罠〈ミキ〉
本物のサイコパスを目の当たりにして、不安が押し寄せて来た。
ジュナさんもジュナさんよ。『その告白は冗談で送っただけ!』って言えばいいのに。からかっただけなのに本気にしてバッカみたいだって嗤ってやれば済む話よね? 『罰ゲームで仕方なく送っただけ』だったとか、いくらでも言い逃れはあるはずなのに。
わざわざ脅しに乗って私をここに誘い出す意味よ?
しかも委員長が "消去した" というのは見せかけで、ジュナさんアチーブメント無し!
──ちょっと足りない女子と、狡猾な男子。
ほんと、おかしな人たち。どちらとも関わり合いたくないわー‥‥‥
私を嫌う人たちが、私に雑用を言いつけて来るのは、いつものことだけどね。
非国民とか、ミディカンのスパイだと言われたくなかったら、皆のために奉仕するのは当然なのだとか。
そういえば、今朝の教室には台も何も運び入れて無かったと思う。音楽機材的なものも無かったと思う。いつもと同じだった。あったら気づくはずだし。
「私に何か用だったの? 合唱祭の練習用に運ぶものがあっただけなんでしょ? そんなの私じゃなくたって誰でもいいじゃない? どうして委員長がそんなに私と雑用をしたかったのか不思議だわ」
‥‥‥わざわざ私にやらせるために作業は延期してこの茶番?
こんな風に呼び出さなくたって普通に言ってくれたら、それくらいの雑用はやるのに。通常運転じゃない。
「6人で運ぶものだったんでしょ? 長テーブル何台か運ぶの? 今日は2人しかいないじゃない。誰か他にも来るように呼んだら? 教室に残ってる人もまだいるんじゃない?」
「大丈夫、すぐ来るって。あ、もう来たぜ? ほら」
図ったように、委員長の取り巻きメンバー4人が現れた。
なんだか男子5人に囲まれて圧迫感。むさ苦しいわー‥‥‥
「委員長、どれを運べばいいの? 早くやって早く終わらせようよ」
「えっと、奥の棚の上のてっぺんに乗せてあるあの箱かな? 多分。メトロノームが入ってるのって。一番身軽なミキが取ってくれる? 机に乗ればいいよ。脚立だと不安定だし。カイは下で箱受け取って」
ご丁寧に、隅っこに数台積み上げられてる生徒用の机を2台、棚の下まで運んで並べてくれた。
机の上が埃っぽいから上履きは履いたまま上に乗った。
これを下ろせばいいのね。
───えっ?!
腕を伸ばして段ボール箱に手をかけて、半分引き出したところでスカートがフワッとめくれた。
「きゃっ! なにっ!?」
箱を受け取るために下にいたカイくんが私のスカートをめくったんだわ。
ニヤニヤして私を見てる。キモッ‥‥‥
私は手が塞がっていてすぐに対処出来ない。
「ちょっと! 止めてよッ!! カイくん小学生なの?」
箱を渡しながら注意した。
精神レベル低。
「今日はアレじゃないんだ? でもって、今日は安全日ってやつ?」
コイツ、サイテー‥‥‥
「そういうことは自分の彼女にでも言ったら?‥‥‥私にセクハラはやめて‥‥‥って、なに?! このスマホ???」
机の上の私の足元にスマホが置いてあるッ!!
「まさか‥‥‥と、盗撮してたのっ!?」
「ちげーし、箱受けとるためにちょっと置いただけだろ? ちょっと美人だからって自意識過剰じゃね? やな感じだよな。お前」
サッとスマホをポケットに入れた。
「なら、最初からポケット入れとけばいいじゃない!! 潔白なら今すぐ見せてよ!」
確認しようと机を降りたら、周りをぐるりと5人に囲まれていることに気がついた。
「あんたたち、なんなのよ? 壁作んないでよ。圧迫感大きいし」
「あー、俺が最初! な? ミキ」
委員長のソナンが、私の手首を掴んだ。
「最初って‥‥‥? 放してよ。痛いじゃない!」
どうしてそんなに強く握るの? 黒いモヤモヤがわき出す。
「ミキ、騒いだら‥‥‥今撮ったやつ、顔写真つきで晒す」
「ふふっ、淫乱な女子高生って人気者になれるよな。お前、顔は綺麗だし。性格はクソだけど」
「やっぱり撮ってたのねッ! やめて! そんなことしたら、訴えるだけよ! 即刻消しなさい!!」
「静かにしろよ。じゃあ、これならもう喋れない」
「あ、んんっ‥‥‥」
口にガムテープを貼られた。
──あ‥‥‥これって‥‥‥デジャビュ‥‥‥
占いアプリ『V♡』の写真だ‥‥‥
男子二人から、机に上半身を仰向けに押し付けられる。
足が床から浮いた。
「んんんっ‥‥‥んんんっ‥‥‥んんんっ!!!」
──なにするのっ!! 放して!! 私に触らないで!!!
