第9話「増殖」
変質した個体を起点に広がっていた認識のズレが、接触や視線といった近接条件を越えて同時多発的に発生し始め、個別の伝播経路では追えない速度で町全体へ拡張していることから、もはや制御や観測の枠を外れた段階に入ったと判断する。
止められない。
もう、選べない。
通り。
人の流れは維持されている。
だが。
一斉に、変わる。
同じ瞬間。
避ける位置が、ずれる。
「……あれ?」
誰かが止まる。
次の瞬間。
全員が同じ方向へ動く。
今までと違う経路。
だが、迷いはない。
「……こっちだ」
声が出る。
複数。
同時に。
別の場所でも同じことが起きる。
広場。
市場。
路地。
全ての流れが、同時に更新される。
「……揃ってる」
違う。
「……増えてる」
構造が一つではない。
複数の“正解”が同時に存在する。
「……どっちでもいい」
選択が分岐する。
だが、どちらも成立する。
同じ人物が、別の経路を同時に進む。
「……増えた?」
誰かが言う。
否定はない。
確認もしない。
そのまま進む。
現実が分かれる。
だが、壊れない。
「……持ってるな」
観測する。
補正が入る。
強く。
今までで一番。
空間が軋む。
全体を戻そうとする。
だが。
戻らない。
「……間に合わない」
増殖の方が速い。
更新が先に来る。
対象の男が歩く。
止まらない。
指を動かす。
「……こっちだ」
その一言で。
周囲が変わる。
別の構造が成立する。
さらに広がる。
「……核だな」
だが、もう一人ではない。
複数いる。
同じように。
変わった個体。
「……増えた」
完全に。
個体ではなく。
“現象”になる。
町全体。
すべての通り。
すべての人間。
同時に。
変わり続ける。
「……いいな」
観測する。
止まらない。
戻らない。
「……ここまでか」
十分だ。
男の視点。
自分の選択が周囲に影響しているという認識はなく、ただ自然に“そうするのが正しい”と感じる方向へ動くだけで、それが他の人間にも同時に共有されていることに違和感を覚えない。
「……これでいい」
それで成立する。
一方。
通りの外れ。
歩く。
止まらない。
視線を上げる。
町。
すべてが変わっている。
同時に。
「……終わったな」
侵食ではない。
支配でもない。
「……置き換わった」
前の構造は消えた。
残っているのは。
「――これだけだ」




