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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
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未衣・彬 21 そしてバンピー・ロード

 撤収後の毎年恒例、OBが会場を準備してくれた打ち上げも、公演の興奮そのままに盛り上がった。

 OBOGも声をかけあって来てくれて、懐かしい顔ぶれに会ってみんな話は尽きなかった。


 未衣と彬はあちこちのグループに呼ばれて労われ酒を勧められたが、ここ3~4日ほとんど寝ていないからと断って回った。

 二人の頭の中には、できるだけ早く退散して話がしたいという目論見があったのだが、なかなかそうはさせてもらえず、長い話につきあわされる。


 未衣が空いている場所に座り、ふうっと息をついてぬるくなってしまったジンジャーエールを飲んでいると、滝沢が「お疲れさん」と言ってビール瓶を差し出す。

 「あ、お疲れ様です」未衣は「これジンジャーエールですから」と苦笑して、瓶を滝沢の手から取って滝沢のグラスにビールを注ぎ足した。


 「ほんと、お前と彬の頑張りに助けられたよ。ありがとうな。

 最初はどーなるかと思ったけどなあ…」滝沢はビールを飲み干して笑った。

 「ところでさ、あちこちで囁かれてるからまあ、面と向かって訊いちゃうけど。

 彬とお前ってつきあってないんだって?」


 またか…未衣は内心でため息をつく。

 みんな暇だなあ…関心事ってそれしかないのか。


 「はあ、どこで聞かれたか知りませんが、その通りです」素っ気なく言ってしまう。

 滝沢はわずかにたじろいだが、未衣の横に胡坐をかいて座り込む。

 「シコミの時に助っ人で来てた相川って俺の友達が、未衣をやたら気に入ってね。

 今日はどうしても来られなかったんだけど、良かったら会ってやってくれないかな」

 

 「えっ」思わぬ話に未衣は驚いて滝沢を見る。

 相川さん…?助っ人もいっぱい来てくれてたから、誰だかわからん。

 

 「え、そういう話ならちょっと俺にも話させてよ」と急に横から4年生の槇原が割り込んでくる。

 未衣の横に座って「真美から、あの英文の3年と別れたって聞いてさ。口説こうと思ってたんだよね。未衣ちゃん俺とつきあおうよ」と真剣な表情で言う。

 

 未衣が驚きすぎて声も出せないでいると槇原は照れたように頭を掻き、言葉を続ける。

 「去年からあの英文のヤツが未衣ちゃんを狙って部室に入り浸ってたのは知ってたけど、未衣ちゃんには彬がいると思ってたし、まさかつきあうとか思わなくて。やられたーって感じでさ」


 「今日だってちょっと油断してたらもうこれだ。未衣ちゃんを手に入れようと思ったらスピード勝負だな」と笑う。

 滝沢も苦笑して「槇原さんが未衣を好きだとは知らなかったなあ。こりゃ、相川には望み薄かな」と言って未衣の手からビール瓶を取り、槇原のグラスに注いだ。


 未衣はここ最近の寝不足と煩悶続きの頭に、予期せぬ告白を聞かされまったく処理できずに呆然と座っていた。

 「まあ、お前も疲れてるとこに突然こんなこと言われてパニクるだろうけど。まちょっと考えてみてくれよ」と滝沢が同情したように言う。

 「俺のLINE教えてるよね。また連絡するから」と言って、槇原は立ち上がろうとした。


 未衣は慌てて「ちょっと待ってください」と声をかける。

 ここで黙ってたら、豊島の時と同じだ。

 色々なことを考えすぎて断れずに流されてしまう。

 もう傷つくのも傷つけるのも嫌だ。


 「言葉が足りなくてごめんなさい。

 確かに彬とはつきあうっていう形はとってないけど、あたしは…彬としかつきあう気はないんです。

 友達以上の感情を持ってるのは彬だけだから」

 未衣は両手を握り、目を瞑って一気に言った。

 心臓が飛び出しそうに早く打っている。


 槇原はじっと未衣を見つめた。滝沢も黙って見守っている。

 やがて槇原はほっと息をつき、髪をかきあげて小さく笑った。

 「なんか、未衣ちゃんのそういう明確な意思表示って初めて聞いたな。

 うん、判っちゃいるけどね。君ら二人がつきあってない、友達だってあんまり連呼するから。

 もしかしたらチャンスがあるのかなと思ったんだけど。

 ちゃんと話してくれてありがとう」

 

