ようじょつよい
「エリュ!! エリュシアリア!! 無事かっ!?」
後ろに騎士団を引き連れて現れたお父様は、私を見るなり人目を憚らず抱きしめてきた。
「お父様? 私は無事です。心配をおかけして申し訳ございません」
「い、いや無事ならば良いのだ。ところでその娘は……なんと!? エルフ殿か!?」
カノンの姿を見て驚きの声を上げる。エルフというのは王様が驚くくらい珍しい。でもちょっとお父様の認識を訂正する。
「お父様。彼女は精霊王の守護を受けたハイエルフです」
「なんだと!? それではあなたがカノン様でいらっしゃいましたか。これはとんだ失礼を」
お父様が傅くと、その場にいた騎士や馬丁達もそれに続く。
今や世界で5本の指に入る大国となったセンチュリオン王国の王様がこれですよ。凄いね。
王様は普通頭を下げない。だって王様だもん! 1000万の国民と1000年の歴史を背負っている国家の国主なのだ! 国と民の価値を下げるような真似はそうそうできない。
それくらいカノンは特別なのだ。
カノンがただのハイエルフならお父様もここまではしない。これはカノンが精霊王の守護を受けてるからだ。精霊王は地、炎、水、風の4柱が存在し、カノンは炎と水の2柱の守護を受けている。1柱でも尊い精霊王の守護をふたつだ。これもうおかしいレベル。言うなればカノンは神の御使いであり、その立場は司祭の最上位である教皇より上だ。センチュリオン王国が女神信仰の国とはいえ、その権威は決して無視できない。
交流の無い国であっても、崇める神が違っても、相手の権威に対して相応の礼儀を払う。それが王政を敷く国家のルールだ。王侯貴族を名乗っていても権威無ければただの人。権威を無視すれば身分制度社会の根本が揺らぐ。だから相手の権威も尊重する。
まあ、敵対する相手なんかは別だけどね。
例えば帝国の皇帝は神の子孫を自称してるけど、お父様は絶対に頭を下げたりしないだろう。国民だって許さない。不俱戴天の仇、帝国許すまじだ。
でも、カノンをぞんざいに扱ったらきっと国民は激怒する。なんせ精霊王を怒らせると、精霊が力を貸さなくなるからね。精霊灯がつかなくなったり、浄水装置が止まったりと困ったことになる。それくらいこの世界で精霊は大切な存在なのだ。
「シーリアさま……」
「セフィリア様にも言われてるでしょ? 慣れなきゃ」
「でも……」
人よりずっと長い寿命をもつエルフやハイエルフだけど、子供の時間まで長いわけではない。カノンの年齢は見た目通り、私と同じ8歳だ。その割にしっかりしているのは何百歳という年齢の大人に囲まれて育ったせいだろう。
彼等の里では精神年齢で20歳もリアル8歳も五十歩百歩。たぶんカノンの方がよっぽどしっかりしてるんじゃないだろうか? そのせいかカノンとはすぐに仲良くなれた。
とはいえ、田舎でのびのびと育ったまだ8歳の子供だ。私も元は日本の平凡なJKだったから気持ちはわかる。大の大人にその場で跪かれるって結構怖いんだよ。
「大丈夫。ここにいるのは私のお父様だから、全く知らない人ってわけでもないし」
「そ、そうですね! シーリアさまのおとうさまなら私にとっても親も同然です! おとうさま、みなさまもどうか頭をあげてください!」
「はっ!」
カノンは胸に手を置き腰を折るこの国の流儀でお父様に礼をする。
「お初にお目にかかります。おと……いえ、アルフォンス三世陛下。私は森都フィンレの民。ハイエルフのハディス・セフィリア・イゼルダ・ルージェ・スリヴァン・セリカ・カノン と申します。みなさまを驚かせてしまったこと、ふかくお詫びもうしあげます」
「丁寧な挨拶痛み入ります。して、この度はどのようなご用件で我が国に?」
「それはもちろんシーリアさまに会いたかったからです!」
ぴょんと跳ねるように抱き着いてくるカノン。私もしっかり抱きしめ返す。
「エリュシアリアに? エリュ? どういうことだ?」
「手紙にも書いていたと思いますが、カノンとは軍に入って間もない頃に知り合い、親友となりました。私が急に王都に帰ったことで彼女が心配しこのようなことに……」
「なるほど。そうであったか」
ちらっとボージャンさん達を睨みつけるお父様。
「彼等に非はありません。私を護るべく最善の働きをしてくれました」
