南から来た幼女
「王都か、何もかもみな懐かしい……」
王都アルゴノーツ。2年ぶりに帰ってきた私の故郷。ずっと王宮で暮らしていたし、私にとって初めて見る場所ばかりだ。それなのに、何故こんなにも懐かしく感じるのだろう?
石造りの高い防壁。入り組んだ街並み。アルゴノーツは、帝国の侵略から北西諸国を護るために開発された城塞都市だ。空から見ると六芒星を形作るセンチュリオン城を中心に、迷路のような城下町が六角形を作るように広がり防壁が囲う。そのため迷宮都市とも呼ばれることもあれば、あまりに多くの遭難者が出たことから人食い都市と揶揄されることもある。
そんな王都だが、近年は平和な時代に合わせて暮らしやすいように変化している。
だだっ広い荒野だった王都郊外が開発され、商業地区や貴族街はそちらに移された。今や王都は六芒星を囲む六角形をさらに円形の新興地域が囲む形となり、王都が形作る魔法陣は年々複雑化しているようだ。
お父様が子供の頃、王族はまだ城で暮らしていたらしい。でも、巨大な城は、そもそも暮らしやすいものではなかった。城は政治の中心であり、何千人もの人が働いているから、出入りも激しい。落ち着かないし、警備に人も費用もかかる。また、平和な時代となったことで、その頃の我が国の貴族達は、筋トレよりも社交を重んじるようになっていた。重要な決定が会議室ではなく、パーティー会場で決められる時代に、王族も城に籠ってはいられなくなったのである。そこで、30年くらい前、王族は王都郊外に新しく開発されていた貴族街の中心に王宮を建て、そこに居を移した。住居としての王宮と、行政庁舎としての城に役割が分けられたのだ。
城下町大迷路も美観と機能性を優先して区画整理が進み、天下無敵の城塞都市もだいぶ住みやすくなったらしい。
荷馬車の幌の上に寝ころんで、流れていく王都の街並みを眺める。
王都入り口からの大通り。遠くに見える勇壮なセンチュリオン城。
あ、そっか……
その景色に見覚えがあった。エリュシアリアの記憶ではない。それは桜井あんずの記憶。
ゲームのオープニングでこの景色が背景に流れていた。
♪~~♪♪~~♪~~
自然とオープニングソングを口ずさんでいた。
転生してから何年もたっているはずなのに前世の記憶は不思議と頭に残っている。
懐かしいはずだ。
エリュシアリアが生きた街。
エリュシアリアが護りたかった街……
あんずが大好きだった世界。
絶対に護らなくちゃね。
ノーマルエンドまであと9年。
やれるだけやってみるさ……
私は空中に向けて魔法で小さな火の玉をひとつ放つ。それは夏の王都の空で音を立てて弾けた。
✤✤✤
郊外にある大きな市場の裏手で荷馬車が止まる。2週間にわたる荷馬車に揺られる旅もこれで終わりだ。
「おーい、着いたぞ!」
御者台から声をかけられる。人のよさそうな初老のおじさんで、私を王都まで送ってくれた商隊のリーダーだ。
周りには他の商人の馬車や荷車が並び、表の市場に負けないほどの賑わいを見せている。
早速商品を運び出す商人達。珍しい地方の産物を買い付けようと市場からも人が集まってくる。
彼等は騎士でも隠密でも何でもない。正真正銘ただの行きずりの商人だ。
彼等と行動を共にすることになったのは本当に偶然。ひとりで王都まで帰ろうとして、見事に迷子になった私を拾ってくれたのが彼等だったのだ。
一ヵ月くらい前、インヴィンシブル要塞にお父様から王都に戻ってこいという手紙が届いた。
インヴィンシブル要塞というのは、私が所属するアイアンライン警備隊の拠点である。1万の兵力を有する南部最大の要塞で、魔森ヘルヘイムからやってくる魔獣から国境を護るのが役割だ。
加護の力も安定して使えるようになっていたから、私もそろそろかなって思ってた。インヴィンシブル要塞を指揮するボルド提督は残って欲しそうにしていたけど、王命には逆らえない。私の帰還が決定し、迎えを待つことになった。
軍ではシーリア・ブレイウッドの偽名で王女であることは隠していた。私は偶然保護された村娘ということなっている。私の正体を知っているのはボルド提督と、信頼できるごく少数だけ。今回の帰還にしても、警備隊での活躍が評価されたことで王都に招かれたというシナリオだ。
連日どこかしらの隊の送別会に参加させられ、餞別を贈られ、求婚され……勿論断ったよ? 散々弄られていよいよ迎えの騎士がやってくる日になった。
ところが……
「近衛騎士のウィル・ボルドーだ。陛下の命によりシーリア・ブレイウッド嬢を迎えに来た」
大胸筋のウィルを名乗って現れたのは全く知らない男だった。衛士の制服を着た若い男と、王宮侍女を名乗るメイド服の少女を引き連れていたが、このふたりにも見覚えは無い。
