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2 : 遭遇

 ショッピングモールは大勢の客で賑わいを見せている。特に家族連れやカップルの姿は多い。


 人混みの中、タイルの床を掛ける一人の男性の姿があった。


「おーい、待ってくれ!」


 短い茶髪と青い目が特徴的な身長百八十センチメートル弱の男性。上は黒いジャンパーに下は藍色のジーンズというスタイルで、胸ポケットには細めのサングサス。そして首には乱雑な軍隊識別チェーン。


「待ってるわよ。ごめんごめん、せっかちで」

「お前を失いたくないもんでね」

「フフッ、こんな時までジョークばっかり」

「まあこんな美人を人混みで見逃す訳は無いから大丈夫だ。しかし美女ってのは足が綺麗なだけじゃなく足も速いんだな」


 最後に嬉しそうに呟いた、金髪碧眼で薄ピンクの少し長めなドレスを身に纏う女性。男性が追いつくのを待ってハイヒールを履く足を立ち止まらせている。こちらは男性よりも顔半分程背が低い。


「さて、どこ行く? 気まぐれで妖しい美人ちゃん」

「妖しくなんてないわよ? アイスはどう?」


 女性が白い腕の先にある健康的な爪で正面の店を指した。


「良いねえ。フレーバーは? いつも通りナッツとチョコか?」

「いえ、たまには貴方の好きなメープルとチョコミントにでもするわ」

「あ、言わせてくれ。メープルは好きだが、チョコミントは正直嫌いなんだ」

「じゃあ何で食べてるの?」

「チョコミントの味の気持ち悪さに他の悩みがスカッとするからな。だから気持ち悪さが連鎖して何度でも食べてしまうんだ。胸糞悪い映画観るのと理屈は同じ」


 怒濤の男性からのジョークに、言葉を失い吹き出した女性。


「あ、でもやっぱり途中のおやつか最後にしない?」

「良いぜ。ただし予算使い果たしてアイスだけ買えなくならんようにな。何買うんだ?」

「もう結構暑いでしょ? 水着なんかどうかと思って」

「良いねえ。俺の性癖を突いてくれるか期待してるぜ」


 二人は言葉を交わしながらひとまずフロアに置かれていたカートを取り、並んで一緒に押しながら近くの洋服コーナーへ入っていったのだった。






「こちらでも見つけたぜ。あの顔とジョークを忘れる筈がねえ」

『始めるか?』

「おう、合図する。予定通り上手く行くと思うが、ちゃんと経路頼んだぜ」

『任せろ』


 ショッピングモールのフロア、とある洋服コーナーのそばに立つ短い黒髪で無精髭の男が一人。上にミリタリージャケットと下にカーゴパンツを着ている。


 身長は百八十センチメートル前後といったところか。リムレスサングラスと識別チェーン以外にこれといって目立った物は無く、近くを通る利用客は誰も気に留めない。


 彼は何気なく洋服の商品陳列棚へ紛れ込み、店の奥へと進む。何人か通り過ぎたが、ぶつからず誰も不審がらない。


 やがて彼は試着室から五メートルの地点で立ち止まり、黒いレンズから横目に睨む。外からでは目線は見えないだろう。


 少し経つと試着室のカーテンが開き、女性が一人長い金髪を揺らせて中から出た。


 全身の白くきめ細かな肌が露わになっている。身を包むのは胸と腰にあるフリル付きの紫色のビキニだけ。


「へっ、相変わらず女好きめ。よくもあんなエロい女を手にしたもんだ」


 と、独り言。耳元で咄嗟に応答がされる。


『どうかしたのか?』

「いや、昔と変わらんな、と思ってな」

『下らん事に情を動かされるなよ』

「勿論、昔は昔だ」


 耳元の通信ユニットに話しかけながら視界の端で何かを言い合う男女を見逃さない。


「良いねえ。あとこれとかどう?」

「ちょっと、褒めたのにまた次? しかもこのタイプ締め付けがきつくて嫌なんだけど」

「俺のタイプだ、と言いたいが、男女差別主義者みたいになっちまうから言わない事にするよ」

「今言ったじゃん」

「地獄耳とは恐れ入った。次はどれにするんだ?」


 立て続けの会話が笑いに切り替わった。ため息をついたサングラスの男は目を逸らし、足を動かし距離を取った。


 レンズ正面に展示されているトレンドファッション一式を見たまま決して視界端から逃さない。


「準備しておけよ。俺の読みを甘く見るな」






 先程の水着の女性が、ピンクのドレスに着替えて試着室から出てきた。


「なあ、俺を見てくれ」