 未衣の頭を撫でると、槇原は立ち上がって他のテーブルに移動していった。

 未衣も立ち上がり座敷の外に出る。

 そのまま店の外に出て、急激に冷えてきた外気の中にぼんやり佇んでいると、彬が来て心配そうに未衣の顔を覗き込む。

 「どうした?滝沢さんが未衣の様子見てやれっていうんだけど」


 未衣は彬を仰ぎ見て、ん?と訊いてくる彬の胸に顔を押し付けた。

 彬は慌てたように「なんだ、具合悪いの?」と未衣の背中をさする。

 未衣は顔を押し付けたまま頷く。

 

 「寝てないしな。元気なかったもんなぁ。

 待ってろ、荷物とか持ってくるから。送っていくよ」

 彬は未衣の身体を離して店の外に設置してある椅子に座らせると、店の中に戻っていった。

 

 未衣は真っ暗になった空を仰ぎ、大きく深呼吸する。

 彬に話す。

 あたしの気持ち。


 彬は座敷に戻って自分の鞄と未衣のトートバッグ、上着を持つと滝沢に声をかけた。

 「なんか、未衣の具合悪いみたいなんで。送っていきます。

 お先に失礼します」


 そこに座っていた部員たちは一斉に「おおーっ」と声を上げる。

 滝沢もニヤニヤして「おう、お疲れさん。頑張れよ~」と手を振った。


 何を頑張るんだ。

 彬は首を傾げながら座敷の扉を閉めた。

 みんなの、あの反応も何なんだ。「おおーっ」て…


 椅子に座り込んでいる未衣を立ち上がらせて上着を着せ、未衣のトートバッグも持ったまま、彬は未衣の手を引いて歩き出した。

 

 11月に入り、朝夕は冷え込むようになってきて虫の声もだんだん聞かれなくなってきた。

 二人は手をつなぎ、黙ったまま明るく賑やかな飲み屋街を抜け、駅に向かって歩いていく。

 

 「寒くなってきたなぁ。あと2カ月弱で今年も終わりなんだな」

 未衣の歩調に合わせてゆっくり歩きながら、彬は誰にともなしに呟く。

 つないだ手が温かくて、いつまでも離したくないと願う。

 

 駅の手前まで来て未衣は彬の手を握ったまま立ち止まった。

 彬は驚いたように振り向き「気分悪い?タクシー捕まえるか?」未衣の目線の高さまでかがんで瞳を覗き込む。


 未衣は首を振り「彬に話したいことがあるの」と彬の瞳を見つめる。

 彬はうん、と頷いて「どこか暖かいとこ行くか?」と訊く。

 未衣は「外でいい」と言って、駅の入り口の横にある植栽の縁に座った。

 彬も隣に座る。

 

 「彬が、あたしの元気がないって気づいてくれた前の日、本番の3日前の夜、豊島さんのご両親があたしの部屋を訪ねてきたの。

 お二人ともとにかくひたすら謝罪してくださって。

 豊島さんはその日の午後にカナダに発ったっておっしゃってた。

 まだ体調が整わないから、通院しながら向こうでの生活を落ち着かせるんだって。

 お母様もこのあとすぐに渡航されるって」


 そうだったんだ。

 彬は、未衣の塞いだ様子を理解した。

 一人で豊島さんのご両親と向き合ったのか。

 偉かったな。よく頑張った。


 未衣は彬が握ってくれた手の更に上から自分の手を重ねる。

 「謝りながらも、でもやっぱり貴女を想って精神を病んだ息子が不憫だとおっしゃって。

 無理だとは思うけれども、しかし今一度考えなおして頂くわけにはいかないでしょうかと」

 「なんだそれ…」彬は思わず呟く。

 気持ちは解るような気もするけど、それを未衣に押し付けるってどうなんだ。勝手な親だ。


 「あたし、申し訳ないけどそれはできませんって言った。

 そうしたら、彬さんがいらっしゃるからですかって…」

 え?俺?と彬は驚いて未衣を見た。

 未衣は彬の表情を見て、薄く笑う。

 

