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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
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未衣6

彬や他の部員からも、第5稿のラストには疑問・異論がでたことを豊島さんに話し、二人でラストまで書き直し、とりあえず最終稿ということで決着し、夏休み直前にスクリプトは脱稿した。


 脚本を書いた行きがかり上、あたしが演出になりそうだったんだけど(あたしも演出したかったんだけど)、バイトやら何やらで毎日部室に行くのは無理そうだったので、3年生の先輩に頼んだ。

 あたしと、それから彬がLINEで立候補してきたとかで、演出補になった。

 

 へえ…彬も少しは罪悪感があったのかな。

 脚本をほっぽりだしたこと怒鳴ったりして悪かったなあ…


 彬は夏合宿にも参加するという意思表示をしてきた。

 時間作って、演出と3人で夏合宿までにスクリプト読み込んで演出の方針を決めようということになった。

 

 

 ケーキ屋さんのバイトはめちゃ楽しかった。

 覚えることがたくさんで、陽子さんから教わりながら不安だらけだったけど、小百合さんも優しいし、ホントに毎回一緒に来て一日お店のイートインに座ってる豊島さんを相手にロールプレイングしたりしてなんとか陽子さんがいるうちに一人でも接客できるようになった。


 「将也も座ったっぱなしじゃなくて、未衣ちゃんと一緒に働いたらどうなのよ」小百合さんは営業妨害だと口を尖らせた。

 「あんたなら女性客の客寄せになれるわよ。コックコート着て微笑んでればいいから」

 

 豊島さんは苦いものを噛んだような顔になり、あたしは噴き出した。

 確かに…メガネ萌えの女子にはたまらないルックスかも。


 「僕はねえ小百合さん、自らに未衣ちゃんの護衛を以て任じてますので。謹んで辞退申し上げます」

 「何の護衛よ」小百合さんは呆れたように言う。「私が厨房には必ずいるんだし、そんな危ないお客さん来ないわよ」

 小百合さんは肩をすくめ、たった1ヶ月半だしまあいいかと豊島さんの翻意を促すのは諦めたようだった。


 ところが。

 イケメンの威力というのはすごい。

 そして、女の子のパワーってすさまじい。


 夏休み前に3回くらい、陽子さんがいるうちに仕事を教えてもらった時にも一緒に来ていた豊島さんをソッコー見染めた子たちがいたらしい。

 夏休みに入って1週間も経たない内に豊島ファンの女の子たちが、毎日のようにお店に来るようになった。

 あたしがバイトに行かない日は彼もいないので、あからさまにガッカリして帰っていくそうだ。

 イートインに居座っちゃう女の子もいて、正直なところ迷惑だった。


 その中でも厄介そうな女性は2人、いた。

 ひとりは20代半ばくらいの女性で、仕事は何をしているのか結構頻繁にやってきて、豊島さんの隣のテーブルに陣取りパソコンで何かやっている。

 ノマドワーカーなのかな。たまに電話しに外に出る。

 何度か豊島さんに話しかけていたけど、見事に無視されてしばらく様子を見ることにしたみたい。

 諦めてないのは傍から見ててもよく判る。

 

 もうひとりは高校生くらいの可愛い子で、最初はケーキが好きなのかと思っていたんだけど、日が経つにつれ豊島さん目当てと解った。

 ある日、お店に入ってくるなりイートインの豊島さんの前に立ち、「あ、あのっ、彼女とかいるんですかっ?」と顔を真っ赤にして唐突に訊いたのだ。

 お店にいた人たちの耳目が完全にそちらに行く中、豊島さんは顔を上げて眼鏡を外し、あたしを指さしてにこっと微笑んだ。

 息を飲んだ女性たちの声にならない悲鳴が満ち、その女の子は泣きそうになりながら「ありがとうございましたっ」と言ってお店から駆け出して出て行った。

 あーあ…お客さん一人減ったな…と思っていたのだけど、翌日からも変わらず来てイートインで豊島さんを眺めている。

 恋する女子は強い。


 しかし豊島さんはそういう女の子たちの視線にまったく気にせず、食事やトイレに立つ他は一日中本を読んだりレポートを書いたりして、時折あたしの方をちらっと見て微笑んだりしている。

