挿話1 ボリスとフィアナ
後半暴力的な表現が入りますので、苦手な方はご注意ください。
二人が初めて会ったのは、ボリスが十七歳、フィアナが十五歳の頃だ。
王立騎士学校の教育課程は六年間。
十三歳で入学を許可され、普通は十九歳で卒業する。
しかしボリスとフィアナはそれぞれ十七歳と十六歳で卒業していた。もっとも、フィアナは卒業というより強引な引き抜きだが。
理由は飛び級制度にある。
フィアナは入学試験の成績で一回生と二回生を免除され、その後三回生、五回生、六回生といった具合に進級し、通常の半分である三年で卒業に至っている。
ボリスは一回生、三回生、五回生、六回生の四年で卒業だ。フィアナよりは一年多いが、それでも十分に天才といえよう。
一、二回生ではほとんど基礎しか学ばないのだ。師匠の元で各地を放浪していたフィアナは、人より早く基盤が固まっていたのだ。
しかし、騎士学校の生徒たちはよくボリスとフィアナを比べたがった。
それまで“神童”と呼ばれ、学校一の秀才を認められていたボリスは、フィアナの登場によりまるで転落したかのように噂されていた。
『なあ、ボリス・ハルナイトってなんかむかつかね?』
『なんでも訓練もずっとさぼって出てないらしいぞ』
『くそっ、才能があるからって……』
『でもあの銀髪の新入生のほうが凄いんだろ? いままで調子乗ってたぶん晒し者にしてやろうぜ』
決して己を驕ったことはないし、努力を怠ってもいない。しかし、根も葉もない噂はみるみる広がってく。
元来意地っ張りな性格が災いし友人がいなかったボリスは、これが原因でますます頑なになった。
何があっても『フィアナのほうが』とそればかり。
そういうことがあって、逆恨みもいいところだがなんとなくフィアナのこともあまり良く思ってはいなかった。
フィアナが入学してから、一言も言葉を交わすことなく一年が過ぎ、一つ上の学年に上がった。
ボリスは六回生、フィアナは五回生。
出会ったのは、この頃だった。
五回生と六回生が合同で行う三日間の野外訓練のペアで、ボリスとフィアナがパートナー同士になったからである。
そのときのボリスの心情を一言で表すと、
(最っ悪だ……)
である。
教官に怒りを覚えなくもない。噂の類いは知ってるだろうに、よりにもよってなぜ自分とフィアナを選んだのか。
そもそも男子生徒と女子生徒が組むことはまずなく、かなりイレギュラーなペアだったのだ。
しかし、訓練前日の放課後。
「……ボリス・ハルナイト先輩、ですか?」
憂鬱そうに眉をしかめるボリスに声をかけてきたのは、さらさらとした銀髪に薄青の瞳をもつ少女だった。
聞けば、ペアになったので明日からよろしくという挨拶に来たらしい。
(意外と律儀なやつなんだな)
フィアナに対する好感度はやや上がった……が、なにせ素直ではないボリスである。
「……用はそれだけか? 別に俺はお前と仲良くなろうなんて思ってないし、訓練以外で関わるつもりもないぞ」
『ああ、よろしく』という何ということはない一言を言おうとしたのに、口をついて出たのは全く異なる台詞。
ご苦労なことに本当に迷惑そうな顔まで作る自分を拳で殴りたい。どうしていつもこうなるのかと、頭を抱えそうになった。
そんなボリスに対し、フィアナはしばらく考え込んでいた。
それから無表情のまま、薄い唇をおもむろに開き、大真面目にこう言った。
「すみません、食事の用意の際もお願いできますか?」
ボリスは虚を突かれる。
「……は?」
「食事はペアで用意することになっていたと、記憶しているのですが……」
先ほどの『訓練以外で関わるつもりもないぞ』に対して言っているらしい。
違いましたか、と無表情で問うてくる。
いや、確かにそうだ。言っていることは合っている。
(いや、そこか!?普通)
不機嫌そうに、これみよがしに威嚇するボリスに臆するでもなく、反発するでもなく。
フィアナの反応は予想したどれとも違った。
「……変わったやつだな、お前」
思わずぼそりと呟く。
フィアナは突然変わったやつ扱いされたことが不服らしく、やや目つきを鋭くしてこちらを見上げている。
「い、いや、悪い意味で言ったんじゃないんだが……」
慌ててフォローしながら反応を伺っていると、フィアナは大分小柄だということに気がつく。
