魔獣事件~策謀~
短いです……(-_-;)
「この資料はね。先日工作員と一緒に捕らえたアナハエムの商人が持っていた通行手形の写しなんだ」
「通行手形?」
「うん。関所を通るときに必要な身分証だよ。これを見せずに領地を行き来したら罪になる。知らなかったのかい?」
私が魔獣災害の資料と思ったそれは実はそうではなかった。
通行手形とは領地を行き来する際に必要なパスポートみたいなものだ。領地を出入りするときは関所で割り印を押す決まりがあり、誰が何時関所を通ったかがわかるようになっている。
「いえ、今思い出しました」
「それは良かった」
以前よりも磨きのかかったロイヤルスマイルを浮かべるお兄様。私もにっこりと笑う。
やべ……帰るとき幾つか関所飛び越えてたよ。
とはいえ、王女エリュシアリアを名乗るなんて論外。軍の下士官であるシーリア・ブレイウッドとしても、すんなり通れたかどうかは微妙なところだ。だってほら、8歳の軍曹とか普通ありえんでしょ?
商隊に拾われてからは、その辺の手続きは全部やってもらっていた。何も咎められることなく通ってたけど、あの時私、身分を詐称していたんだよな。
まあ、今更とやかく言われることは無いだろうけど……
「商人の名はサバラン。知ってると思うけどアナハエムの商人だよ。アナハエムは中立の国だし我が国は彼の国の商人を優遇しているからね。その立場を利用して帝国工作員の隠れ蓑になっていたらしい」
改めて資料を眺めてみる。サバランがセンチュリオンにやってきたのは10年前。流石商人だけあって、幾つもの領地間を回っているようだ。それも南部に集中している。
逆に王都や主だった都市には殆ど赴いていないようだ。商人らしくないそれらの動きも帝国の間諜ならば納得がいく。
帝国と繋がりのある商人の行く先々で魔獣事件が起こる。そこから考えられるのは、魔獣事件が帝国によって人為的に引き起こされたテロだという可能性だ。魔獣を呼び寄せるなど黒魔術を使えば全く難しいことではない。
だけどそれだけなのだろうか?
南部の土地は豊かだ。開拓村を襲うことで開発を遅らせることに意味がないとは言わないが、帝国にしてはやってることが地味すぎる。
「お父様は何か思うことがあって直々にお調べになっているのですか?」
「うむ。アナハエムと関係もあるし、狙われたのが他ならぬお前だからな。それに気になることは他にもある」
「気になること?」
「この商人は過去に人身売買にかかわった可能性がある」
「人身売買!?」
加護を持つ人間の国外流出を防ぐため、センチュリオン王国を始め北西諸国連合では人身売買を固く禁じているが、当局の目を盗み、年間少なくない数の国民が他国で売られている実態がある。その背景にあるのが加護を持つ人間を手駒に欲しいというニーズと、地方の困窮だ。
「過去にある領主が孤児や貧しい家から子供を集めて売っているという告発があってね。その際にこの商人の名前が挙がったんだ。領主の方は子供を売ったことを認めたんだけど、商人の方は証拠がなくて逮捕には至らなかった」
「当時その捜査を指揮していたのが自分であります」
禿げ……お前か。
ラスカル騎士団長は元は貴族犯罪を取り締まる特捜部にいたそうだ。彼の指揮のもと領主は逮捕され、その後の証言から捜査線上にサバランの名が挙がった。だが売られた子供はおろか、売買の証拠は何ひとつ見つからなかったらしい。
「自分があの時こやつを逮捕していれば……」
悔しそうに握った拳を振るわせるラスカル騎士団長。
捜査の手が回ったことで全てこっそり処分してしまったのではとも考えられたが、彼はアナハエムの商人であり、拷問など強引な捜査が出来なかった。
どこの誰だろうと証拠も無しに拷問は出来ないんだけど……
「今からでも拷問して吐かせればいいのではありませんか?」
今は帝国との繋がりがはっきりしている。拷問と聞くと眉を顰める人もいるかもしれないが、私は国民の敵である帝国とその協力者に手心を加えるほど優しいお姫様ではない。
もし、サバランが魔獣事件にも関わっていたのなら、絶対に許さん。
「残念ながら奴は今昏睡状態です。どうやら呪術的な毒を飲んだようでして……」
「解呪は?」
首を振るラスカル騎士団長。
「心霊魔法らしいということ以外は……」
便利な加護魔法がある弊害だろう。北西諸国連合は帝国より魔法の研究が遅れているのだ。
放っておけばやがて衰弱して死に至る。サバランから情報を引き出すには、解呪のためにこちらが敵に譲歩しなければならないが、それまで寝たきりの面倒を見続けることになる。まったく嫌な手を使うもんだ。
「今のところ向こうから身柄の要求などは無い。まあ今後も無いだろうが……もしあってもその時は奴の首を郊外に晒すだけだ」
テロリストには譲歩しないというお父様の言葉に、お兄様とラスカル騎士団が頷く。
サバランは既にアナハエムから縁を切られており、帝国側にとってサバランが身柄を引き取るだけの価値があるとは思えない。精々我が国の魔法研究の為に役立ってもらえばいいだろう。
確かに。確かにそうなんだ。そうなんだけど……
私とお父様の中もは大きな祖語がある。それは国の将来を左右する決定的な違いだ。
「魔獣の被害や奴らの関与については今後調査が必要だろう。だが我々が奴らに大打撃を与えたのは確かだ。これで帝国も我が国から手をひいてくれればいいのだが……」
「そうですね」
ああ、お父様もお兄様もこれで事態が収束に向かうと思っているのか……
でもそれは違うよ……戦いはまだ始まってもいないんだ……
確かに王国内に潜む帝国勢力を削ぐことはできた。だけど完全に駆逐できたという保証もない。
今も帝国は虎視眈々と戦争の準備を始めている。今から8年後、共和国の政権交代を合図に侵攻を開始する未来は恐らく変わらない……
あ! そうか!
王国南部、魔獣に襲われた村、見つからなかった子供……
現在の情報と前世でやったゲームによる知識。点であったものが線に繋がる。
事の重大性に気が付いた私は叫んだ。
「お父様。大至急南部全域に捜査網を敷いてください!! どこかに帝国の兵士養成施設があるはずです!!」
3人の視線が私に集まる。暫く沈黙の沈黙の後、蒼の瞳を真っすぐに向けてお父様が口を開く。
「根拠があって言っているのか?」
「はい」
私は気圧されることなく頷いた。
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