第1話「異物」
朝、青年はゆっくりと目を覚ましたが、起き上がる前に、なぜか少しだけ時間が遅れているような妙な感覚に気づいた。
天井は見慣れたままで、部屋の配置も変わっていないはずなのに、どこか輪郭がぼやけているような気がする。
「……眠いな」
声に出してみると、いつも通りのはずなのに、ほんのわずかに自分の声が遅れて返ってくるような違和感が残った。
気のせいだと思いながら体を起こし、床に足をつけると、冷たさは確かにあるのに、それを感じるまでに少しだけ間がある。
部屋を見渡しても机や椅子の位置は変わっていないし、昨日と同じはずなのに、なぜか“同じだった記憶”に自信が持てない。
「……まあ、いいか」
深く考えても答えは出ないと判断して、青年はその違和感をそのままにして動き出した。
顔を洗うと水は確かに冷たいが、触れた瞬間と感じる瞬間がわずかにずれているようで、思わず手を止める。
それでも生活に支障が出るほどではなく、もう一度触れてみると普通に感じられたため、そのまま気にしないことにした。
外に出ると、通りにはすでに人が行き交っていて、いつもと変わらない朝の光景が広がっている。
人の数は多いはずなのに、なぜか歩きやすく、混雑しているという実感がうまく掴めない。
誰かにぶつかりそうになることもなく、自然に隙間ができているように体が動いてしまう。
「……こんなに空いてたか?」
小さく呟くが、周囲を見渡しても人は確かに多く、空いているとも言い切れない状況だった。
前を歩いていた男が急に立ち止まったが、後ろから来ていた人たちはぶつかることなく、それぞれ別の動きで流れていく。
誰も困った様子はなく、その光景はどこか不自然なのに、同時に違和感として強く残ることもなかった。
青年はその間を抜けながら、自分も一瞬だけ足を止めてみるが、すぐにまた歩き出してしまう。
止まることも進むことも、どちらも同じようにできるのに、どちらかを選ぶ必要がある感じがしない。
その感覚が気持ち悪いはずなのに、なぜか“そういうものだ”と納得してしまう。
「……変だな」
そう思っても、理由は分からないままだった。
通りの端で、少女が何もない空間に向かって手を伸ばしているのが目に入る。
何をしているのか分からないが、その動きには妙な自然さがあり、止める必要があるようには見えない。
周囲の人間も特に気にしておらず、青年も少しだけ視線を向けただけで、そのまま通り過ぎることにした。
その場を通るとき、何もないはずの場所を避けるように足が動いたが、理由を考える前に体が勝手に進んでしまう。
見ても何もないのに、そこを通るのは少しだけ嫌な感じがして、無意識に避けていた。
「……なんだ今の」
小さく呟くが、立ち止まるほどではなく、そのまま歩き続ける。
違和感は確かにあるが、強くはなく、生活の流れを止めるほどのものでもない。
結局のところ、歩けて、周りとぶつからずに進めるなら、それで十分だと思えてしまう。
青年は通りを進みながら、何かがおかしいと感じつつも、それを確かめようとはしなかった。
「……まあ、いいか」
その一言で、すべてが片付く。




