第6話「接触」
路地の奥に踏み込んだ瞬間、外の通りで感じていた薄い歪みとは明らかに質の違う“密度のある違和”が空間そのものに滲んでいるのを感じ取り、ここが現象の中心に最も近い場所であるという確信が誤りであっても捨てられないと理解する。
空気が重い。
音が遠い。
「……ここだ」
男が立っている。
先ほど追ってきた個体。
同じ場所を繰り返していた男。
「……止まったな」
男がこちらを見る。
笑っている。
意味はない。
「……どうだ」
「……何がだ」
会話が成立しない。
「……ここ、分かるか」
「……分からねえ」
だが――
「……いる」
その一言だけが重く残る。
部下が一歩下がる。
「……隊長」
「……分かってる」
視線を動かす。
路地。
壁。
影。
何もない。
だが――
「……いる」
確実に。
「……出てこい」
声を出す。
返答はない。
沈黙。
だが、その沈黙が“空白”ではない。
「……見てるな」
視線を感じる。
全方位から。
「……囲まれてる?」
部下が言う。
「……違う」
囲まれているのではない。
「……ここにある」
言葉にする。
無理やり。
その瞬間。
空気が揺れる。
「……っ」
視界がズレる。
目の前の男の位置が、ほんの僅かにずれる。
「……見えたか」
「……今のは」
部下も同時に反応する。
「……一致したな」
初めて。
同じ異常を、同じ瞬間に。
「……そこだ」
踏み込む。
男の肩を掴む。
「……っ」
感触。
だが――
“重なっている”。
位置がズレる。
存在が揺れる。
「……違う」
男ではない。
「……通り道だ」
気づく。
この個体は中心ではない。
“通っているだけ”。
「……じゃあ」
視線を上げる。
空間。
ほんの一瞬。
“影”が見える。
人の形に近い。
だが、定まらない。
「……いたな」
その瞬間。
思考が止まる。
言葉が出ない。
「……何だ」
理解しようとした瞬間。
“削れる”。
「……っ」
部下が膝をつく。
「……見たか」
「……分からない」
だが――
「……いた」
確信だけが残る。
「……ここにいる」
再び見る。
だが、もう見えない。
「……消えた」
いや。
「……見えないだけだ」
男の視点。
初めて“存在”を視認しかけた瞬間、理解に到達する直前で思考が途切れ、その代わりに強烈な確信だけが残り、それが恐怖ではなく“対象の実在”として固定される。
「……いた」
それだけで十分になる。
一方。
路地の奥。
「……見えたか」
動かない。
ただ観測している。
「……惜しいな」
あと一歩。
だが、届かない。
「……いい」
問題ない。
「……寄ってきてる」
理解に。
「――そのまま来い」




