テイオと良い話
2020/12/5
家格に関する設定の解説を追記しました。
「はあ、テイオに勉強をですか……」
夕食後、私はボージャンさんにテイオの勉強についてを相談した。
テイオは既に部屋に戻っている。やはり日中のことがこたえていたのか、夕食もあまり口にしていない様子だった。
普段ならお残しなんて絶対に許されないのだが、今日は誰も何も言わなかった。馬丁の間では情報はしっかり共有されているらしい。
私とは顔を合わせるとちょっとぎこちない様子だったけど、それでもいつも通りの関係を彼なりに取り戻そうとする意思は感じたので、私もそれで良しとすることにした。
さて、テイオに勉強を……そう提案してみたものの、ボージャンさんはあまり乗り気ではない様子だ。他の馬丁達も酒を飲みながらこちらの会話に耳を傾けているが、彼等も積極的に絡む気は無いらしい。
「皆さんがお忙しいというなら私が教えますけど?」
「いや、流石にそれでは我らに立つ瀬が……」
自分達がお馬さんと遊んでる時に私が勉強教えてたなんて知れたら、彼等は城中から駄目オヤジ認定されるだろうね。
「まあ、確かに悪い話ではないのですが……」
「何か問題でもあるのですか?」
ボージャンさんも他の馬丁達もテイオの教育に消極的だ。でも決して彼等が薄情なわけではない。むしろ愛情を持って大切に育てていると言える。幸薄い生い立ちながらもテイオがあれだけ真っすぐに成長しているのは彼等のおかげである。
それなのに何故か彼等はテイオに読み書きすらも教えようとしない。
せっかく学問にしろ武芸にしろ超一流の技能を持った人材が揃っているというのに……
「そんなに急がなくても良いのではないですか? 自分が文字を覚えたのは12になって軍の教練を受けてからでしたよ?」
そう言ったのは“先駆”と呼ばれる男だ。馬丁の中では一番若く、まだ40代前半だが、既に孫がふたりいるらしい。馬術においては右に出る者はなく、軍では伝令として国中を走りまわっていたそうだ。今は馬丁の傍ら騎士団で馬術指導を行っている。
「えっ!? そんなに遅いんですか!?」
12歳といえば日本なら中学生になる歳だ。因みにセンチュリオン王国では現代日本と同じ0歳から歳を重ねる満年齢を採用している。
「そんなもんですよ。王都なら町道場や教会で読み書き計算を教えているようですが、それも10歳くらいからですし。自分は地方の農村の出身なので回りに教えてくれる人もいませんでしたからね」
そう言って笑う“先駆”に同意するように首を縦に振る面々。
この国にはまだ義務教育というものが存在しない。王都ならそれなりに識字率は高いのだが、地方に行けば行くほどその率は低くなる。農村部ならば文字というものを知らずに一生を終えることも珍しく無いくらいだ。それでも、世界的に見れば我が国の識字率はまだ高い方らしい。
日本人だった記憶を持ち、転生してからも、王族とし最高峰の教育を受けていた私の価値観が方が世間一般からずれていると認めざるをえなかった。
「俺も文字を覚え始めたのは10歳の頃だ。町道場でな。師範に頭ひっぱたかれながら教えこまれたもんさ。剣の修行よりそっちで殴られた方が多かったな」
「左様。庶民の出だとそんなものでしょう。尤も自分は7歳の頃には既に読み書きができましたぞ。父が文官でしてな」
「お、久々に出たな。“軍師”の自慢話が」
「30年前ならいざ知らず、今更自慢にもならんでしょう。最近は5歳になれば習い始めるところも多いと聞きますからな」
“将軍”“軍師”コンビが話に加わる。彼等は貴族でこそないが、親が軍人だったり文官だったりと一般庶民よりは裕福な家の生まれだった。そのため書物に触れる機会に恵まれ読み書きを覚えるの比較的早かったらしい。
「あの……私、3歳で読み書きできましたけど……?」
その場が一瞬静まる。
まあ、前世知識でズルしてるけどね。
とはいえ、うちの兄弟でもとりわけ勉強嫌いだったオーゼルお兄様でさえ、7歳までにはあらかた読み書きをマスターしていた。家庭教師の先生は相当苦労したみたいだけど。
ボージャンさんがわざとらしく咳払いをする。
「おっほん! ええ……まあ、庶民ならばという話です。勿論テイオが望むなら我らも考えますが……」
どうやら彼等はテイオに勉強を教えないのではなく、単純にまだ早いと考えていただけのようだ。
この世界の文明や社会はまだ中世レベルだ。そこに日本の価値基準で教育を施しても、テイオが幸せになれるとは限らない。
そもそも教育を施されていないからといって、テイオのことを不幸だと考えた私が傲慢だったのだ。テイオは温かい環境に恵まれ日々仕事に一生懸命励む普通の少年だ。
それを私は何様のつもりで変えようとしていたのだろう……まあ、お姫様なんだけどさ。