本物のウィルがどうなったかは分からない。途中で殺されて入れ替わられてしまったのか? 名前を騙っているだけなのか? とにかく、近衛騎士を騙る男が私を連れ出そうと現れたのだ。
「さあ、一緒にこい」
制服も身分証も、国王のサインの入った召喚状といった小道具はよくできていた。安心させるためだろう。侍女を連れて来るなど演出も悪くない。しかし、役者が致命的に大根だった。
横柄な態度で私の手を取ろうとした偽ウィル。あり得ないことだ。私が実は王女であり、本物のウィル・ボルドーと面識があるとは夢にも思わなかったのだろう。
仮に私が王女でなくても、近衛騎士ならば子共に優しく接していたはずだ。近衛騎士は国王の手足であり、ときには名代も務める国の顔。彼等は子供達の憧れであり、国民にとって頼れる存在であることが求められる。田舎の貴族に仕える騎士の中には横暴な者もいるかもしれない。でも近衛騎士ではありえない。彼等はなんてったってアイドルなのだから。
シナリオを書いた脚本家は致命的にリサーチ不足だったね。
「あんた誰?」
私は手を取ろうとした偽ウィルを容赦なく『プラズマインパクトガン』で吹っ飛ばす。
頑丈な石壁に打ち付けられて気を失った偽ウィル。残るふたりが私に掴みかかろうとするが、その場にいた兵士によってあえなくその場で取り押さえられた。随分とお粗末な結果だが、彼等の袖には毒の塗られた暗器が仕込まれていた。たぶん、一瞬でも接触できればあとはどうでもよかったのだろう。あのまま触れられていたら危なかったかもしれない。
3人はおそらく帝国の刺客だ。
私はゲーム知識で帝国の工作員が強い加護を持つ者を密かに暗殺していたことを知っている。
たったひとりで戦局を左右しかねない救世級は帝国にとって最上位のターゲットだ。私も非公式だがそこに位置付けられているため十分に考えられる。
厳戒態勢が敷かれるインヴィンシブル要塞。軍内部に情報を漏らしたスパイがいたことは確実だからだ。そこで、混乱する上層部を尻目に私は単身王都を目指すことを決めた。
狙いは私だ。内部にスパイがいるなら、慌てて動きを見せるだろう。そこで、あえて派手に飛び出していってやろうと考えたのである。
敵の中には、加護を持ったセンチュリオン人の裏切り者がいる可能性だってある。他にも罠張って待ち構えているかもしれない。でも、そこはほら。私、飛べるから。飛行魔法『フレアフライト』なら追っ手も罠も、全部振り切ることが可能だ。
私達の持つ筋肉の女神様の加護の力はスタミナの消費が激しいため、長距離移動に決定的に向いていない。『バーニングマッスル』のような身体強化をかけて長距離を駆け抜けようとした場合、水や食料など荷物を大量に増やすことになり更に負担が増えるという悪循環が発生してしまうからだ。
旅の途中でスタミナ切れになったら最悪その場で野垂死ぬ。長距離の移動は加護に頼らず普通に歩いた方がマシだ。
けれど『フレアフライト』という魔法は全く違う。
『フレアフライト』は形成したプラズマフィールドの周囲にイオン嵐を作り出して飛行する魔法であり、筋肉を使わない完全な魔法による飛行だからスタミナを気にする必要が無い。
プラズマフィールド内の空気循環が停止して高温になるため、一度の飛行時間は3分程度だが、それでも10キロくらいの距離を一気に飛ぶことが出来る。休憩しながら繰り返して飛べば、通常10日はかかる道のりでも1日とかからない。
軍での経験で自信をつけていた私は、世話になった上司が止めるのも聞かず、僅かな私物の入ったバックパックを背負って文字通り飛び出して行ったわけだけど……
すぐに道に迷った。
初めてのひとり旅に浮かれて意気揚々と飛び出した私。でも、飛んでる姿を人に見られたくなくて、街道それたのが失敗だったんだと思う。
それから3日間荒野を彷徨った。手持ちの食料も尽きて、空腹と寂しさで泣いてたそんな時、偶然通りかかったのがこの商人の一行だった。
奉公先で暇を出されたので実家のある王都まで一緒に連れてってと、お願いしたら快く了承してくれたよ。
それから約2週間後、私はようやく王都にたどり着いた。
予定よりかなり時間が経ってしまったから皆きっと心配しているだろう。
旅の間定位置だった幌の上から飛び降りると、忙しそうな商人さん達の邪魔をしないように荷台から自分の荷物を下ろす。
軍で支給されている丈夫でたくさん入るバックパックは、子供の身体にはかなり大きくて重いが、私はそれを苦も無く担ぐ。
魔法は使っていない。私自身の体力によるものだ。この程度で『バーニングマッスル』を使うと無駄にスタミナを消費して1時間も持たずにぶっ倒れることになる。
やはり最後に頼れるのは自身の筋肉と体力なのだ。それに、自分が加護が使えることを私は商人さん達には隠していた。やっぱり8歳じゃ加護を持つには早すぎて色々怪しまれてしまう。
