第8話「残留」
いずれの層にも適応できず切り離された個体が、消失せずに残存している状態を観測し、それらがどのような形で存在を維持しているのかを確認する。
消えていない。
だが。
どこにもいない。
通り。
人が歩く。
速い流れ。
遅い流れ。
それぞれが動いている。
その間。
何もない空間。
だが。
そこにいる。
一人。
立っている。
動かない。
視線が揺れる。
焦点が定まらない。
「……ここは」
声が出る。
だが。
届かない。
誰にも。
近くを人が通る。
ぶつからない。
避けない。
そのまま、すり抜ける。
触れていない。
だが。
“重なっている”。
「……見えてるか?」
手を伸ばす。
誰かの肩へ。
指が届く。
だが。
感触がない。
すり抜ける。
そのまま通り抜ける。
まるで。
空気のように。
だが。
自分には分かる。
そこにいることが。
「……いる」
呟く。
自分の声だけが聞こえる。
反響もない。
広がらない。
閉じている。
対象の男が歩く。
その存在の横を通る。
止まらない。
だが。
視線だけが、わずかに動く。
「……残るか」
短く言う。
完全には消えない。
だが。
どの層にも属さない。
存在はある。
だが。
参照されない。
「……固定されてないな」
観測する。
速い流れにも。
遅い流れにも。
入れない。
だから。
“どこにもいない”。
残留した人間が歩く。
動いている。
はずなのに。
進んでいない。
位置が変わらない。
時間も。
一定ではない。
進んでいる感覚。
止まっている感覚。
両方がある。
「……分からない」
初めての言葉。
意味を持つ。
だが。
答えは出ない。
男の視点。
どの層にも適応できなかった個体が消失せずに残りながらも、他の存在から完全に切り離され、位置や時間の基準を持たない状態で存在していることを明確に認識している。
「……中途半端だな」
短く言う。
必要ではない。
だが。
排除もされない。
ただ。
残る。
一方。
高い位置。
世界を見る。
速い流れ。
遅い流れ。
その間。
何もないはずの場所。
そこに。
微かな影。
動かない存在。
「……残ってるな」
静かに言う。
完全な整理ではない。
だが。
問題もない。
機能しない存在。
影のようなもの。
「――放置でいい」