「そうですね。私が間違ってました……彼の勉強については皆さんにお任せいたします」
「いえ、あの子の事を考えて頂きありがとうございます」
「いえ……ところで、テイオはこのまま馬丁として生きていくのですか? 以前騎士を目指しているという話をちらりと耳にしましたけど」
尤も、あのくらいの歳頃の子供なら誰だって騎士に憧れるものだ。環境にも恵まれているし、決して非現実的な話ではない。健康で容姿も悪くないテイオなら贔屓目なく良い騎士になれる気がする。
だけど騎士を目指すなら、今からでも勉強していて損は無い。剣や武術の基礎くらい教えていても良いはずだ。
「それなのですが……」
少し悩んだそぶりを見せてから、ボージャンさんは口を開いた。
「実はテイオには養子の話があるのです。そのため我々も、あの子の将来についてあまり考えていなかったところがありまして……」
「え!? そうなんですか?」
ばつが悪そうな表情で語られた真実に私は驚く。テイオに養子縁組の話があったなんて、これまで馬丁達は勿論テイオ本人からも聞いていない。
「実は数年前から話は来ていたのです。ですが先方のほうで未だに揉めておりまして、まだ決まったわけではありません。そのためテイオにもまだ話をしていないのです」
「そう……ですか」
受け入れ先で揉めているとなると、例え養子に入ったとしてもテイオにはつらい環境になるのではないだろうか?
それも年単位で決まらないとなると中々厄介な家のようだ。
「もしかして、相手は貴族家なのですか?」
「はい。スカーレット男爵家です」
「えっ!? あの?」
「あの、スカーレット男爵家です」
私が驚いて声を上げたのも仕方がない。
スカーレット男爵家といえば、国内最大の牧場経営者だ。特に彼の牧場で飼育された馬は最高級とされ、この王宮や厩舎にいる馬も殆どがスカーレット男爵家の牧場から来ている。
滅茶苦茶良い話じゃないか!!
貴族の中では下級である男爵位とはいえ、牧場経営で名を馳せるスカーレット男爵家の家格はそこらの伯爵家よりも余程高く、領地も広い。
センチュリオン王国では公候伯子男の爵位制度を採用しているが、爵位がそのまま序列となるわけではない。爵位は立場を現し、貴族の価値は家格で見られる。
家格とは簡単に言えばお家のブランド力だ。血筋だったり伝統だったり、国への貢献だったり。民からの評判や財力も要素のひとつだ。
あの家と懇意になりたい。血筋が欲しい。そう思わせる魅力が家格なのである。
例えば剣聖に褒賞として与えられる爵位は男爵位だ。だけど剣聖となった者を「たかが男爵風情」と馬鹿にする人間はこの国にはいない。
スカーレット男爵家もそうだ。国一番の牧場主を侮る馬鹿はいない。
「もしかして以前テイオが南部を訪れていたのは……?」
「はい。男爵との顔合わせの為です。男爵はテイオの両親と懇意にしていたそうで、是非養子にしたいと……ですが反対する者も多く未だに決定に至っておりません」
「それは……彼の両親が罪人として処罰されたからですか?」
「はい。罪人の子を養子に迎えるくらいならばうちの子をと周辺の領主が揃って異を唱えてきているそうです」
「なるほど」
牧場の経営は大変だ。そこいらのお坊ちゃん育ちにはきついだろう。しかしスカーレット男爵家が持つコネクションや資産は経済的に苦しい地方領主にとって非常に魅力的だ。
「そういえば彼の両親の犯した罪とは何なのですか?」
「申し訳ございません。私の口からは話すことはできません」
必殺! えりゅたんおねだりフェイス!
「どぉしても?」
「……どうしてもです」
私の目を潤ませた上目使いに一瞬心が揺れたようだったが結局話してはくれなかった。
他の馬丁達に目を向けるがやはり視線を逸らされる。
──ちぇっ。
どうやら彼等の一存では話せないような重要事件らしい。となると、お父様が直々に関わっている可能性が高いだろう。
それなら直接聞いてみるか。丁度明日の夜に顔を出すように言われているし……
もし、テイオが貴族の家に入るなら、いつかまた会うことも叶うかもしれない。
私は突然沸いた希望に胸を躍らせていた。
お読み頂きありがとうございます(o_ _)o
ここでお断りをひとつ……
本作では内政チートはしませーん!
作者は好きでよく読んでますけどね。しかしこの作品では内政も前世知識でぼろ儲けも致しません。
余所の世界の文化ぶっ壊して、他人の発明、発見の機会を奪うような真似はうちの主人公にはさせたくないのです。あと、更新頻度遅いので道草食ってる暇も無いですし……
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