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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第3章― 白き侵入者
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33話 交渉成立



 ヨハネを部屋に入れようとしたとき、文官らしき男がやってきた。身分はそこそこ高そうだ。そういえば、見覚えがある顔の気もする。


 どうやらヨハネに用があるらしい。

 ちらりとフィアナを見てから、小声で何事か告げる。


 「……ん~、なるほど。それくらいでしたら。承知しましたとお伝えください。あ、あとお優しいですね~と」


 使いの男の顔が引きつった。

 しかし何も言わずに礼をして去っていく。


 (……ん? あれは確か、フリードリヒ殿下の傍仕えの一人だった様な……)


 首をかしげていると、ヨハネはさっさと部屋に入ってしまった。

 フィアナは後を追って中に入り、ヨハネの向かいに着席する。そして、いきなり本題に入った。


 「私を助けると、貴方にどんな利益が?」


 暫しの間。

 ヨハネは心外だと言うように己を手で示した。


 「おや、私はそんなに損得勘定で動く人間に見えますか?」

 「ええ、まあ」


 フィアナはあっさりと肯定する。

 この男のことはよく知らないが、自らの性質(タチ)を隠そうともしないのだ。嫌でもそう感じる。


 「ま、否定はしませんがね。……平たく言うと、情報提供をして欲しいのですよ」

 「情報提供……?」

 「フリードリヒ殿下には一度フラれましたが、こうしてまた好機が巡ってきた。まるで真実を明らかにせよと天が告げているようです」


 芝居がかった仕草で言うヨハネに、フィアナは淡々と問う。


 「神を信じているのですか」

 「いいえ? 全く」


 悪びれもせずにヨハネは答えた。

 だろうなと、心の中で呟く。


 「私が知りたいのは目に見えない不確かなものではなく、厳正な事実です。フィアナ・シルヴィアさん」


 ヨハネの唇の端が吊り上がる。

 もともと糸目だが、それがさらにきゅっと細められた。


 「貴女の、小さい頃のお話を聞かせていただけませんか?」

 「……それは」


 フィアナは目を眇めた。


 幼い頃にフィアナがどこで育ったのか。この男は知っていて問うているのだろう。


 「……貴方が知りたいのは、〈祟りの森(フルーフヴァルト)のことですか」

 「ええ。そうです」

 「なら残念ですが、私がお話できることはありませんよ」

「えっ?」


 目を丸くするヨハネに、フィアナは説明した。


 「私は幼い頃の記憶が殆ど無いんです」


 覚えているのは、両親が殺される場面。

 あとは強いて言うなら、詳しくは分からないが王立騎士団が到着したと思しき頃。


 そしてそれは、恐らく精神的苦痛から自らの心を守るためにフィアナの体が判断したこと。

 敢えて深く沈められた記憶を呼び戻すのは難しい。


 「どこからダジボルグの兵が攻めてきたのか、何を目的としていたかは分かりません」

 「そうですか……。でも、御両親が殺害された場面は覚えていらっしゃるのですよね?」


 にっこりと、ヨハネは笑った。

 それから当然のように求める。


 「その時の様子をお話頂けますか? あ、できるだけ詳しいと嬉しいですね」

 「…………」


 よくもまあ面と向かって言えるものだ。


 (私が拒否する可能性など全く考えていないな)


 眉を寄せるフィアナの考えを読んだかのように、ヨハネは断言した。


 「……貴女は嫌だとは言いませんよ」


 そして、コホンと咳払いをする。


 「あー、貴女には関係の無いことですが……。実はこの取材は交換条件なんですよねえ、ええ。フリードリヒ殿下の要求の」

 「交換条件?」

 「最近王宮を騒がせている麻薬事件のことで、民が混乱に陥る前にそれらしい事実を広めてしまおうと……まあ、情報操作を。ですが私たち《アイオロス》も慈善団体ではありませんのでねえ……。何の見返りもなしに、とは」


 ヨハネの言わんとすることを察し、フィアナは眉を寄せた。

 何が『貴女には関係の無いこと』だ。


 「貴女が取材に応じてくだされば、殿下の要求を飲むのもやぶさかでないということなのですが、どうでしょう?」


 お話頂けますか?

 答えを確信した顔で、ヨハネは尋ねた。

 勝ち誇ったような顔が忌々しい。


 「……分かりました」


 相手が望む答えを、フィアナは口にする。

 ヨハネは深い笑みを刻んだ。


 「では、交渉成立……ということで」

 「……商人になればいいのに」


 ぼそりと、フィアナは呟く。

 この己の利益に徹する姿勢と若くして組織を束ねる力があるならば、繁盛しそうなものだが。


 「よく言われるんですがねえ」


 ふむ、とヨハネは唸った。


 「大衆紙(こちら)の方が、楽しそうなので」

 「……楽しそう?」

 「ええ。だって、絶対に知られていないと思っていた事実を暴露された大物の慌てっぷりを見たり、私の書いた記事で一喜一憂して踊らされる市民を見るほど、愉快なものはありませんよ」