「そうか。ならば良い」
「えりゅしありあ?」
きょとんとした顔をするカノン。
そうだった。カノンは私の本名知らなかったんだ。
「私の本名だよ。エリュシアリア・ミュウ・センチュリオン。ややこしいからこれまで話してなかったの。ごめんね」
「いえ、シーリアさまが特別な立場にいることは察していましたので。あ、でもこれからはエリュシアリアさまとお呼びした方がいいですか?」
「あ、いいよ。シーリアで。当分はその名前で過ごすことになってるから」
「わかりました。では今まで通りに」
そう言って微笑むカノン。
「娘と仲良くしてくれること感謝いたします。カノン様」
「見ての通り私は子供です。どうかカノンと呼んでくださいおとうさま」
「お、おと……!? いや、分かりましたカノン。ただしプライベートな場でだけだよ? これでいいかな?」
「はい!」
お父様は顔も良いけど声も良いんだよね。優しく包み込むような声色に緊張が解けたのか、カノンも調子が戻ったようだ。
「しかし、シーリアさまは本来王女の身分にあるにも関わらず、幼くして軍籍に身を置き、今はこのような馬小屋で過ごされているご様子。もしかして虐げられているのですか?」
「い、いや、そんなことは……」
カノンに攻めるような視線を向けられてたじろぐお父様。幼女強い。見かねて私がフォローを入れる。
「カノン。軍にいたのは加護の力に慣れるためで、今厩舎にいるのは身を隠しながら剣や馬術を習うためだよ。ここには最高の教官が揃っているからね。それに私が危ないと聞いてお父様は自ら駆け付けてくれた。だから私が虐げられたりしてることは無いし、ちゃんと愛されてるから心配しないで」
軍の訓練は厳しかったし、任務は過酷だった。泣きもしたし、帰りたくもなったさ。でも悪いことばかりじゃない。私は力を使いこなせるようになり、戦うための力を手に入れた。
厩舎での生活もそうだ。最初は不安にもなったけどテイオや馬丁の皆との生活は楽しい。
王宮でお姫様してたんじゃ得られなかったものをたくさん手に入れた。その機会を与えてくれたお父様には口では言ってないけど感謝してるんだよ。
私の言葉にカノンも納得したようだ。
「なるほど。シーリアさまの才能を伸ばすためにあえて困難な道を歩ませたというわけですね」
「まあ、そんなところかな。私は一度力を暴走させているから、危なくて王都にはいられなかったし、軍に入ったおかげで、カノンとも出会えたんだよ」
「ふふふ。そうですね。噂で聞くよりずっと聡明そうな王さまのようで安心しました」
「噂?」
エルフ社会は閉鎖的だが世事に疎くはない。得意の隠形術でしっかり情報収集をしているのだ。
「ええ。センチュリオンの現国王はいつも奥様のお尻に敷かれている残念王と聞いていましたから。やっぱり噂なんてあてになりませんね。素敵なおとうさまでちょっと羨ましいです」
いや、その噂当たってるから。でも言わないであげて。お父様結構気にしてるんだよ? 案の定その場にいた近衛騎士や馬丁達が笑いを堪えている。
確かに一部の昔気質な貴族からは国王として甘いと見られているお父様だけど、女性や子供に優しいことで国民からは結構好かれている。ハンサムでかっこいいし、元々女性から人気があったけど、最近は顔に深みが出て奥様方からは絶大な支持を受けているのだ。と、一応お父様を擁護しておく。
あとついでにカノンのお父さんだってかっこよくてすごい立派な人だぞ? 趣味人で引きこもり気味だけどね。
まあ、それについてはいずれ……
「こんな場所ではなんだから、続きは城で話すとしよう。いいかな? エリュ、カノン」
引きつった顔でお父様は私とカノンを執務室へと招く。そこでカノンの今後を話し合った後は王宮へ向かい、カノンはロイヤルファミリーによる盛大な歓迎を受けたのだった。
因みに一番喜んでいたのは精霊が大好きな侍女長のハンナさん。カノンの手形を額に入れて大事そうに飾ってたよ。
記念にはなるけどお相撲さんじゃないんだからさ……もうちょっと他になかった?
読んで頂きましてありがとうございます。続きが気になる。幼女は正義。この作者ほっとけない! とシンパシーを感じてくれた方は是非ともブックマークをお願いします。