女なのだから当然といえば当然だが、この一見小さく脆そうな体で年上の男子生徒を倒しているのだから、相当の訓練を積んでいるのだろう。
才能は、あったところで磨かなければ意味がない。
フィアナは恐らく天才だ。だがそれは努力をしていないということには決して繋がらないのだと、ボリスは知っている。
「……お前、すごいよな」
気が付いたときには、口から言葉が出た後だった。
フィアナはきょとんとしている。
「っ!」
はっとして口を塞ぐ。
じわじわと顔に熱が集まるのが分かった。
「いっ、いや! 今のはっ、別に……褒めたわけじゃないからな!?」
さらに口から飛び出したのは意味の分からない否定。完全に混乱していた。
フィアナはしばらく瞬きを繰り返していたが、真顔で尋ねてくる。
「褒めていないなら……どういう意味で言ったんですか?」
「えっ」
「どういう意味なんですか?」
「そ、それは」
「それは?」
「ええと……」
「教えていただけますか先輩」
ぐいぐいと迫り、答えを求めてくる。
「え、ええっと、だから、その……っ」
目まぐるしく考えながらボリスが後ずさっていると、ふいに、
「…………っふ」
かすかな吐息のような音で、フィアナが吹き出した。
そのまま無言で肩を震わせだした彼女に、理由もわからないままボリスは地味に傷つく。
追い打ちをかけるように、フィアナはほんの少し口角を上げる。
「すみません、面白くてつい」
思わず呆気にとられた。
そんなボリスに構わず、薄青の目が細められる。
「やっぱり先輩は冷たい人では無いんですね」
「えっ」
「みんなはそう言っていますし、そう思われても仕方が無いことだとは思いますが」
喜んでいいのか悲しんでいいのか。
魚のように口をぱくぱくと動かすボリスに、フィアナは驚くべきことを言い放った。
「ハルナイト先輩のことは、ずっと見ていました」
ここだけ聞くとなにやら甘酸っぱささえ感じる台詞だが、なにぶん発している顔が能面なのでそういった雰囲気は皆無である。
「この学校で一番強い人がどんな人なのか気になったんです」
意識していたのはボリスだけではなく向こうもだったらしい。淡々とした声はさらに続ける。
「友達がいないことは一日で分かりましたけど」
「ぐっ」
何かが深々と胸に刺さった。
フィアナは悪気があるのだかないのだか読めない。
「冷たくした後に、一人になるとあからさまに凹んでいたので。それから、話しかけられるとパニックになってましたよね。特に女子」
「な、なんでそんなこと……!」
「だから、見てたんです」
簡潔な回答だった。
どこからどこまで見られていたのか。
というか女子に話しかけられてパニックになっているところを見られるほど情けないこともない。
「私からすると、先輩の方がよっぽど変わっていますけど」
返す言葉もなく、ボリスは赤い顔のまま目を逸らした。
「私のことは、嫌いですか」
「……え?」
突然の問いに熱が引いた。
フィアナは真っ直ぐにこちらを見ている。
「それは……」
「まあやっぱりどうでもいいです」
言い淀むと、あっさり取り消される。
そしてボリスの方へ小さな手が差し出された。
「これから、よろしくしていただければ」
「……!」
フィアナの手と顔を交互に見やる。
「私たちは一緒にいた方が伸びますよ。だから教官たちも今回パートナーにしたんだと思います」
二人は、この学校において頭一つ飛び抜けている。
共に切磋琢磨すれば、さらに強くなれるだろう。
(でも……本当に俺でいいのか?)
こんな、意地っ張りで分かり辛くて自分でも面倒だと分かる性格なのに。
「……先輩、手が疲れました」
「えっ!? あっ、悪い!」
慌てて握手し返すと、またフィアナが笑った。
「嘘ですけど」
「っ、なんなんだよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつつも、もうこんなふうに軽口を叩けることに驚いていた。
(……可愛げはないけど、こいつは俺といても大丈夫なのか)
自然体のまま自分と話してくれる。
歩み寄ってきてくれている。
「先輩」
フィアナは、ほんの少しだけ微笑んだような気がした。
「また明日」
「……ああ、またな」
申し訳程度に手を挙げると、フィアナも軽く頭を下げた。
次に会うのは明日の訓練。
憂鬱であったそれが、今は少しだけ楽しみな気がした。




