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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
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未衣10

 真美ちゃん先輩が恐らく話してくれたであろうオーディションの日の夜に、夏合宿への全日参加していいよという短いLINEが来て、あたしが返信しても返事が来ず、翌朝に体調が悪くて一緒にPreludeに行けないという、これまた短いメッセージが来たのち、豊島さんから連絡がふっつり途絶えた。


 その翌日と翌々日は連絡も何もなく、豊島さんは現れなかった。

 あたしはバイトしながら心配になり、昼休みにLINEを入れてみたが既読はつくものの返事は来なかった。

 小百合さんも心配している。


 バイトが終わってから真美ちゃん先輩のLINEに連絡を入れてみる。

 少し経ってから『今、電話大丈夫?』と真美ちゃん先輩からのメッセージが来て、急いで『大丈夫です』と返信して、ワイヤレスイヤホンを耳に差し込みブルートゥースに接続して待っていると、電話がかかってきた。


 「はい」

 『あ、真美です。ごめんね、連絡しようと思ってたんだけど』イヤホンから真美ちゃん先輩の声が聞こえてくる。

 「いえ、忙しいところすみません。あの、実は豊島さんと連絡とれなくなって。

 あたしのバイト先にも昨日今日と何も言わずに来なくて」

 『あー…』

 真美ちゃん先輩が言い淀む。


 『そんなにきつく言ったわけでもないんだけどね…とにかくほら、女性に免疫のない男でしょう。

 自分が至らないせいで、未衣ちゃんに拒絶されたと思い込んだみたいで。

 大泣きしちゃって凄かったのよ…』

 大きなため息が聞こえてくる。


 げえーっそうきたか。

 あたしは唇を噛んだ。

 

 「すみません、真美ちゃん先輩にすごい迷惑かけちゃいましたね…」

 申し訳なさでいっぱいになりながら、あたしは謝った。

 『ううん、そんなことはないよ!未衣ちゃんが気にすることじゃないから。

 豊島くんの気持ちが落ち着くためにも、少し距離置いた方が良いよ。

 ちょうどよくっていうか、明後日から夏合宿じゃない?

 帰ってきたらまた連絡するくらいで良いと思うよ』

 

 「…はい、そうですね…」

 『私からも、もう少し話をしてみるから。

 なんか役に立てなくてごめんね』

 真美ちゃん先輩は謝ってくれて、通話を切った。


 あの穏やかな豊島さんが大泣きしたのか…

 どんな感じなんだろ。

 

 やっぱり、自分で話せばよかったな。

 あたしが逃げたからいけなかったのか。

 後悔しても遅いけど。

 真美ちゃん先輩には本当に悪いことをしてしまった。


 でも、やっぱり豊島さんに監視されているような生活は辛かった。

 今は心配だけれど窮屈さはない。

 合宿から帰ったら、自分の口でそれをきちんと話そう。

 どうしても解ってもらえないようだったら…

  

 別れる。。。


 あたしは自分で自分の思考に驚いた。

 別れるって、今まで一度も考えたことなかったから。

 つきあい始めたら、心変わりしない限り別れるってことはないと思ってた。

 でも、そう、解ってもらえなかったら別れるという選択肢もありなんだわ。



 2日後、千葉にある大学の寮を借りて、演劇部の夏合宿が始まった。

 東京駅に集合して点呼を取る。

 彬は…いた。

 

 よく遅刻しないで来たね、と笑おうとして、あたしは言葉を飲み込んだ。

 なに?…彬、顔色が悪い。極端に元気がない。


 「彬…どうしたの?具合が悪い?」思わず近寄って腕に触れ、顔を覗き込む。

 「おう、未衣。大丈夫だよ。どこも悪くない」彬は無理矢理というのが露骨に判る笑顔を作った。

 そんな感じじゃないけど…


 「合宿で、役者や舞台装置の方、できるだけ進めないとな」彬があたしを見つめながら言う。

 その視線が妙に痛々しくて、あたしはちょっと引きながら「…うん」と頷いた。


 普通電車にみんなで乗り込んで、なんとか彬と二人でボックス席に並んで座る。

 スクリプトを取り出してバッグを網棚に乗せて、彬は何気ないふうに「真美ちゃん先輩が上手いこと言ってくれたんだな、良かったなあ、初日から来られて」と言ってから周りを見回して「実はそこらへんについてきてたりして」と冗談ぽくいった。