 彼があたしに微笑むたびに、あたしは彼女たちの刺すような視線に晒されてものすごく居心地が悪くなる。

 

 それを豊島さんに訴えても「えー?そう?もしかして妬いてくれてるの?」とか嬉しそうに訊いてくるだけなので、あたしはため息をついて首を振るしかなかった。

 全然解ってない。

 仕事中にヤキモチなんか妬いてる暇はありませんって。

 

 でも小百合さんによると、例年盛夏には低迷する売り上げが今年は確実に伸びているそうで、まあ、客寄せパンダだと思って我慢してやって?と言われてしまった。

 小百合さんも、可愛い甥っ子には甘いらしい。



 夏休みに入って、割とすぐに彬が彼女とその友達?の女の子を連れてやってきた。

 あたしは嬉しくなって「いらっしゃい!来てくれたんだ?」と大きな声で言ってしまった。

 

 あたしの顔を見た彼女は、硬直したように動きを止めあたしを睨むように下から見上げて

 「中野さん…そういう、ことだったんだ」と踵を返そうとした。

 すぐに友達の女の子が引き留めている。


 え?あれ?彬、言ってなかったの?

 あたしは戸惑って彬を見るけど、彬はぼーっとしたようにあたしを見ている。

 ちょっとっ!

 あんたのせいよ!どうにかしなさいよっ


 その後、豊島さんのお陰で何とか事なきを得て、3人はイートイン席に座った。

 今日はノマドワーカーの女性が来て、すでに2時間以上居座っている。

 「僕がドリンク持って行くよ」豊島さんが笑った。

 「え、いいよ。あたしの仕事だし」ちょっと彼女が怖いけど。

 「さっき小百合さんも、暇なヤツにサーブさせろって言ってたでしょ」と言って、強引に入ってきて手を洗い、アイスコーヒーを3つ準備する。


 片手で銀色のトレーを持って、きびきびと歩いていく。

 ノマドワーカーの女性が、目を見張って豊島さんを眺めている。

 ああ、なにかトラブル起きなきゃいいけど…


 あたしの祈りも空しく、女性はアイスコーヒーを追加注文し、豊島さんにサーブさせろと言ってきた。

 それはできないよ~

 あたしはできるだけ柔らかく応対したが、全然ダメだった。

 怒鳴りつけられ、怖さにすくみそうになる。


 豊島さんは、こういう時自分が出て行ったらもっと事態がややこしくなるだけだと承知しているので黙って席に戻る。

 あたしはアイスコーヒーと追加分の伝票を持ってノマドワーカーの女性のテーブルに運んだ。

 「要らないわ」

 「えっ?」

 「気が変わったの!あの人が持ってきてくれないなら要らない。下げてちょうだい」

 しっしっと追いやるように手を振られ、あたしは仕方なく戻った。


 こういうことは初めてではない。

 客寄せパンダにしちゃ、トラブルが多すぎないかい?

 あたしはため息をついた。


 彬と彼女の方が気になってそちらをつい見てしまいそうになって、自分を戒める。

 どんなことを話してるんだろう。

 彼女は色白でふわふわの髪と愛くるしい顔立ちの、お人形のように可愛いだった。

 彬の腕に手を置いて、コロコロと笑っている。

 こんながあたしをあんなに怖い顔で睨むなんて、よっぽど彬のことが好きなんだろうな。

 いいな、ストレートに自分の愛情を表現できて。

  

 それからはテイクアウトのお客様がたくさん来て、あたしは応対に追われていたので余計なことを考えずに済んだ。

 彬たちが席を立ち、お土産にと言って彼女と友達がケーキをテイクアウトした。

 

 あれが良いかな、これが良いかな、ねえ彬くんはどれがいいと思う?

 彬の腕につかまって、いちいち彬の顔を見上げて可愛らしく笑う。

 彬もいちいち答えてあげている。

 顔に笑みを張り付けたまま、どれでもいいよ早くしてよ、なんて考えている自分に気づいて愕然とした。


 やだ、ヤキモチみたいじゃないの…

 あたしは気合を入れ、接客に専念した。

 最後「ありがとうございました」という声が、不必要に大きくなってしまった気がしたけど、それは仕方ないと思うことにした。




 

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