魔獣事件~亡霊~
えりゅたんメモ。
『フレアフライト』は10秒で亜音速まで加速できる。でもえりゅたんは早すぎると目を回してしまうため、実は半分も性能を引き出せていないのだ。
月明かりに照らされるセンチュリオン城に空から黒い影が舞い降りる。
闇に紛れる黒のローブ。フードから覗く表情の無い白い仮面が暗闇にぼんやりと不気味に浮かんで見えた。
影は見回りの騎士や衛士に気づかれることなく、城の屋根に降り立つと再び浮遊し、静かに降下を始める。そして一切音を立てることも無く、地上5階にあるテラス付きの窓の前へとたどり着く。
カーテンの隙間から漏れる明かりがその人物が室内にいることを示していた。影は小さく窓をノックする。
カーテンが開かれて中にいた人物が顔を出す。そして虚空に浮かぶこの世ならざる者の姿に、恐怖の表情を浮かべた。
悲鳴が夜空に響き渡る。
✤✤✤
「ぴぎゃぁぁぁぁぁ!!!!! 海坊主ぅぅぅぅぅ!!!!!」
「どわぁぁぁぁぁぁ!!!!! 亡霊だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
どうもこんばんは。エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンです。
今日この時間にお父様と会う約束をしてた私。空から侵入を果たしたまでは良かったんだけど、窓をノックしたらピカピカスキンヘッドの怖い顔が出てきてびっくり仰天。
なんか向こうも同じだったみたいで、お互いに顔を合わせて悲鳴を上げることになった。
……誰が亡霊やねん。
この禿げ頭。確か今の近衛騎士団長だ。名前はラスカル・ジャンパースン。城門前での事件の時に少しだが顔を合わせている。
「ラスカル。何を騒いでいる?」
そこにお父様が顔を出す。
「へ、陛下! お下がりください! 亡霊が! 魔のモノがっ!」
腰の剣に手を掛けるラスカル騎士団長。
ちょっ!? 落ち着けこの禿げ!!
その様子に眉間を押さえて、盛大な溜息をつくお父様。
後ろではアルフォートお兄様が声を殺して笑っている。この亡霊スタイルの衣装を用意したのはお兄様だ。悪戯が成功した子供のように喜んでいる。
悲鳴を聞いて飛び込んできたのだろう。執務室の外で待機しているはずの護衛の騎士達の姿もある。私のことを知っていたのか、彼等はお兄様と同様に必死で笑いを堪えていた。
見かねたお父様がお兄様をひと睨みしてラスカル団長を嗜める。
「馬鹿者! それは私の娘だ。予め伝えてあっただろう? 聞いてなかったのか?」
「え……聞いてはおりましたが……」
目が点になっているラスカル団長。聞いていても夜中、不意に出くわしたら驚くのは仕方ないかもね。
「おじゃましま~す」
『フレアフライト』によって発生する生暖かい風が室内を吹き抜ける。私はお父様の前に降り立つとフードを脱いで仮面を外す。
私が今身に着けている死神スタイルの衣装は、夜中目立たないようにするための変装だ。仮装と言った方がいいかもだけど。
黒いローブも、白塗りの仮面も、中二心をくすぐるデザインで結構気に入っている。
後は大鎌があれば完璧なんだけどね。流石に武器を持ってたらダメだってさ。
「こんばんは。お父様」
「よく来たな。さて……」
お父様がラスカル騎士団長を一瞥する。
ラスカル団長、冷や汗タラリで凍り付いてます。
「も、申し訳ございません!!!!!!」
土下座で謝るラスカル騎士団長。
またか。最早、私に土下座することが騎士団の伝統になってる気がする。前騎士団長のグレッグさんからも、裁判の後で土下座で謝られた。
「よい。恐らく騒ぎになっているだろうから行って静めてこい」
「はっ!」
王様のいる執務室から悲鳴が上がったのだ。城中今頃大騒ぎだろう。
慌てて執務室を後にするラスカル騎士団長。その際にやにやしている騎士の頭にげんこつを落としていく。
あっ! パワハラー! パワハラー!
