわりと拒絶した。話を聞く限り、どうやら礼御達が目的する場所は以前紅子が使えていた位置と遠くないようだ。「せっかくあんな田舎の島を抜けてきたというのに、またそこに戻るなんて気が進まんのう」と紅子は言い、また「それにわしは帰る場所を守るモノ。主が気兼ねなく逃げ帰ってこれるよう、ここの部屋で待つ」と自分の使命を笑って礼御に告げた。それならばと礼御は紅子に行ってきますを言って自分の帰る場所を彼女に預けたのだった。
紅子も連れてくれば良かった。そしたら少しは雰囲気も変化したかもしれない。なにせあいつは幸せの象徴みたいな存在だしな。
礼御はそんなことを思い出し考えながら、海の上を走る風景をちらと見る。そんな中、礼御の気遣いを感じるものの相手にしない者が二名いた。
魔術師の二人である。おそらくこれから起こるであろう出来事に、人として失われていない緊張や期待が彼らにそうさせていた。
自動車はやがて海を抜ける。礼御が目の端で消えゆく藍色を追っているときだった。不意に沈着な空気が礼御の下までとある低音の声を運んだ。
「魔術師とは一体どういう者達だと、礼御は思う」
礼御はその唐突さに、自分に問われているのだと判断するのに時間を要した。ハッと現状を把握すると、礼御はぼんやりとした音を出しその場を繋ぐ。しかしそれを受け取る者はいなかった。葵は依然窓に目を向けており、困った礼御が下を向くと半目で見上げる玉藻の姿があった。
礼御はポリポリと軽く頭を掻くと、さきほどの蓮武の問いに対する自分の考えをまとめる。
「なんだか――」
参考になる者は少ない。字深 蓮武と雨無 葵。その二人に加え、礼御は魔術師として再認識しなければならない者達がいた。誰よりも身近にいた人達だ。
その印象より、礼御は問いに答える。
「達観しているように見えます。・・・自分の知らない何もかも、その人達は知っているような、そんな気がします」
それが答えになっていると、礼御は到底思えなかった。しかしここ数日の、正確には記憶の限りのその者達は今の礼御にそう映った。
またも静かな時間が流れる。礼御は自分の解答を蓮武がどうとらえたのかわからなかった。少しの間彼は口を開かない。
それを破ったのは意外にも玉藻だった。
「おおよそ正しいのではないか? 魔術師なんて、いかに自分の浅はかさを上手く隠そうと考える、そんな人種さ」
それが皮肉から出た言葉なのか、本心をありのまま呟いただけなのか、礼御には判断できなかった。しかしそう言った玉藻の様子はなんだか羨ましそうに礼御には映る。
「くだらないよな。でもそれが――面白くもある」
「時間つぶしには持ってこいだろ」
玉藻に答えたのは蓮武であった。礼御はバックミラーに映る蓮武の表情が笑っていたのに気づく。玉藻は「まあな」なんて小さく笑っていた。
「魔術師というのはな。いわば非科学の研究者だ」
蓮武が語り始める。葵は相変わらず礼御に隣に座って窓の外を眺めていた。
「科学の浸透しきったこの世の中で、けれど非科学を目にしてしまう者達。その中でも何かを目指し、自身の求める心理を探究する者。それが魔術師だ。」
自動車は高速道路を走る。田舎に相応しい、山中に通った道路である。
「――だから俺は退魔師を名乗ることが多い。家柄ということもあるが、魔術師を自ら名乗るほど、問い詰めたい事柄もないからな。そんな俺が魔術師を名乗ると、本当に魔術師を名乗りたい者に失礼だろ」
礼御は蓮武の視線が、ちらりとだけ鏡に反射し葵に到達したのを確認した。




