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セイラの気持ち

 『地下型迷宮ダンジョン』



 最初に私たちを迎えたのは、空気に混ざるカビの匂い。


 植物の蔦に侵食され、ところどころ崩れかけた石の通路は、時間が止まったような神聖さと不気味さが同居している。


 通路を形成する魔石が淡く光り、だが十メートル先には冷たい闇が広がっていた。


「――マチョさん。モンスターの気配はありますか?」


 先行するフレイ。私の前にサガ、背中をマチョに守られながら進む。四つの足音が静寂にこだまする。


「あの突き当たり、右から何かのいびきが聞こえるマチョ。その先は行き止まりマチョ」

「なるほど、さすがです」

「マチョ!」


 筋肉と共に鍛えられた聴覚。私には聞こえない音、反響音すら聴き分ける筋肉センサーに狂いはない。


「んじゃ左だな。セイラさん、マチョから離れないでくれよ?」

「はいっ」


 もちろんだ。何の変哲もない突き当たり、左に進路を定めて進む。


 サガが前を向きながら眼鏡をかけ直す。


「僕たちの前に入ったのはツヴァイパーティ。情報によれば、甲冑サソリの群れに襲われてリタイヤしたらしい」

「あー、あいつら魔法効かねえもんな」

「ああ。遭遇したら任せる」

「あいよ」


 フレイとサガは仲が良い……というか、戦闘面に関しては信頼し合ってる。腐女子視聴者が見てたらニヤニヤするだろう。


 そして視聴者たちのコメントはミュート中。声が響く迷宮ではマナーモードが基本だ。


「うんしょ」


 地面を這う木の根を跨ぐ。角を曲がってかれこれ百メートル。またもや分岐点が訪れた。


「マチョさん、ここは――」


 言い終わる前にサガがマントをひるがえす。マチョも真ん中の通路の先に視線を注ぐ。


「フレイ、マチョ、構えろ」

「命令すんな。分かってる」「マチョ!」


 ザッザッと近づいてくる何かの気配。仄暗い闇の先、殺気と獣臭が肌に纏わりつく。


「……フシュル……」


 そして雰囲気たっぷりに現れたモンスター。血走った眼光、大きな口と牙から血肉を求めるように唾液を垂らす狼の顔。しかしその体は光沢のある鈍色の甲冑を纏い、前屈みの二足歩行。……先頭の一匹の両脇に、同じ顔が二つ並んでいる。


「人狼か。サガ、援護頼む」


 フレイが腰に下げた剣を抜く。ギラリと光る白銀の刀身。「よっ!」と気合いを漏らし、真紅の炎が剣を包む。


「お前に言われるまでもない」


 サガもマントを翻し【清流の杖】を構える。銀色の杖先で蒼い魔石が光を発する。


(よしやれ。こいつら程度、私が祈るまでもないな)


 私は仁王立ちするマチョの隣。二人を心配する演技をしながら配信画面をチラリ。


『ワンワンきた』『怖えけど聖女パの前じゃ……なあ?』


 盛り上がりはイマイチ。まあまだ序盤だから仕方ない。ダンジョン配信は一週間続くこともザラだし。


 ガキィン!


 なんて、よそ見してたら始まった。フレイと先頭の人狼。魔法剣と凶悪な爪が鍔迫り合う。


「「フシューーーッ!」」


 脇の二体が地面を蹴る。重力を無視するように壁を駆け、私たちに凶悪な牙を向ける。


 だが――。


「俺を無視すんな! 火炎防護ファイヤーウォール!」


 フレイがウイルスバスターの名前を叫ぶ。すると通路を先まで照らす炎の壁が発生。刃を交えていた一体、飛び込んできた二体の体も炎に呑まれる。


「「「ウガアアアアッ⁉︎」」」


 床を転げ回る人狼。だが炎が消えることはない。鎧の隙間からブクブクと皮膚が泡立ち、肉の焦げる匂いが通路に漂っていく。


「あばよ」


 フレイがジャキンと剣を収める。だがその油断を待っていたかのように、黒焦げになった一体の体がピクリ。モゾ……グチュ……と首を動かした次の瞬間――。


「フシュ……ガアアアッ!」


 首が体から引きちぎれ、私に向かって狂気の特攻。白目を剥き、青い血を垂らしながら牙が迫る。


「爪が甘いぞフレイ。……砕けろ」


 サガの杖が光る。氷の霧が生首に伸び、一瞬で凍らせ、パキンと砕く。


「セイラ、怪我はないか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「すまない、セイラさん。油断しちまった」

「怒ってないですよ。助かりました」


 二人に応え、三体の亡骸に目をやる。


「……セイラ、アレ頼むマチョ」

「ええ、分かってます」


 つぶらな瞳を潤ませ、血管が浮かぶ肩を沈ませるマチョ。私も地面に膝をついて両手を合わせる。


「……さよなら。ごめんね」


 静かに、本心からの懺悔。ズキンと痛む胸の奥から零れる、自分勝手な祈り。


『セイラちゃん……』『これだよ。セイラちゃんと他の配信者との違いは』『俺も浄化されそう……』


 茶化すでもなく喪に伏す視聴者たち。言葉が通じず、出会えば殺意を向けるモンスターたち。だけど生きてた。私たちが殺した。胸が痛まないやつは人間じゃない。


「……セイラさん」

「そんな顔するな、フレイ。やらなきゃ僕たちが殺される。……これが勇者の責任だ」


 同じく瞳を伏せる二人。熱と冷気、そして立ち込める死の匂いの中、私たちは少しの間、彼らの亡骸に瞳を濡らした。



「――それでは進みましょう。まだ一階層。先はまだまだ長いですし」



 感傷に浸るのはここまで。マチョが掘ってくれた深い穴に彼らを弔い、地下に続く階段を探す。


 リタイアした冒険者によると、地下五〇階層までは確認されてる。先はまだまだ長い。


 フレイが私の健気な姿に瞳を潤ませた。


「いつも思ってたけどさ……セイラさん、優しすぎるよな。なんでダンジョン配信してんだ?」


 今さらかよ。私の配信を見て、最初に仲間を名乗り上げたのはこいつなのに。


「お前も知ってるだろ。ダンジョンを放置したら生態系が歪む。ダンジョンから漏れる瘴気によってな」


 サガが代わりに答えてくれた。……けどそれだけじゃない。


 頭上のスマホを意識して聖女スマイル。


「そうですよ。私はこの世界が大好きなんです。みんな優しくて楽しくて温かいこの世界が。それを守るために、私にできることを精一杯したいんです」


 だって私をチヤホヤしてくれるし。ダンジョン配信でお金も知名度も無限だし、こんな世界他にない、ここが私の居場所。……正直、元の世界なんかよりよっぽど心地良い。


「セイラさん……」「セイラ……」「マチョぉ……」


『心から誓う。俺、セイラたん愛してる』『こんな良い子他にいる? いねえよな』『……今回は叩かないどく』


 そう、こいつらが好きだ。チョロくて、すぐ私の涙に騙されて、馬鹿なノリをするこいつらが。



 だから私は――。



「……行きましょう! 世界を守るために!」



 不老長寿、世界の平和、チヤホヤ生活、その全てが手に入るダンジョンも大好きだ。

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