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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
7/38

未衣3 (3)

3.


 とりあえずその話はうやむやにしたまま、あたしは豊島さんの分も有り難くケーキを頂いた。

 ミルフィーユもサックサクのパイ生地が、まろやかなカスタードクリームと口の中で混ざって絶品だった。

 こんな素敵なケーキのお店で働けるなんて幸せ~


 「未衣ちゃん、ちょっといいかしら」ショーケースの向こうから、小百合さんが声をかけてきた。

 「あ、はい」立ってショーケースの方に行くと、「こっちに来てくれる?」と奥の厨房へ案内された。

 

 厨房の奥に扉があって、それを開けて廊下に出て突き当りの部屋のドアを開けた。

 「ここがスタッフルーム。テーブルの上に置いてある制服を合わせてみてくれる?鍵かけてね。

 あ、廊下の左手のドアがトイレだから」

 

 「はい、わかりました。ありがとうございます」と言うと、小百合さんは笑って

 「将也が彼女を連れてくるなんて本当にびっくりした。あの子、人づきあいが苦手でね。幼いころから、いつも一人で本を読んでいるような子で。心配してたのよ。

 今、未衣ちゃんとすごく楽しそうに話してるの見て、ホッとしたわ。

 将也を宜しくね」パチンと鮮やかにウィンクする。

 

 「あ、はあ…」そうなんだ。あたしはちょっと意外に思った。

 そんなふうには見えないけど…


 言われた通り鍵をかけて、着替えてみる。

 陽子さんが来ていたのと同じ、小さなタイがついた白いシャツにタイと同系色のパンツ。

 パンツと同じ色の短いギャルソンエプロンを着ける。

 鏡が置いてあって、帽子をかぶってみると、あ…案外、いいかも。

 

 部屋を出て厨房へ行くと、クリームを絞っていた小百合さんが振り向いて「あ、可愛い!似合う似合う!陽子さん!将也呼んでくれる?」と陽子さんに声をかけた。

 扉についた丸いガラス窓からこちらを覗き込んだ陽子さんは、あたしに気づいてにっこりし、豊島さんを呼んだ。


 厨房に入ってきた豊島さんはあたしを見て、右手で口を覆った。

 「どお?可愛いでしょぉ~」小百合さんがニヤニヤしながら言う。

 「・・・・・うん」と豊島さんは見つめたまま小さく言った。

 え?似合わない?あたしは不安になった。


 「ちょっとぉ、将也!見惚みとれてないで、可愛いって言ってあげなさいよ!」

 ボールの中のクリームをすべて絞り袋に入れて、ボールをシンクに置きながら小百合さんは大きな声で言う。

 はっとしたように豊島さんは「あ、ごめん。…あの…」と言って、外へ出て行ってしまった。


 「やあねえ。照れちゃって」小百合さんはクリーム絞りに戻りながら言った。

 「ごめんねえ、気の利かない甥っ子でねえ。ホント、似合ってるわよ。

 で、細かい話になるんだけど、時給はとりあえず千円で良いかな?

 時間は、オープンが午前10時だから、9時半には入ってもらって掃除とかお願いするわ。

 休憩は1時間、終わりは4時か5時くらいでも大丈夫?

 あと、イートインについては、来てもらってからでいいわ。

 後で陽子さんからケーキの説明のマニュアルもらってね」


 「はい、分かりました。よろしくお願いします」頭を下げる。

 「こちらこそ。未衣ちゃんの笑顔ってすごく明るくて良いし、本当に助かるわ。

 よろしくね」

 そう言って、小百合さんはまた集中してクリームを絞り始めた。

 職人の顔になっている、素敵な横顔を眺めて、あたしはまたスタッフルームに戻って着替えた。


 陽子さんからケーキのマニュアルをもらって、電話番号とメールアドレスを書いて渡した。

 「息子のオペが決まったら、連絡します。

 私がいるうちに何度か来てもらって、仕事教えますね」

 と言われ、「はい、よろしくお願いします」と頭を下げた。


 陽子さんはいえいえ、と笑った。

 「夏休みの間だけ、なんて条件で来てくれる人がいると思わなかったから。

 本当に助かります。

 なにか判らないこととかあったら、メールちょうだいね」


 すっかり暗くなってしまった駅までの道を歩きながら、隣を歩く黙ったままの豊島さんを見上げる。

 「どうしたの?似合ってなかった?」

 みっともないのかな。バイトやめた方が良いかなあ。不安が募る。


 豊島さんは立ち止まってあたしの手をとってしっかり握る。

 「いや、その…あんまり可愛かったんで。逆に心配になっちゃって。

 客の男に声かけられたりとか、大学の奴がたまたま来て惚れちゃったりしたらどうしようとか」

 「ええ??」

 あたしは素っ頓狂な声をあげた。

 

 そんなこと考えてたの?