 「豊島さんがあたしの名前と同じくらい、彬のことも言ってるらしいの。

 恨まれちゃってるみたいだよ。ごめんね」

 うわぁ…彬は苦笑した。

 俺、豊島さんに呪殺されそう…


 「あたし、そうですってはっきり言った。

 心に決めた人なので、将也さんとはおつきあいできませんって」


 将也の両親は、傷ついたようながっかりしたような、でもどこか安堵したような表情で帰っていった。

 こんな小さなアパートに独り住まいしている、素性も身持ちも判らない田舎娘は、自分たちの息子にふさわしくないと感じたのだろう。


 彬は未衣の言葉に、思わず手を離して未衣の方へ向き直る。

 「あの…今の、は…」

 何か言おうとするのだが、頭の中をさまざまな言葉が駆け巡り、口から出てこない。


 未衣も彬の方へ体の向きを変えて大きく息を吸い込み「あたしから言わなきゃいけないと思って」と彬の目をまっすぐに見た。

 「彬は待たないって言ってたから、何とも思ってなかったかもしれないんだけど。

 あたしの気持ちを尊重してくれてるんじゃないかなって感じていたから言わせてもらうね。

 今まで、友達でいてくれてありがとう」


 そこまで言って大きく息を吐いて未衣はうつむいた。

 膝の上で拳を握って、言葉に精一杯の勇気を込めて口を開く。

 「これからは…あたしの、彼氏としてつきあってもらえ」


 そこまで言ったとき、未衣は息もできないほどきつく抱きしめられた。

 「あきら…くるしい…」途切れながら言うと、彬はあっと小さく呟いて腕を緩めた。

 「ごめん。めちゃ嬉しくてつい…加減を忘れた」

 そう言って、今度は優しく抱きしめる。


 「未衣…」

 「はあい」

 「未衣っ」

 「なあに」

 「未衣未衣」

 「はいはい」

 「…大好き」

 「うん」

 「待ってた」

 「ありがと」


 彬は着ていたブルゾンの袖から片腕を脱いで、自分と未衣の頭から被って通行人から半身を隠し、未衣の唇にキスした。

 次第に深く口づける。


 カシャンと何かが落ちる音がして、未衣は彬から身体を離した。

 彬のスマホが地面に落ちている。ブルゾンのポケットから滑り落ちたらしい。

 「あ、なんかLINEきてる」未衣が拾って彬に渡すと、彬は「滝沢さんだ」と言って起動させた。


 駅の明かりに照らされた彬の横顔が、だんだん硬い表情になっていく。

 「どうしたの?」未衣が心配になって訊くと、彬は未衣の方を向き「未衣、槇原さんに告られたって?」と平坦な口調で言う。


 えっ?未衣は口を押える。

 「滝沢さん、わざわざ彬に報せてきたの?」

 押さえた指の間から信じられないというように声を出す。


 彬はスマホを操作しながら「あの人、こういうシチュエーション大好きだよな。ホント性格悪い。だから彼女できないんだよ…って…」と言ってまた黙り込む。

 もしかして…未衣は「相川さんって人のこと?」と訊く。

 「そう…『しっかり捕まえとかないと横からかっさらわれるぞ~』だって。

 けっ。そのつもりだよ余計なお世話だ」と呟いてスマホをブルゾンのポケットに入れて袖を通した。


 未衣を見て「未衣がこんなにモテるとか知らなかった。俺に何も言わないし。

 ちゃんと断ったんだよな?」心配そうに訊く。

 「あたり前でしょ。豊島さんの時みたいになりたくないもの。

 彬としかつきあう気ないって言ったよ!」

 彬はほっとしたように表情を緩めたが「なんか豊島さんの気持ちが判るような気がしてきた…」胸に手をあてて不吉なことを言う。


 「彬だって、茜から告られたくせに、何も言わなかったじゃないの」未衣は反論する。

 彬は目を剝いて「えっ何で知ってんの?」と未衣を見つめた。

 未衣はうつむいて「あの時、あたし舞台上のキャットウォークにいて、彬と茜の話聞いちゃったの」ごめんなさい、と頭を下げる。


 彬は未衣の肩を抱いて引き寄せ髪にキスした。

 「俺だって彼女は未衣しかいない」


 それから急に未衣の手を引いて駅へ急ぎ足で向かう。

 「何?どうしたの?」未衣は急いでSuicaをバッグから出しながら訊く。

 彬は振り向き「これから俺か未衣の部屋、近い方に帰ろう」と言って改札を通った。

 「え?」未衣は訳が判らないまま、彬に腕をひっぱられるままに急いで歩く。


 彬は電光掲示板の行先表示時刻を見ながら階段に向かう。

 「未衣の全部を俺のものにしないと安心できない。

 豊島さん2世になっちゃう。

 未衣、今日は俺の部屋に泊まっていけ」


 え―――っ!

 未衣は咄嗟に、今つけている下着のことを考えてひとりで赤くなってしまった。

 どこかで買わないと…ってやだもう、あたしその気じゃないのっ


 

 二人の先にはこれからもまだまだ続く、丸くてでこぼこのバンピー・ロード。 

 二人なら、乗り越えていける。

 

 

 

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