第8話「選択」
通りの中で人の流れに紛れながら、先ほど“存在”という認識にまで到達した男の思考の進行を追っていると、これまで処理してきた個体とは明らかに違う深度にあることが分かり、そのまま放置すればいずれ到達点に届く可能性があると理解する。
浅くはない。
止まってもいない。
「……届くな」
すれ違う。
男が歩く。
止まらない。
だが、視線が揺れる。
「……探してる」
意識がこちらへ向いている。
「……近い」
あと一歩。
「……だからこそ」
選ぶ。
消すか。
残すか。
「……どっちでもいい」
処理は可能。
今すぐにでも。
だが――
「……効率か」
思考を整理する。
消せば安全。
リスクは消える。
だが、同時に。
「……面白くない」
残せば危険。
だが、進む。
「……観測できる」
どこまで届くか。
「……見れる」
歩く。
距離を詰める。
男の後ろ。
「……気づいてるな」
男が止まる。
振り返る。
目が合う。
「……お前」
言葉が出る。
止まらない。
「……いるだろ」
初めて。
明確に。
「……ここに」
指を向ける。
こちらへ。
「……惜しいな」
笑う。
わずかに。
「……何だ」
男が言う。
「……見えない」
だが、分かる。
「……いる」
踏み込む。
一歩。
「……やめろ」
部下が叫ぶ。
止まらない。
「……触れる」
手を伸ばす。
その瞬間。
「……っ」
思考が揺れる。
削れる。
「……何だ」
言葉が崩れる。
「……今の」
だが――
止まらない。
「……いる」
確信だけが残る。
「……ここだ」
「……強いな」
観測する。
通常なら、ここで終わる。
「……越えるか」
その可能性。
「……いい」
手を伸ばす。
“触れる距離”。
その瞬間。
選ぶ。
「……残す」
意識を外す。
削りを止める。
ほんの一瞬だけ。
「……っ!」
男の目が見開く。
視界が揃う。
形が見える。
“影”。
歪んだ輪郭。
「……見えた」
初めて。
完全にではない。
だが――
「……いる」
理解に届く。
一歩手前。
次の瞬間。
意識を戻す。
「……そこでいい」
削る。
思考が切れる。
「……何だっけ」
消える。
戻る。
「……終わりだ」
男が膝をつく。
息が荒い。
「……今のは」
言葉が出ない。
だが――
「……いた」
それだけが残る。
十分だ。
男の視点。
確実に“何か”を見たという確信が残り、それが幻覚でも錯覚でもないと分かっているにもかかわらず、その内容だけが思い出せない状態に追い込まれ、理解と喪失が同時に存在している。
一方。
通りの中。
「……いいな」
歩く。
止まらない。
「……届く」
可能性がある。
「……次だな」
視線を上げる。
「――どこまで来る」




