彬 4
バイトが終わって電話すると、待ちかねたように美乃利ちゃんが出た。
『パパにディズニーランドのチケット頼んだの!
そしたら、今回はパパがお金出してくれるって』
「え、でもそれじゃあ…」高いのに。申し訳ない。
『勤労学生に出させるわけにはいかないだろうって。
彬くんが勉強しながらバイトしてるって言ったら、すごく感心してたの』
「あ…そうなんだ」
そんなに立派なバイトでもないけど…。ハードルあがったな。
でも、タダ酒飲めて実入りが良いぞって誘われたホストは、やらなくて良かった。
『晴れると良いね~』電話の向こうで無邪気に美乃利ちゃんが言っている。
「うん。楽しみだね」と俺は言った。
ディズニーか。久しぶりだなあ。
高校の修学旅行以来だ。
あの時は、当時の彼女と遊んだな。
互いに彼氏彼女ができる前、未衣と夏前にテスト終わったら行こうか、なんて話してたんだった。
未衣や豊島さんと一緒に行けたらいいなと思うけれど、美乃利ちゃんがOKしてくれると思えない。
まあ仕方ない。
夏休みはバイトのシフトをさらに増やしてもらうことにした。
どこかほかを見つけるより早いし、小さな子供のいるパートさんたちが夏休みはお子さんのために休むからぜひ来てくれって言われてるし。
『彬くん、バイト先に可愛い女の子とかいるんでしょ~?』と美乃利ちゃんが冗談らしく訊いてくる。
「いないよ、ブスばっかだよ」俺は正直に言う。聞こえてないからいいよな。
きゃはは、と美乃利ちゃんが笑う。
俺がこういう言い方をすると、美乃利ちゃんは機嫌がいい。
明日の朝、待ち合わせる約束をして電話を切った。
俺は急いで歩き出す。
未衣に頼んどくことがあった。
LINEを起動して未衣とのトークを呼び出し『部屋の掃除の仕方教えて』と打ち込む。
すぐに既読がついて『彼女が来るの?』と返ってくる。
『そう。どこから手をつけていいか判らない』
『うーん。まず玄関から部屋全体に掃除機。TVとかボードの上もかけるのよ。
あと、トイレも!』
『了解』
部屋に帰って、急いで掃除機を取り出す。
玄関から始めて、ずーっとかけていく。
ひっきりなしに細かいものを吸い込むカチカチという音がする。
スマホがLINEの着信を告げた。
見ると『掃除機の紙パックが洗面台の下に入ってるから、交換して!』と書いてある。
『ラジャ。オカン』と打ち込むと、バカッ!というスタンプが来る。
掃除機の紙パックを交換しながら笑う。
頼りになる親友だよ。絶対言わないけどな。
『掃除機かけ終わった』と送信すると『次は拭き掃除。紙パックと同じところに、クイックルがあるから。目に見えるところは全部拭く』とすぐに返事が来た。
心配してスタンバってくれてるんだな。
ホント心配性なんだからな…
豊島さん、ウザがってるんじゃね?
今日の昼の中庭でのこと、訊いてみようかと思ったがやめた。
何故か、未衣の髪や頬を愛しそうに撫でていた豊島さんの顔が浮かんで。
未衣に惚けられたら・・・・俺は何を言ってしまうか判らない。
余計なことは話さないに限る。
『拭き掃除かんりょ~』と送る。
ちょっと間があく。
あれっ?と思ってると
『あとは水回り。トイレと洗面所とキッチン。
激落ちくんがキッチンの引き出しに入ってるから、ピカピカになるまで綺麗にするのよ!
ゴミは全部捨てておくこと!
女の子は水回りが汚いのが一番嫌だからね』
『彬は夏休みのバイトどうするの?
私は、豊島さんの紹介で、豊島さんの叔母さんがオーナーパティシエールのケーキ屋さんで働くことになったの。
イートインもあるから、良かったら彼女さんと来てね!
HPのURL貼っておくね』
と長い文章が来た。
『へえ…ケーキ屋さんか。未衣にピッタリじゃん。良かったな。
美乃利ちゃん誘っていくよ。
俺は、今のファミレスでシフト増やす。
未衣も豊島さんとおいで。騒がしいけどな』
と返した。
りょ!と敬礼した変なウサギのスタンプが来る。
ふふ、と俺は笑った。
豊島さんと仲良くやってるんだな。
ホントに未衣のこと好きって感じだもんなあ。
美乃利ちゃんと4人でもっと出かけたりできたらいいのに。
美乃利ちゃんの送ってくるスタンプはやたら少女趣味だ。
俺にはよく判らないアニメのイケメンキャラクターの時もある。
俺もちっとはアニメとか?興味持った方が良いかなあ。
今度美乃利ちゃんに聞いてみるか。
俺は未衣に言われた通り、キッチンの引き出しから激落ちくんを取り出して、シンクをゴシゴシやり始めた。
未衣が来てくれてた時は定期的に綺麗にしてくれてたから、俺やったことなかったな。
美乃利ちゃんがこんなことしてくれるとは思えないし。
お家にはお掃除の人が定期的に来てくれるそうだから。凄いよな。
もっと俺もちゃんとしなきゃ。