謝肉祭
ごめんなさい! 遅くなりました!
デデスピオンとの戦いから数日。私達はインヴィンシブル要塞に帰還した。
インヴィンシブル要塞は魔獣から護る為に造られた我らが守護神だ。平原の先に巨大な灰色の防壁が見えてくると、皆、ほっとしたような笑顔を見せる。
私も同じ気持ちで、軍事施設らしい質実剛健とした外観を最初少し怖く感じていたが、今はそれが頼もしく見える。
幾重にも張り巡らされた防壁周辺は、普段は兵士が駆け回っているが、今は祭りの最中とあってか一般人の姿が多い。
近隣の町から多くの人が訪れていることから、正面の門の前には長い列が続く。訓練中隊はそれを避けて通用門をくぐる。
重厚な門をくぐり、私達は出迎えたのは祭りの熱気だ。
要塞内は華やかに飾り付けられ、音楽に合わせて薄衣の踊り子達が舞い踊りる。
立ち並ぶ屋台から漂ってくる肉焼く香ばしい匂い。
妻子持ちの兵士は父親に戻り、恋人がいる者は仲睦まじく屋台を練り歩く。
久々の人の世界にあてられて涙が出そうになった。
今すぐ屋台に駆け出したいところだが、隊舎に戻るまでが演習である。
おあずけくらい、腹の虫を泣かせながら私達はを要塞中央を目指す。
「兵隊の皆さん! お疲れ様でした! お花はいりませんか?」
近くの町か村から出稼ぎに来たのだろう。おさげ髪を揺らした可愛らしい花売りの女の子の出迎えに中隊の面々の顔がほころぶ。
教官達が睨みを効かせていなければ、女の子はたちどころに囲まれて、花は即完売だったことだろう。
「すまないな。俺達はまだ任務中なんだ。一輪だけくれるかい?」
「す、すみません! ……どうぞ」
「ありがとう。はい、代金な」
「え? こんなにですか!?」
代表して中隊長のオバリー大尉が幾らか多めの代金で一輪だけ買う。代金を渡された女の子の様子から、どうやらかなり多めに支払ったらしい。
「ありがとうございます!」
お礼を言って走っていく女の子。隊員達から恨めし気な視線がオバリー大尉に向けられる。
オバリー大尉はというと、皆の視線など気づいてない様子で、買った花を私の兵衣の胸のポケットへと挿した。
視線が更に冷たくなっていくが全く気付いていないようだ。
「恐縮でありますロリコン隊長」
そう言って私が敬礼すると、全員がびしっとそれに続いた。
「な!? お前ら……ったく……行くぞ」
何か言いたそうなオバリー大尉だが、状況不利を察したのか踵を返し行進を再開する。
皆笑顔だった。
デデスピオンとの戦闘で大きな被害を受けていれば、例え開催期間中に間に合ったとしても祭りを楽しむ気にはならなかっただろう。
私達は誰一人欠けることなく帰還を果たした。それが何よりも喜ばしい。
✤✤✤
「訓練終了と無事な帰還を祝して……乾杯!! と行きたいところだがその前に駐留軍司令官ボルド提督よりお言葉を頂く。総員傾注!!」
……おい。
その晩、約束通りオバリー大尉は訓練中隊の皆を集め宴を開いた。
帰還を祝うためでもあるが、新兵たちの門出を祝う場でもある。今日でこの訓練中隊は解散になる。その後は皆それぞれ新たな部隊へと配属されていく。
つまりは下っ端のお別れ会である。
なのにだ。
なんでそこに司令官が出てくるんだよ。
まあ、私がいるからなんだろうけどさ。
はっきり言って迷惑だ。だってこういう時のお偉いさんの挨拶というのは決まって長いんだもん。
訓練中隊の皆は私が王女だとは知らないからね。ボルド提督の来訪に驚いただろう。
ボルド提督は50歳くらいのおっさんで、日々激務に悩まされているのか、髪の毛の方はやや寂しい。
中には自分達のために司令がわざわざお越しくださった! と喜んでる者もいるかもしれないが、ほとんどは顔には出さないがこう考えているはずだ。
来るなハゲ!
