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「それがあの場所だったということですか」
礼御は額に浮かんだ汗を拭いながら、そう小さく呟いた。
自分のなくしていた過去を取り戻し、呼吸が整うと、礼御はそのことを蓮武と葵に話した。蓮武はその辺りの説明を聞いていたらしく、礼御の話に「あぁ」と相槌を打つばかりであった。また葵は興味があるのかないのかわからない表情で、なおもウィスキー片手に礼御の話を聞いていた。
その後である。蓮武は中断していた話に説明を加えた。先ほどは「そのうち話す」と言って省いた説明を付け加えたのである。
礼御に宿る徳間の能力を封じるための場所。礼御が幼少期から高校時代までを過ごした田舎町こそがそれであった。
詳しく言うと、その土地によって礼御の能力が封じられているのではなく、その土地にいるモノによる効果で封じてあったらしい。
今、その封印が解かれつつある。そのため礼御は突如として妖怪を見るようになった。そしてそれらと馴れ馴れしく会話を楽しんだのである。
その後、語られる蓮武の役目は礼御の安全の確保と弱まる封印の原因排除であった。
「俺の専門とは違うんだ」
蓮武は礼御の両親から依頼された後者について、そう漏らした。
「それはそうでしょう。あなたは退魔師であって、封魔師ではない」
葵は蓮武の憂鬱を読み取ったらしい。蓮武に励ましとも思える言葉をかけた。
「しかし依頼だ。特に徳間さんからのものであるし、断れなくてな。お前の母親なんて『あなたに適任だし、成長につながるわ』なんて笑って言うんだ。参っちまう」
そう話す蓮武が礼御にはなぜかとても身近な人物のように感じた。
「とにかく準備が必要だったのでな。お前の安全を確保した後、ゆっくり始めるかと思ってお前の家の近くに行ってみるとどうだ。まさか玉藻前と仲良く戯れているなんて思わなかったぞ」
蓮武は呆れたように言うと、さらに続ける。
「しかしそれは俺にとっても都合がよかった。言い方は悪いが、お守をしつつ専門外の魔術について準備するのは苦労だからな。準備が終わるまでは、お前のお守は玉藻に任せたんだ」
「それなら一言先に声をかけてくれればよかったじゃないですか。いきなりの登場で焦りますよ」
礼御はまっとうな意見を蓮武にぶつけるのだが、蓮武は間の抜けた表情になった。「おかしいな」と呟くと、礼御に尋ねる。
「俺のこと、玉藻から聞いていないのか?」
「?……もちろん」
すると蓮武は小さく笑いながら呆れた息を漏らした。
「あの野郎。てっきり礼御に俺のことを話しているものだと思っていたのだがな」
「……どういうことです?」
「玉藻は俺の存在に気づいていたはずだ。俺の目的を察したか、単なる気まぐれなのかは知らんが……。最初に俺と会った日があるだろ。そのとき玉藻はあえて俺とお前の対面に同席しなかったのだと思っていた」
それを聞き、礼御は思い当たることがあった。あのとき玉藻の言い残した言葉に違和感を持ったのを覚えている。
『――邪魔されるのは嫌だろう?』
玉藻はそう言った。そのとき礼御はその言葉の意味を勘違いしていたが、つまり玉藻は蓮武の存在に気づいており、また蓮武が礼御にとりあえずのコンタクトを取ろうとしていたことを知っていた。そこに自分がいては蓮武との昔話で邪魔をすると思い、あの言葉を残して去ったのである。決してその日に購入した物品の確認の方が大事であったと言うわけではないと信じたい。
「あいつの好き勝手にも困ったものだな」
蓮武は毒を吐くものの、その表情は楽しそうであった。それが玉藻前と名乗る妖弧の良い所だと、言わなくても礼御には伝わるし、なんとなく共感もした。
「二人で和気あいあいと話すの良いのですけどね、一体いつまでここに滞在するつもりです?」
そこで葵が不満げに声を上げる。ほのかに頬が赤い。
「それもそうだな」
蓮武はのっそりとその身体を持ちあげた。
「そろそろいとまとするか、礼御」
「そう……ですね」
蓮武の言葉に促され礼御も立ち上がるのだが、思えば全裸であった。礼御はすぐにしゃがみこみ自身に架かっていたタオルケットを身にまとう。「がんぷくー」なんて葵が言いつつ、手でカメラの真似ごとをするものだから、礼御は必要以上に恥ずかしくなった。
「おい、葵」
そんな葵を咎めるつもりかと、礼御は一瞬そう思ったが、それはまったく的外れであった。
「明日はお前も来るんだろ?」
「…………」
葵が答えない代わりに礼御が蓮武に尋ねる。
「明日は何かあるのですか?」
すると蓮武はさも当たり前と言うように答える。
「明日、封印しなおしに行く。――お前が高校まで過ごした田舎町に出向くのさ」
そういえば準備ができたと言っていたな、と礼御は思いだし、両親の依頼とはいえ、自分のために動いてくれる蓮武に礼の意もこめて言う。
「そうだったんですか。お願いします」
その礼御の言葉に蓮武は初め解さないという表情なると「あぁ」と何かを納得して礼御に言う。
「お前も来るんだぞ」
「……へ?」
「なんだ、その間抜けな顔は」
「え? そういう流れでしたっけ?」
「お前の親からもそう言われている。連れて来いと言っていた」
それを聞いて礼御は鳥肌が立った。それは母の言葉であるに違いない、と礼御は確信をもてた。
単なる帰省では……済まないよな、きっと。礼御の頭にふっと大学での成績が浮かんだ。
「それで葵。お前も来るのだろ?」
「…………」
礼御が気を落とす中、葵は答えない。視線を空にぼんやりと向け、何かを考えているような、そんなふりをしていた。
「どうやらお前のためにもなりそうだからな。俺はお前が来てくれると楽で良いのだが?」
その蓮武の言葉に葵は鼻を小さく鳴らし不満を表すものの。その返答は悪いものではなかった。
「……えぇ。行きますよ」
「決まりだな」
そう言って蓮武は葵に背を向けた。詳しい出発時間や集合場所を、適当に葵に伝えると、落ち込む礼御に「さっさと帰る支度をしろ」と一括する。
礼御は葵にタオルケットを貸してもらうことにして、それをコートのように身にまとい、蓮武の後を追う。
「では、また明日ですね」
礼御は精一杯の元気で葵に別れを告げると、葵は小さく手を挙げてそれに答えた。
そして蓮武と礼御は『常晴古本屋』を後にする。