「まったく、奴も奴だが……」
お父様が私の格好を見て眉をひそめるせる。言いたいことはわからなくもない。
「エリュ……お前もその恰好もう少しどうにかならんか? 人に見られたらどうするのだ?」
「いえ、見られてもいいようにこの姿なんですけど」
私はたまにこうしてお父様のところに会いに行く。お父様やお兄様が南部や魔獣との戦いの事を聞きたがるからだ。けれど、夜遅くまで仕事してる人もいるし、子供が城内を歩いていたら何者かと勘繰られる。私はお母様似だからすぐに私の正体に気づくだろう。
こういった事情があり、私はこっそり空から王様の部屋に侵入しているのである。
城の警備に当たっている近衛騎士は当然知っている(ラスカル騎士団長については置いておく。連絡は行っていた。彼が忘れていただけである)。それに、この格好なら例え見られても私だとわからない。もし、うっかり事情を知らない誰かに見られてたとしても、周囲の人間に「あなた疲れてるのよ」と言われて終わりだ。センチュリオン城の怪談話は、まとめ本がベストセラーになるくらい有名だからね。幽霊や死神を見たと言われても、「またか」くらいにしか思われない。
「僕がデザインして特注で作らせたんです。この仮面とか妖艶でいいでしょう? エルドリア義母様をモデルにしたんだよ。本当は本人の顔の型を取りたかったんだけどそれは流石にできなかったから、お父様の部屋にあった昔の肖像画をお借りして、王都の名工に制作を依頼しました」
得意満面のお兄様。未だにお母様への憧れは健在なようです。
「お前いつの間に……こういう事ばかりやる気を出しおって」
「お兄様! 私もその絵見たいです!」
「うん。今度持ってくるよ。いいですよね父上」
「まったく……」
お父様は頭を抱えて頷いた。
「お父様? お疲れのようなら出直しますけど?」
「誰のせいだと……いや、よい。今日はお前に聞きたいことがあって来てもらったのだ」
「聞きたいことですか?」
「まあまあ、父上。それはラスカルが戻ってきてからで。エリュ何か飲むかい?」
「いえ、もう遅い時間ですし結構です」
時刻は既に21時を回っている。普段ならもうとっくに寝ている時間だ。厩舎は4時起きだからね。事務官さん達も帰ってしまっているし、お兄様にお茶の用意をさせるのも申し訳ない。
「散らかっていて悪いね」
「いえ。まだお仕事中だったのですか?」
「まあね。ちょっと待っててくれるかい?」
確かに目の前の机の上には何やら書類や資料が乱雑に置かれていた。それをお父様とお兄様が整理して纏める。
その間私はふかふかのソファーに身を沈めて座り心地を満喫していると、ふと床に落ちた書類に目が留まる。散らかった机から落ちたのだろう。しょうがないなぁと、私はそれを拾う。
これは……
何かの写し書きのようだ。そこに知った地名が書かれているのが気になって、私はそれに目を通す。
8月 クレスケン領
10月 リージア領
3月 アトランテ領
どれもこの間まで私がいた王国南部の地名だ。それもアイアンラインに近い場所である。
「お父様達は南部の魔獣事件についてお調べになっていたのですか?」
それなら今日私が呼ばれたことも頷ける。この1年に起こった大きな魔獣事件にはほぼ私が関わっているから答えられることは多いだろう。
「いや、それは……」
「待てアルフォート。エリュ、それを見てなにか気づいたのか?」
お兄様が何か言いかけたのを遮り、お父様が真面目な顔で言った。
「はい。そこに書かれている地名と時期は、最近あった特に酷い魔獣事件の現場に一致しています」
「本当かそれは?」
「はい。私も現場に行きましたから……」