謝肉祭の開催期間は一週間。私達訓練中隊が帰還したのは6日目の昼下がり。
それから諸々片付けやら何やらで時間を食い、あと少しで解放されるというところでこれだ。
あと1日しか楽しめないんだぞ!! 貴重な時間無駄にさせんな!!
このままおあずけを食らいつづけていたら暴動が起きかねんぞ!? ただでさえ腹をすかせた若い連中が集まっているのだ。
青少年の健全な育成のためにも、早急な肉の補充を求めたい。
恨めし気な視線を受けながら、素知らぬ顔で訓示を述べるボルド提督。まあ、そのくらいでなければ、国軍の中でも荒くれ者が集まっているアイアンライン警備隊の指令など務まらないだろう。
因みにこのボルド提督。ゲームでもアイアンライン警備隊司令官として登場している。どうやらあと10年司令官の座に居座り続けるらしい。
四半時ほど続いた司令官のありがたいお言葉が終わり、再びオバリー大尉が音頭を取る。殺気の籠った100人分視線が大尉に向けられる。
彼は空気の読める男だ。余計なことは言わず一言。
「乾杯!!」
乾杯!!
それが訓練中隊解散の合図だった。
短い間だったとはいえ同じ釜の飯をくらった仲間との別れは寂しくもあったが、それも祭りの喧騒の中に溶けていく。
グラスを煽り(センチュリオン王国には15歳未満ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律があるため彼等のほとんどは果実水である)、各々待ってましたと、料理をつまむ。屋台へと繰り出していく者もいる。
そんな中ボルド提督に呼び出された運の無い者達がいた。
私だ。
私は手に取った串焼きを渋々皿に戻す。
ボルド提督は私の正体を知っているからね。一言何かあるだろうと少しは覚悟していた。
覚えてろよ。食い物の恨みは怖いのだ。ちょっと手が滑って『プロミネンス砲』が司令部に直撃するかもしれん。
だが、呼ばれたのは私だけではなかった。
女性兵士がふたりと、男性兵士がひとり。
レノア・バネット二等兵。ファーファ・シュガリー二等兵。それからリオン・グランス二等兵。
明るい茶髪ポニテのレノアは気立てのいいしっかり者で、白髪うね毛ポニテのファーファは大人しい小動物のようなお嬢さんだ。それに金髪を短く刈り込んだ貴公子リオンの3人は南部で領主を務める貴族のご子息、ご令嬢であり、幼馴染だそうだ。将来きっと良いトライアングラーを見せてくれることだろう。
金髪ポニテの私は平民出身で救世級の加護を持つという設定のため、彼女達とは別に訓練をうけていた。リオン少年とはあまり接点がなかったが、レノアとファーファとは野営の際、私を挟んで川の字になって寝た仲である。
3人とも私と同時期に入隊した新兵で歳は12歳。
彼女達くらいの少年少女兵はセンチュリオン王国では珍しくない。
流石に6歳は珍しいけどね。
かつてセンチュリオン王国の国民には全員兵役の義務が課せられていた。現在は貴族男子のみだが、未だに娘であっても兵役に放り込む古い気質の貴族は多いのである。
実家でもそれなりに鍛えられていたのだろう。3人とも入隊以前に既に加護の得とくを済ませており、遠征訓練にも参加出来るほどに優秀だった。
軍ではリオンは歩兵だが、レノアとファーファは騎兵として訓練を受けている。
若干12歳の可愛らしいお嬢さんが騎兵である。
お馬さんにの上から槍を持って戦う戦場の花形。あの騎兵である。
驚くかもしれないが、センチュリオン王国では騎兵は女性の方が多い。理由は簡単で、軽いからだ。
センチュリオン王国の武器はクソ重い。ならばその分乗り手が軽い方が馬に負担をかけずに済むという理屈である。
また、男性より低燃費なため持ち運ぶ兵糧などの物資も少なくて済むこともあり、機動力を生かしたい騎兵に女性兵士はうってつけなのだ。
逆に男性はパワーを生かせる歩兵の方が活躍できる。
デデスピオンとの戦いでは、ふたりともまだ見習いながら、中々の手綱さばきで先輩達についていっていた。
そんな将来有望な幼馴染3人組であるが、司令官が直々に呼び出す理由は分からない。
「いいか? 貴様らには駐留軍司令官ボルド司令官より直々に特別任務が与えられる」
6歳や12歳集めて何させる気だよ……
オバリー大尉。なんか笑いを堪えているような……なんだか凄く嫌な予感がする。
祭り……ボルド提督……まさかアレか?