「なあに? 私のグリーンの魅力的な目を眺めたいの?」


 幸せそうに答える女性だが、対する男性からは先程の笑顔が消えていた。様子の変化に気付き、女性も釣られて黙った。


「声を落としてくれ。いいかマリア、俺だけを見ろ」

「何? どうしたのジョン?」


 従ってマリアと呼ばれた人物は、正面一メートル先のジョーと呼んだ男性の青い瞳を見詰めた。


「さっきから同じ奴が俺達を見てる」

「えっ?」

「見るな」


 言われてマリアが首を回そうとしたが、制止を呼び止められて慌てて止まる。


「サングラスの男だ。俺より少し背が高い。しかしどういう事だ?」

「ひょっとして軍に居た頃の恨みなんじゃない?」

「なのか? しかし見当も付かんな。ギャングの制圧を二回と、精々その場に居合わせた銀行強盗を一度捕らえたくらいだが、今更なあ……」


 ジョンの声が段々小さくなっていく。不意に、左手を握り締める感触。


「自然に、周囲を見るな。ついて来い」


 女性が頷いたのを見ると、横へゆっくり一直線。マリアが続く。


 ジョンが振り向き、陳列棚の奥にサングラスの男が視線を逸らしているのを見た。


(ん? 考え過ぎだったか?)


 歩きながら考えを巡らせる最中、ふと視線の先のサングラスがこちらを覗いた。


 黒いレンズの奥、確かにジョンの目を見詰めている。その下で口が僅かな笑みに歪んでいたのも見逃さなかった。


 笑いというよりか、懐かしさか、あるいは苦笑のように思えた。


(あいつ、俺を知っている?)


 陳列棚に視線が隠れ、意識が現実に戻った。


「きゃっ!」


 マリアからの慌てた叫び。瞬間、繋いでいた手が引き離された。


 慌てて振り向く。目に映ったのは、黒いパーカーとカーゴパンツという服装の男性が、愛する女性の首を絞めていた。


「マリ……」


 叫ぼうとしたが、横からの衝撃に声が途中で止まった。よろめき、棚に手を付いて振り向く。


 同じ服装の別な男性の姿があった。一方、マリアは顎をぐいと上に曲げられ、力が入っていないらしい。


 マリアを捕らえた方は何処かへと立ち去り、もう片方がジョンへ向かって殴り掛かって来た。


 咄嗟にガード。背を棚に付き、相手の飛んでくる左拳を視界に認める。


 ジョンの右腕が動いた。向こうよりも先に、相手の肩を殴った。相手の腕が痛みに引き戻される。


 更にジョンが右ローキック、相手の姿がよろめきく――右足を地を踏んで軸に、左回し蹴り。


 炸裂し、向こうの姿が吹き飛び、後ろの棚もろとも倒れた。


 咄嗟に後ろを向く。目線の先では洋服売り場の一番奥、マリアが顔を乱雑に掴まれ、先程の黒ずくめの人物が引きずっている。その先頭を別な同じ服装の人物が拳銃を構えて歩いていた。


 楽しさで埋まっているショッピングモールはまだ雰囲気が全く崩れていない。誰も気付いていないのか。発砲音もまだしていない。


 追いかけようと床を踏み込もうとしたが、後頭部に強い邀撃が加わればそうもいかない。そのまま床に倒れるジョン。


 急いで仰向けになり身体を起こそうとするが、蹴り飛ばされ立ち上がれずまた床に伏した。


 後ろから無慈悲な足音。ふと、ジョンは視界の端にシャツを認め、中腰になりながら無造作に取る。


 再び正面からの蹴り――手にするシャツで足首を縛り、攻撃が止まる。シャツごと足を引き、相手が前によろめく。


「うおらっ!」


 掛け声と同時に低姿勢でアッパー――相手の上体が持ち上がり、後頭部から床に倒れた。


 立ち上がり、周囲を見渡す。関係者用廊下のドアを開け、二人の武装者と口を塞がれたマリアがその中へ姿を消す。


(いや待てよ?)


 ある事を思い出し、服の並んだ棚の奥を眺める。先程まで居たサングサス男の姿は消えていた。


(誰なのかは分からなかったが、少なくとも俺を知っている奴だ。狙いは俺か……しかし今はマリアを助けなくては。人質にして俺に何か交渉しようと企んでいるな。待ってろ!)


 真っ先に扉に駆けつけるが、内側から鍵を掛けられている。数回蹴り、破れなかった。


 今度は助走を付けて跳び蹴り――薄い金属のドアはようやく外れた。


 狭く人気の無い廊下の奥に見える、黒ずくめの人物達を全速力で追い始めた。

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