「お嬢ちゃん可愛い顔してほんと力持ちだな」
「まあね」
「奉公先の当てがなければうちで働いてもいいんだぞ?」
「もう次の奉公先は決まってるから」
「そうか。残念だな」
せっかくの話だが私は首を振る。彼等の誘いは旅の間に何度も断っている。「うちの孫の(息子の)嫁に~」ってのもね。
「それじゃあ私はこれで。そうだ、これ少ないですけど」
「おいおい、子供が生意気言ってんじゃねぇよ」
お世話になったお礼にとお金を渡そうとしたが断られ、逆に李を買ってもらってしまった。
「そんじゃなお嬢ちゃん。達者でやれよ」
「ありがとうございました。おじちゃん達もお元気で」
「おう! 早く親御さんに元気な姿を見せてやんな!」
「はーい!」
私は手を振って商隊の人達に別れを告げる。
買ってもらった李をかじりながら市場を抜けて大通りへ。そこから城を目指して歩き出す。
城までは大通りを真っすぐ行けば着けそうに見えるが実はそれは罠だ。
城下町に古くからある建物を遠くから見ると城のように見えるよう錯視を用いた仕掛けが施されていて、目視に頼って進むと確実に迷うことになる。
城下町大迷路は近年の再開発で若干難易度が下がっているもののまだまだ健在だ。私もゲーム知識で道を知っていなけれ間違いなく迷子になっていた。
本当は『フレアライト』で一気に外縁を移動して郊外の王宮を目指すのが手っ取り早いのだが、私ひとりだと王宮がある貴族街に入れない可能性が高い。
王家の4女エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンは隔年で発刊される貴族名鑑に載ってませんからね? 警備の人に門前払いされてしまうんですよ。
妹のウェンデリーナは載ってるのに。悔しい。
私の事を知っている近衛騎士や貴族に助けを求めるには、王都中心にある城まで行くしかない。飛んでるところ見られたくないし、『フレアフライト』は最後の手段。
それに何より……王都を見たかったんだ。
似たような石壁の建物の間を歩いていく。
一応狙われている身なのでマントとフードで素顔を隠しているのだが、それで思い出すのがノーマルエンドだ。
帝国に占領された王都を死に場所を求めて駆け抜ける、悲しすぎるラストシーン。
ゲームで見たあの結末が訪れないように。今はただ出来る事をやるしかない。
そんなことを考えて歩いていた私だが、道行く人の視線に予定を変更。乗合馬車に乗ることにした。
気がついちゃったんですよ。夏場にフードを被って、しかも大荷物背負った子供なんて目立ってしょうがないことに!
王都の治安は良いはずだけど悪人がいないわけでもない。ひとり旅の子供が歩いてたら城に着くまでに攫われちゃうよ!
乗合馬車は路線バスのように決まった道を走る公共交通機関だ。時刻表は無い。だけど人が多い王都では結構な頻度で走っているから、難なく乗ることができた。
「お嬢ちゃん子供だから半額の5マニカね」
「ん。ありがと」
御者さんも最初は怪訝な顔をした。子供ひとりだし、旅装束で汚いし、渋られるかと思ったが、ちゃんと子供料金で乗せてくれた。
運賃は前払いなので私は財布から穴の開いた5マニカ真鍮貨を御者さんに渡す。
マニカというのはセンチュリオン王国だけでなく北西諸国連合共通で使われている貨幣だ。平凡な家庭の平均収入が月1000~3000マニカであり、5~10マニカの運賃は決して安くない。ちょっと余裕のある人や観光客用のサービスだ。因みに軍曹だった私の基本給は2000マニカだった。プラス諸々手当がついてきたおかげで結構稼ぐことが出来た。だからこのくらいの出費は構わない。
どうせお姫様生活に戻ったら使わないしね。
「南門前広場、南門前広場、到着で~~す!!」
「降ります! 降ります!」
ガタゴト揺れる馬車に2時間ほど揺られて城門前の広場に到着する。
大きな堀に囲まれたセンチュリオン城には東西南北4つの門があり、東門は騎士団用、西門は物資搬入用、北門は王族用と用途が決まっている。南門は4つある城門の中で最も大きく、一般的に使用されている正面玄関だ。
その前にある広場。大きな行事にも使われるが普段は市民や観光客相手の屋台が並ぶ憩いの場だ。
今もたくさんの人が訪れ、平和な日常を謳歌している。
ノーマルエンドでエリュシアリアが死んだ場所。家族の死体の前で帝国兵に囲まれて最後を遂げた場所。
「ああ……」
感慨に浸り、私は広場に立ち尽くす。
何人かの客と一緒に馬車を降りるが田舎からの旅行者だと思われたのか、気にする人はいない。
読んでくれてありがとうですの! ブックマークはページの上からできますの!
王都の名前がようやく出てきました。地下に何か埋まってそうですね……