幼馴染3人組の顔には緊張が走り、私は何とか逃げられないかと思考を巡らせていた。
ボルド提督の趣味を思い出したからだ。
「貴様らには、明日第2訓練場で行われる相撲大会への参加を命じる。拒否は許さん」
ああ……やっぱりね。
そんなこったろうと思ったよ。ゲームでは王女エリュシアリアでさえ彼の趣味からは逃れられなかったのだから。
まして今のシーリア・ブレイウッド二等兵では「イエッサー」以外の返答は許されない。
幼馴染3人組は肩透かしを食らったかのようにきょとんとしている。恐らく相撲大会の意味に気がついていないのだろう。
相撲大会。それは楽しいレクリエーションに見えて、実は新兵が乗り越えなければならない試練……
「俺も応援に行くからな。健闘を祈る」
こんでいいわっ!
3人は真面目に、私はヤケクソ気味に敬礼で答える。
「「「「イエッサー!!!!」」」」
フフ……
風の中に誰かの笑い声が聞こえた気がした。けれど私はすぐに気のせいと思って気にとめなかった。
その後、私と幼馴染3人組は提督の命令で相撲の稽古をさせられた。その後、たらふく肉を与えられなかったらマジで反乱を起こしていたかもしれない。
✤✤✤
私は気付かなかった。ボルド提督の横に立ち、すぐ傍から私を見ていた者がいたことに。
魔法で姿を隠した絶世の美女が微笑みを浮かべる。彼女は小さな女の子を連れていた。
「これでよろしかったのですか?」
視線を向けることなく、ボルドはそこにいる筈の彼女に小声で尋ねた。
「ええ。感謝しますわ提督」
風の音のような美しい声がボルドの耳にだけ聞こえてくる。
彼女の名はセフィリア。森都フィンレに暮らすエルフの長である。アイアンライン駐留軍は魔獣の侵攻に備えて森都フィンレと交流を持っている。その縁でセフィリアは孫娘を連れてインヴィンシブル要塞を訪れていたのだ。
「どうかしら? カノン?」
セフィリアは傍らの孫娘に尋ねた。その声は風の魔法によるもので彼女達エルフにしか聞こえない声だ。
彼女の孫娘はじっと私に視線を向けていた。
「……とっても可愛いです」
視線を私に向けたまま女の子は答える。
「どうやらこの子も気に入ったようですわね。どうです? あの子と私の孫娘。どちらが勝つか、賭けてみませんか?」
「賭け相撲はご法度なのですが……いいでしょう。我らが姫殿下が負けたならば、あなた方にお預けする話検討してみましょう」
「よろしくお願いしますわ」
その時すでに彼女に目を付けられていたことも、いつの間にか賭けの対象にされていたことも、私が知ったのは後の話である。
お詫び。
前回予告した幼女相撲の件ですが今週もそこまで書けませんでした。楽しみにして下さっていた読者方には謹んでお詫び申し上げます。
このようにいい加減な作者でありますが、今後も応援よろしくお願いします。
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