Occupation
安定志向。
周りの子達が始めたから、ただ、何となく私も「始めなきゃなー。」って思って、就活開始。
シャツ、スカート、ジャケット、鞄、ストッキング、そして、パンプス。
これ、全部セットで五万円。安い。バイトで貯めたお金で、余裕、余裕。
私は、安物就活セットに身を包み、会社説明会やセミナー、そして、面接を受けた。
安物に身を包んだ、安っぽい存在。それが私だ。
私の希望は「楽と安定」だ。ただ何となく出勤して、何となく適当に仕事して、何となく安くもなく高くもない給料を貰う。それが私の仕事観だ。
勿論、面接でそんな事言える訳がない。「御社の将来性が。」とか「社会的使命を。」とか、もっともらしい事を満面の造り笑顔で答えとけば、楽勝、楽勝。
超売り手市場だから、すんなり内定ゲット。
私は決められた始業時間から終業時間まで、ただ与えられた業務を、ただ言われた事だけを、ほどほどの労力でこなした。
「OL最高。」適当にやってれば、それで良いんだから、こんな楽な商売はない。
私は窮屈な制服で身体を締め上げると、パソコンに伝票をひたすら入力した。
カタカタカタ、カチカチカチ。
同僚も先輩も、みんな、同じ様な髪型、同じ制服、同じ様な安物のパンプスを履いて、パソコンとにらめっこしている。
端的に言うと、私達の仕事って、伝票入力マシーンになる事。朝から夕方まで、ひたすら入力作業。楽だけど単調。ディスプレイ、マウス、キーボード、と、私。
周辺機器な私。
今日も良い天気。会社の屋上でお弁当を食べた私は、浮腫んだ脚を、パンパン叩いた。そして、何となく、片足のパンプスを脱いでみた。
ストッキングの足先が汗でほんのり黒ずんでいる。パンプスの中を覗くと、靴底も、汗でほんのり黒ずんでいた。
私は、そっとパンプスの臭いを嗅いでみた。
「臭っ!」
何やってんだろ、私。
就活の時に買ったパンプス。別に買い換えても良いけど、もったいないから、履き続けよ。
オフィスに戻ると、貴方は仕事が早いから、この伝票も、入力お願い、と、上司が私に伝票の束を渡した。
「はい!喜んで!」
あぁ、残業決定。私の気楽なOLライフが妨害される。
夜8時、作業終了。
「さて、帰ろうっと。」
私はエレベーターで二階にあるロッカールームに向かった。
ガタン!ガガガッ!
エレベーターが止まった。
「マジかよ!」
私は緊急ボタンを押したけど、全く動かない。私はどっと疲れた。そして、エレベーターの壁にもたれて、体育座りをして、顔を伏せた。
少し時間が経った。私は顔を上げて、エレベーターの天井に目をやった。天井に通気口。
私は立ち上がり、両足のパンプスを脱ぐと、勢い良くジャンプして、通気口の蓋を手で押してみた。通気口が開いた。
私は、パンプスを通気口に軽く投げて、それから、もう一度、勢い良くジャンプした。通気口に手が届いた。私は腕に力を込めて、エレベーターの上によじ登った。
エレベーターをよじ登ると、そこにパンプスが転がっていたので、そっと履いた。さて、次はどうする?辺りを見渡すと、通気用ダクトの蓋があった。
私は蓋を外すと、通気用ダクトの中を、四つん這いになって、奥に進んだ。
ダクトを進むと、外の風が入ってくる場所があった。出口だ。私は出口の蓋を取り外し、外に出た。非常階段の踊り場だ。私はゆっくりと踊り場に出た。
ここで問題だ。この非常階段は二階まで。私が出たのは二階の踊り場。ビルの中に入るためのドアは施錠されていた。
暫く考えてから、ふと下を覗き込むと、路地裏の大きなゴミ回収用のボックスがあった。ボックスの中には、たくさんのゴミ袋が詰められていた。近くに飲食店があるから、中身は生ゴミだろう。
私は意を決して、非常階段の柵を乗り越え、柵に掴まり、ぶら下がると、そのまま手を離し、ゴミ回収ボックスの中に落ちた。
ガサッ!
生ゴミがクッションになって、ショックを吸収した。私は生ゴミだらけになった。
私は身体に付いた生ゴミを払い、頭に載ったバナナの皮を払うと、ボックスから出ようと乗り出した。すると、足が滑り、ボックスの横にある、バケツ型のステンレス製のゴミ箱に頭から突っ込んで、倒れた。私はまたしても、ゴミまみれになった。
ゆっくりと立ち上がり、身体に付いたゴミを払うと、制服のポケットに手を入れた。千円札が一枚。
「良かった。電車料金ある。」
会社は既に閉まってるから、中には入れない。今日はこのまま帰るしかない。
「あーぁ、散々な日だなぁ。返して、私の、お気楽OLライフを。」
表通りに出ると、ちょうど、歩行者信号が青だった。
ピッポー、ピッポー、ピッポー。
信号が鳴る。
私は小走りで横断歩道を渡ろうとした。すると。
「あれ?こんなはずじゃ。」
私の身体が宙を舞う。
「どこ見て運転してるのよ!私のお気楽OLライフ、返してよ。」
人集りができた。たくさんの人。警察が来た。救急車のサイレンが聞こえる。私の意識が遠くなった。
ピーポー、ピーポー、ピーポー。
私の気楽な暮らしは25歳で終りをむかえた。路上に転がった、私の安物のパンプス達が、そっと呟いた。
「お疲れ様。永遠の眠りを。」
と。
お疲れ様でした。