私は男子たちに机に肩を押し付けられ見事に動けない。男子ってすごい力。逆らえない‥
───いやッ!! 誰か助けてーーー!!!
この私がこんな人たちに汚されるなんて冗談じゃないッ!!!
「ミキちゃん、XXXXXX」
私に卑猥な言葉を投げ掛けるクソ野郎。タヒね!
「っち、じたばたすんなよ!」
今、甦る未来占いの3枚の写真。
リリとフウラが来たらどうしよう‥‥‥占いに寄れば、巻き添えになってしまう‥‥‥
痛いっ! いやぁーーー‥‥お願い、グズッ‥‥やめて‥‥‥
───神様なんていない‥‥
もうダメかも‥‥‥脱力感が押し寄せて来た。
リラーン、リラーン‥‥
この音は‥‥‥
《緊急地震速報です。強い揺れに警戒して下さい》‥‥リラーン、リラーン‥‥
リラーン、リラーン‥‥《緊急地震速報です。強い揺れに警戒して下さい》‥‥
この部屋のあちこちから鳴り出した。
リラーン、リラーン‥‥《緊急地震速報です。強い揺れに警戒して下さい》‥‥リラーン、リラーン‥‥
リラーン、リラーン‥‥
私のスカートのポケットのスマホからだけ、特別な緊急地震速報が流れてる?
リラーン、リラーン‥‥《史上最大級の揺れになる見込みです。家具や備品から即刻離れて下さい。マジヤバ級です》‥‥‥リラーン、リラーン‥‥
「マジかよ! マジヤバ級って初めて聞いたぜ? ここもヤバい? チッ、これからだったのに」
「おいっ、ここは棚の上にまで物が積み上げられててヤバいかも‥‥」
彼らの気がそれて、私の四肢を押さえる力が緩んだ。
──チャンス!
私の脚の間に立つ委員長の、男の弱点とされる部分を右足かかとで蹴飛ばす。
「ぐっ‥‥‥!」
数歩後ろによろよろ下がり、そのまま床にうずくまった。
そんなに痛いのかしら? あれって、内臓が外に出てるのと同じって本当? 女子の私にはその痛さ具合は想像がつかないわ。男子の体の仕組みは私にはまだ謎なの。
その隙に足を大きく上に振り上げて、腰に弾みをつける。
反動で机から上半身を起こして飛び降り着地した。
そんなに高い場所から下りた訳ではないのに、足の裏がビーンと痺れる。
足の裏から背骨を遡り、頭のてっぺんんまでビリビリビリッと突き抜けた。
なんの、これしき!!
口に貼られたガムテープをベリッと剥がす。
痛ったーい!! ヒリヒリする。
ううん、この痛みでアドレナリンMAX覚醒したから!!
───ヨシ、反撃開始!
「うりゃーーーッッッ!!」
机を持ち上げ、脚を向けてぐるりと一周振り回すと、男子たちが慌てて避けた。
そのままぐるぐる回りながら出口へ向かう。
ぶつかった段ボール箱がへしゃげて飛んだ。
「天罰喰らえッ!! ヤーーーーッッッ!!」
扉の前まで来れたら、あいつらに向かって机を投げつけた。
「うわっ、ヤメロ!」
机は床で一回跳ねて転がり、男子たちを刹那さらに遠ざけてくれた。
はだけた胸元を片手で押さえて教材準備室を飛び出した。
旧校舎の4階は人気がほとんど無い。
私は、下の階の女子トイレに向かい、個室にこもり、身だしなみを整える。
涙が滲み出る。怖かった‥‥‥
‥‥‥どうして私がこんな目に会わなきゃいけないの?
───あれ?
そう言えば地震が来てないけど? 史上最大の揺れになるって言ってなかった?
誤報だったのかも知れない。
でも、お陰で助かった。ありがとうございます。誤報してくれた方‥‥‥
ホッとしたら、一気に脱力感。
手洗い場で鏡を見て髪を整えていたら、上級生女子が楽しげにおしゃべりしながら入って来た。
今の地震速報の話はしていない。すっごい誤報だったのに。
私は荷物を取りに教室に戻ることにした。
早くおうちに帰りたい‥‥‥
その道すがらも、特に地震速報のことを話題にしてる人はいなかったのは不思議で‥‥‥




