試し読み 2
来る5月4日、ビッグサイトにて開催予定の文学フリマ東京42にて無料配布予定の作品、その二。
『あざらし君へ、大好きです』
より、なんか良さげな所から抜粋。わりと前の方。
試し読みにどうぞ!
◆◆◆
白熊にぬいぐるみを抱いて眠る趣味はない。小さな頃に、一歳上の従兄とたまに手を繋いで寝ていたくらいで、それ以外では何かを抱き締めたり、誰かと寝たりすることはなかった。今や十五歳、年頃の少年なのだ。
だが、そんな彼にも最近は、共に寝る者がいるようで。
立てば白熊の腰くらいしかない、小さく愛らしい、五歳の男の子。彼は白熊の体温よりも身体が熱いが、別に風邪を引いているわけではないらしい。規則正しく寝息を立て、心から安心した顔で眠っている。白熊が起きたことに気付いていないようだ。
「┅┅あざらし君」
白熊が男の子に──あざらしに呼び掛けてみたが、小さな目蓋が僅かに震えたくらいで、起きる様子はなかった。白熊はくすりと笑い、焦げ茶色の柔らかな、少し長めのあざらしの髪を撫でて、額に軽くキスを落とした。
あざらし──こと、海豹丙吾。
本来は『かいひょう』と読むのだが、白熊があざらしの名の漢字表記を知った際に、『海豹』が『あざらし』と読めることから、あざらしと呼ぶようになった。あざらし本人も嬉しそうにしているから、呼び名に変更の予定はない。
起きていれば慌てふためき、けれど顔を赤らめながら喜んでいたはずだが、眠るあざらしは額へのキスを知らない。白熊はあざらしを優しく抱き締め、二度寝をしようとした。──平日の朝だということを忘れて。
「てふ! あざらし! 朝だぞ!」
大きな声と共に、襖が勢いよく開かれる。元気な声だ。開かれた襖もけっこうな物音を立てており、ぱちりと、あざらしの小さな目蓋が開かれる。
「┅┅ふえっ┅┅?」
夢の世界からいきなり呼び起こされ、戸惑いながら視線を右に左に動かしていき、やがてその小さな身体が小刻みに震えると共に、瞳に涙の膜が張り始めた。
白熊はあざらしを抱き締めたまま、瞬時に身体を起こし、あざらしの背中を撫でていく。その際に声掛けも怠らない。
「大丈夫、大丈夫、みーちゃんだから」
「┅┅しろ、く、ま┅┅さん?」
白熊の温もりと声に、あざらしの気持ちは落ち着いてきたのか、白熊が寝間着として着用しているティーシャツの、腹の辺りを両手で掴み、上目遣いに白熊を見つめる。寝起きということで白熊の肩までの黒髪はいくらか乱れており、伸びた前髪で左目が隠れてしまっていた。白熊はいつも左目を前髪で隠しているから、あざらしからすれば見慣れた姿だろう。白熊は柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「おはよう、あざらし君。もう起きる時間みたいだよ」
「┅┅お、おはよう┅┅ござい、ます。しろくま、さん」
白熊に挨拶を返すと、あざらしはふにゃりと笑って、自身の顔を白熊の胸元に埋めてきた。そんなあざらしの行動が嬉しかったようで、白熊は破顔して、すっぽりと包み込むようにあざらしの身体を抱き締める。
完全に二人の世界だが、乱入者はそんなもんどうでもいいとばかりに部屋へと足を踏み入れ、白熊の元に来ると軽くその背を蹴った。ゴムで一つに縛った、乱入者の腰まである長い黒髪が、蹴るたびに激しく揺れた。
「おら、布団片付けてやっから、その間に着替えとか色々済ませろ」
「いつもありがとう、みーちゃん」
白熊が笑みを向けながら礼を口にすると、みーちゃんと呼ばれた相手は、皮肉げに笑って肩を竦める。
「お前からあざらしと過ごす時間を一秒でも奪ったら、後でどんな目に遭うか分かんねえからな」
「よっぽどのことをしなければ大丈夫だよ」
「┅┅優しい従兄相手には、手加減してくれよなあ」
──鮫島壬琴。白熊の母方の従兄であり、今よりも幼い頃より、母方の祖父母の元で兄弟のように育ってきた。
壬琴の『み』の字から、『みーちゃん』。
丁治の『ちょう』の字から、『てふ』。
二人はそのようにお互いのことを呼び合っており、彼らに近しい人間もそのように呼んでいる。
鮫島との会話を終えると、顔を洗いに行こうねと白熊は口にし、あざらしを抱き抱えて立ち上がった、その際に、舌足らずな声でちょっと待ってくださいと言って、あざらしは鮫島の方に顔を向けた。
「さめじまさん、おはようございます」
「はよ。ワシのことはいいから、てふに構ってやれ」
「はい」
にっこりと微笑んで、くたりと白熊にもたれるあざらし。そんな姿が堪らなく嬉しいとばかりに、白熊はあざらしの小さな頭に頬擦りをして、鮫島から「はよ行けや」と声を掛けられていた。