 …あほらしい…あたしは呆れてため息をついた。

 「そんなことあるわけないでしょ、だいたいあんなお洒落なケーキ屋に男の人がひとりでなんて来ないわよ。杞憂っていうのもバカバカしいくらいの、妄想だから」

 彼氏の欲目?にも程があるわ。


 「そんなことないよ!」豊島さんは言い張る。

 「僕が部員でもないのに、何であんなに演劇部に入り浸ってたか、君だって知ってるでしょ」

 「え、知らない」そういえば何で?

 豊島さんは、はあーっとため息をついた。

 「未衣ちゃんがいるからだよ!

 他の部員から、結構人気あるとか知らないんだろうけど…

 僕は君と話したいって言うのもあったけど、とにかく他の男から君を遠ざけたくて」

 

 えー、そんなことないと思うけど。他に告られたことなんてないし。

 「それ言ったら、豊島さんの方が女子から凄い人気あったよ。

 この頃部室に来ないねーって残念がってるし」

 「そりゃまあ、未衣ちゃんを手に入れれば、ゲキブには用はないって言うか…」

 あたしの手をつないだまま離さず、逆の手で頬をぽりぽり掻いた。


 あ…そうだったんだ。

 全然知らなかった。

 「あたし、また来てくれるように言っとくねってみんなに言っちゃった」

 豊島さんは驚いて口を開けたが言葉が出ないようで、そのまま閉じるとあたしの手を両手で握り、自分の額に押しあてた。

 あたしの方がだいぶん背が低いので、腕が持ち上がる感じになる。

 

 「あのさぁ、未衣ちゃんさ…その無防備さっていうか天真爛漫な感じ?

 君の魅力だとは思うけど、他人の恋愛感情に対して無頓着すぎるよ…

 その、部活の子たちは僕に好意を抱いてくれてるわけでしょ?

 どういう種類の好意かは判らないにしてもさ。

 君はそれを何とも思わないの?

 僕がその子たちの誰かに好意を持つかも、とか…」


 ええーそんなこと考えたこともなかった。

 部の女の子たちだって、そこまで深い感情はないと思うんだけど…

 

 あたしの不得要領な表情を見て、また大きくため息をつき、豊島さんはあたしの手を降ろした。

 「まあいいや、結局、僕の片想いってことなんだよね。

 好きになってもらえるように頑張るしかないかぁ…」


 結局、手をつながれたまま駅まで行って、帰る方向が違うのでそこで別れた。

 豊島さんは送ってくれるって言ったんだけど、あたしが遠慮した。

 だって、今日は予定してくれてた渋谷にも、あたしのバイトの件で行けなくなったし、なんか振り回してばっかりで悪い気がして。


 豊島さんはちょっと傷ついたような顔をしてそれから微笑んだ。

 「じゃあ、ホームまで。見送らせて」

 「でも豊島さんの方が先に電車来るよ?」あたしが電光掲示板を見ながら言うと

 「だから。そういうこと言わないの!」と切ない笑顔になってあたしの肩を抱き階段を登り始めた。

 

 家に帰って、授業の課題を取り出そうとして、スクリプトが目に入った。 

 あっこれ…豊島さんに相談しようと思ってたんだ。

 明日にでもまた相談してみよう。


 今日はなんか、いろいろあったなあ…

 ケーキ屋さんでバイトできるなんて嬉しい。

 小百合さんや陽子さんもすごく良い人そうだし。

 豊島さんのお陰だわ。


 本当に夏休み、あたしのいる日に来るんだろうか。

 まさかねえ…

 でも部室に毎日のように顔出してた人が、あたしとつきあいだした途端ばったり来なくなったのは事実だ。

 みんなは多分それ知ってたんだわ。

 リアクション薄かったもんな…


 豊島さんは優しくて、あたしのことを一番に考えてくれて、言葉の端々にあたしのことを好きだと織り込んで話してくれる。

 物腰もスマートでイケメンだし(ゲキブの女子からは、ほんっとに人気あった)、理想的な彼氏、なんだろうけど…

 うーん。

 

 やっぱり、あたしがまだ豊島さんの気持ちに応えられる程、豊島さんのことを好きじゃないからなのか。

 重いな…って感じることがある。

 

 あ~ダメだ。こんなこと考えちゃ。

 好きになれるように頑張ろう。

 

 あたしはスマホを取り出し、LINEを起動した。

 今日のお礼を入力する。

 送信すると、すぐに返事が来る。

 優しい、豊島さんらしい文面。

 彬の、ちぎって投げるような、不愛想なのとは全然違う。


 『今日のケーキとバイトの紹介の件のお礼に、明日、お弁当作っていきますね!』

 と送信すると

 『本当?めっちゃ嬉しい!』という文と次にでっかいスタンプが来た。

 ハートマーク。

 うーん。どう返そう。


 結局、既読スルーで終わらせてしまった。

 ごめんなさい。


 

 

 

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