 「…………」


 フィアナは黙って目を細め、じっとヨハネを見つめた。


 「おや、引かれてしまいましたか?」

 「多少の軽蔑は致し方無いかと」

 「おやおや」


 とんでもない男だ。

 あの嗜虐趣味の尋問官を野良犬呼ばわりしていたが、話は合うのではないだろうか。


 呆れるフィアナの前に、ヨハネは紙と羽ペンを用意する。


 「では、取材を始めてもいいですか?」

 「……どうぞ」


 やたらうきうきと聞いてくるので忘れそうになるが、この男は今から目の前の少女に両親が殺された様子を聞こうとしているのだ。

 痛む心など欠片も持ち合わせていないらしい。


 (でも、この方が楽かも知れないな)


 下手に同情を寄せられるよりは。

 フィアナは年々霞がかかったようになっている記憶を手繰り寄せた。


 「私の両親……と思われる男女の後ろ姿を、私は物陰のようなところから隠れて見ていました」

 「なるほど。すると、その殺した男は貴女に対して正面を向いていたということですか?」

「はい。ですが、なにせ周りが炎に囲まれていたので」


 逆光で顔は見えなかった。

 ただ、恐らくあれは若い男だった。


 「若い男性……ですか」

 「……その男のことは、よく覚えています」


 フィアナの声音が変わった。

 ヨハネは紙に落としていた視線を上げる。



 はっきりと覚えている。

 失われた大半の記憶の中で、そこだけは鮮明に。


 いつか、復讐を成すべき人間として。



 「服装は分かりますか?」

 「黒の上下に銀の長靴(ちょうか)、膝下まである赤いマントを」

 「ダジボルグ兵の制服ですね。ほお……若い男性も参加していたという証言は、実は今まで無かったんですよ」


 ヨハネは嬉しそうにペンを走らせた。


 「この襲撃で、帝国に何の利益があるのか全く分からない……。ですから、ダジボルグの老練の兵達の何らかの不満を表す行動なのではという見方もありました」

 「老練の兵……ですか」


 フィアナは何事か思案するように顎に手を当てた。


 「何か思い出せそうですか?」

 「いえ、全く」


 そもそもあの男以外の兵の姿は見ていないように思う。

 それは残念とヨハネは言ったが、直ぐに相好を崩した。


 「まあぶっちゃけてしまうと、貴女から話を聞いたという事実があればひとまず十分なんですよね」

 「……何か企んでいるんですね」

 「ふふ」


 どうせ教えてくれないのだろうと思ったが、ヨハネはあっさりとネタばらしをした。


 「〈祟りの森(フルーフヴァルト)〉に住む者達の殆どは、元を辿ればフェロニアの役人の不手際からだった……という事実は有耶無耶になりましたが、資料はフリードリヒ殿下がまとめてくださいました」


 また回りくどい話し方をする。

 フィアナは胡乱げに息をついた。饒舌な男は個人的にあまり好感が持てない。


 特にヨハネの演劇の中のような話し方は鬱陶しい。


 「……で、貴方に何の利益が」

 「釣れないですねえ。まあいいです。今回貴女に取材したことを記事にしてある程度の注目を集めたところで、(くだん)の役人たちを脅そうかと」


 お前たちの不正行為も記事にされたくなければ……ということか。

 本来ならばしらを切り通されるかもしれないが、これはあのフリードも関わっていることである。


 金で解決できるのならその方が楽だと判断するかもしれない。あとはヨハネの話術次第だろう。


 「あ、貴女から新情報を得られればという考えも勿論ありましたよー。提供感謝いたします」

 「……いえ、別に」


 フィアナは素っ気なく返す。


 (本当に知っていることを全て話したかどうかなんて、確かめようもないしな)


 心中でそう呟いたのは秘密だ。

 ヨハネはそれなりに満足のいく結果になったようで、ほくほくしている。


 「では、そろそろ私は帰らなくてはなりませんねえ。急いで仕事をしなくては」

 「そうですか。では、お気を付けて」


 ヨハネを送るために立ち上がったフィアナだったが、ここではたと気がつく。

 取材が終わったということは、また尋問室送りなのだろうか。


 (……気絶させた尋問官と会うと面倒そうだな……)


 今日は職務に戻らないだろうが、尋問はまだ続くだろう。数日後には復帰してくるはず。

 げんなりとするフィアナに、思い出したようにヨハネが声をかけた。


 「ああ、そうそうフィアナさん。貴女を連れていくんでした」

 「え?」


 連れていくとは、どこに。

 フィアナは怪訝そうな顔をする。


 「また尋問室送りにならないように、取材と称して一時的に貴女を《アイオロス》でお預かり致します」


 目を瞬かせた。


 「さあ、そうと決まれば行きましょう! 私は今日中に今日の記事をまとめて明後日には印刷して発刊というハードなスケジュールがあるのです」


 ヨハネはフィアナの袖を引っ張った。


 「それ、許可は……」

 「ああ、先ほど来ていたのはフリードリヒ殿下からの使いなので問題ありませんよ」

 「え」

 「至れり尽せりですねえ。その辺りも詳しくお話を伺いたいところですが、今はとにかく本社へ!」


 さあさあと急かすヨハネに流され、フィアナはドタバタと王宮を出ることになるのだった。





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