書かれていたのはどれも村が全滅かそれに近い被害を出した場所だ。そこかしこに人間の残骸が散らばる地獄のような光景をそう簡単には忘れられない。
魔獣事件とはその名の通り、魔獣によって引き起こされた事件のことを言う。
南部は世界四大魔界のひとつである魔森ヘルヘイムが近いため、大小合わせて年間100件以上の魔獣事件が起きている。
センチュリオン王国全体に言えることだが、この国の国土の大半は未だに開発途上だ。開拓民達が起こした村や町が無数に点在しているが、そうした開拓中の土地の村はどこも小さい為、盗賊や魔獣に襲われやすい。村民の中に加護を持った人間がいれば、盗賊程度なら撃退できるだろう。だけど大型の魔獣が相手だと素人ではどうにもならない。
アイアンライン警備隊では幾つもの部隊を巡回させて、国境を越えてくる魔物に対し警戒を行っているが、いかんせん範囲が広いため、被害を防ぎきれていないのが現状だった。
魔獣に襲われて全滅した村を何度も見た。
魔森ヘルヘイムの豊かな自然は草食の魔獣や獣を大型化させ、それを餌にする肉食の魔獣もまた、大型で強い種族に進化していった。そうして築かれた独自の生態系に適応した魔獣は、もう外の世界で暮らすことは出来ない。
大型の魔獣の胃袋を賄うには、決定的に食料が足りないのだ。
人里に迷い出た大型の魔獣が飢えて村を襲い、そのおこぼれを狙うゴブリンなどの小型の魔獣が生き残った人々を襲う。例え魔獣の襲撃を生き残ったとしても、火事場泥棒や盗賊など心無い人間によって全てを奪われる。
私は書かれた場所で起こった魔獣事件のあらましをひとつずつ説明する。真剣な様子で話を聞くお父様達。時折鋭い目をして難しい質問を投げかけてくるが、私はそれにしっかりと答えた。
「ふむ……そうか。偶然にしては出来過ぎだろうな」
「そうですね。詳しく調査しないと……エリュ。辛いことを思い出させてしまって悪かったね」
「いえ。……今日呼ばれたのは魔獣事件についてではなかったのですか?」
どこか噛み合わない会話に首をかしげる。素に戻った私に、険しかったお父様達の表情も緩む。
「ああ、やっぱりエリュはそうしていた方がいいね」
抱きしめようとするお兄様だったが、お父様に首根っこを掴まれて止められる。
「今日お前を呼んだのは南部の様子を聞きたかったからだ。小さい村だと私のところまで中々実情が届かないからな」
なるほど。それであんなに真面目に私の話を聞いてたのか。小さな開拓途中の村での事件だと、領主が揉み消してしまうことも多いのだ。開拓ラッシュで地方ではどこも人が足りないのに、魔獣によって村が全滅なんて話が広まったら更に人が来なくなってしまう。
まあ、人の口に戸は立てられない。噂はなんやかんやで広まって領地の評判は落ちる。でも、お父様のところに報告が行かないから、国の支援も受けれず、結果地方の困窮に拍車をかけるわけだ。
「しかし思いがけず良い話が聞けましたね父上」
「うむ。大手柄かもしれんぞエリュ」
「それはどういう……?」
ますますわけがわからない私。そこにラスカル騎士団長が戻ってきた。
「お待たせしました……どうかしたのですか?」
お父様達が厳しい顔に戻る。ラスカル騎士団長が首をかしげると更に険しさが増したようだ。
「例の商人の行く先で魔獣事件が起こっているようだ」
「「それってどういうことなのです?」」
私とラスカル騎士団長の声が見事にハモる。……嬉しくない。
読んで頂きましてありがとうございます。続きが気になる! この作者ほっとけない! という方、是非ブックマークをお願いします。
(_´ω`)_★欲しい……