 「それはないけど…と思うけど…」あたしは曖昧に言った。

 実はあたしもなんだかちょっと心配だった。いたりして。


 「何だそのあやふやな言い方は。説得したんじゃないのか?」彬は怪訝そうに言う。

 「いやあの…あたしもよく判らないのよ。真美ちゃん先輩が言ってくれた後、豊島さんから連絡が途絶えちゃって。LINEが2回来ただけで、ケーキ屋さんのバイトにも来なかったし」

 「ええー?」信じられないというように彬は口を開けた。


 「真美ちゃん先輩が言うには、あたしが拒絶したように感じてるんだって…

 大泣きしちゃって大変だったって」あたしは困惑していった。

 「はあ?なんだそりゃ…」彬は呆れたように言ってから、下を向いて少し笑った。


 「なんだかなあ…俺とおんなじだ」

 「え?」


 どういうこと?

 と訊こうとしたその時、真美ちゃん先輩があたしたちの座っているボックス席の横に来た。

 「今、ちょっと大丈夫?」

 「あ、はい」

 「あ…彬くんは…」と真美ちゃん先輩は言い淀む。


 「ああ、こいつ全部知ってますから」とあたしが言うと

 「そーなんですよ。あ、真美ちゃん先輩、ここに座ってください」と彬が席を立った。

 窓側の席に真美ちゃん先輩が座り、あたしがその横に座る。

 彬は立って、あたしの方に身を乗り出す。

 聞く気満々だなこいつ…この、出歯亀っ


 「互いに彼氏彼女ができても、仲いいのね…」真美ちゃん先輩は微笑む。

 「豊島くんも、特に彬くんのことをすごく気にしてて。まああなた達の仲の良さをずっと見てきたから無理もないけど…」


 「昨日、また電話してみたの。

 驚くほど憔悴していてね…未衣ちゃんは豊島くんを拒絶しているわけじゃない、愛情も程度問題だってことを話したの。

 それは判ってると、また泣いてた。未衣ちゃんにそんな思いをさせていることも承知しながらなお、未衣ちゃんに執着してしまう自分が本当に嫌だって言ってた」


 「要するに、自己嫌悪の酷いやつみたい。

 自分で乗り越えるしかないんだけど…

 あまりに続くようだったら、心療内科を勧めてみるわ。

 だから、未衣ちゃんは自由にしていていいのよ。

 やっぱりどう考えても異常だもん、豊島くんの束縛の仕方」


 「俺もそう思います」彬が口をはさんだ。

 「未衣のやつがよく我慢してるなあって…

 苦しみながらも受け入れてるのは、よっぽど豊島さんに惚れてるからなんだろうけど。

 俺、未衣のバイト先のケーキ屋さんに行ったけど、豊島さん本当にいたからな」


 『よっぽど惚れてるから』彬の言葉にあたしは俯いた。

 違うの。惚れてないから苦しんでるの。

 断る理由が思いつかないから、断らないだけ…


 「真美ちゃん先輩、ありがとうございました。

 いろいろご迷惑かけちゃってごめんなさい。

 合宿終わったら、一度ちゃんと豊島さんの考えを聞いてあたしの気持ちも話してみます。

 逃げてたらダメだなって思ったから」

 あたしはできるだけきっぱりとした口調で言った。


 真美ちゃん先輩は「ううん、迷惑だなんてことはないのよ。二人で話し合うのが怖かったら、私も同席するから」と言った。

 「あ、俺も!」彬がバカなことを言うから、あたしは彬の腹に肘鉄を見舞った。

 うっ!と呻いてしゃがみこむ彬を見て、真美ちゃん先輩は笑いだす。

 

 真美ちゃん先輩が他の部員と話しながら後部車両に移動していくのを見送って、彬はまたあたしの横に座った。

 狭いボックス席にきっちり詰まるような感覚になる。

 こんなに近距離なのに、全然嫌じゃない。むしろ安心感がある…


 「豊島さんときちんと話せるといいな」と彬は言って、大あくびした。

 「眠い…ここ2~3日、あまり寝てないんだよ。なんか、未衣の隣にいると安心するな」

 と言ってあたしに寄りかかると、あたしの肩に頭を乗せてあっという間に寝てしまった。


 ちょっと彬!重いって!

 でもあたしは肩をそのままにして、彬にもたれかかって目を瞑った。

 安心する…







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