弦月の夜の待ちぼうけ
弦月の夜に戦いに挑む。
ステファナは、そんな気持ちでアクィラ王を待っていた。
戦いといっても、何に戦いを挑んでいるのかはっきりしてない。
子供の頃のことはさて置き、
布が思うように評価されない鬱屈した気持ち、
豊かなウィリディス王国に比べて、貧しいスファエ王国、
外国に来てまで婚活しなければならない侍女たち、
紙ナプキンで呼び出された自分、
そのすべてがごちゃ混ぜになり、憤りが、この自由奔放なアクィラ王に向けられていた。
待っているのは、王宮の庭の「開かずの門」と呼ばれる場所だ。
「開かずの門」とは穏やかではないが、ステファナが選んだ場所だった。
侍女たちが必死になって考えてくれたとも言える。
招待された姫や淑女たちは、王宮にある迎賓館のゲストルームに滞在していた。
ステファナと侍女たち六人にとって、王宮での滞在は、
宿泊費がただだし、送り迎えもしてくれて、食事も豪華で美味しく、
夕食の後は王宮の広い庭を散歩できる。
彼女らは、のびのびしながらリッチな宿泊を楽しんでいた。
そして侍女たちは、
姫様がアクィラ王と会うのにふさわしい所はどこだろうと知恵を出し合う。
彼女らは、毎晩のように歩き回って美しい庭の穴場を知っており、
出来るだけロマンチックな場所を選びたいと思ったのだ。
「『恋人の小道』はどうかしら」
「あそこは夜でも散歩する人が多くて、二人だけにはなれないわ」
「じゃあ『四姉妹』は? 池の中に四つの石が並んでいる所。
静かで、うっとりした気分になれるのよ」
「う~ん・・・何だか、アクィラ王のお姉様方に見られてるって感じじゃない?」
など、次々に出しては却下する
ステファナにすれば、ロマンチックなんてどうでもいい。
気合を入れられる場所がいいのだ。
ついに「開かずの門」の名が上げられた。
そこは、門にツタが絡まって開かなくなったのだけれど、風情があるので、
庭好きの皇太后がそのままにしていたのだ。
「そこがいいわ」
とステファナが言った。
何となく自分の気持ちに合うような気がする。
侍女たちは、名前は気に入らなくても素敵な場所なので妥協することにした。
そして、ステファナは、約束の一時間前から木の陰に隠れて待っている。
先手必勝だと思ったのだ。
とはいえ、アクィラが自分に会いたい理由が全く分からないでいた。
アレクシスは、「アクィラ王は悪戯が好きなのよ」と言っている。
彼女が、アクィラ王を好きでなくなった理由はそれなのかもしれない。
自分も、子供だったけれど「なんだ女か」と女性批判されている。
人気がある割には、いい感じはしない。
いったいその「悪戯」って? とも思う。
兄上が消えてしまったのも、それなのだろうか。
「スファエの洪水」と、どんな関係があるのだろう。
そんなことを、あれこれ考えながら待っていると、約束の時間はとっくの昔に過ぎていた。
「自分から誘っておいて時間に遅れるだなんて!」とステファナは憤慨する。
会う時間も、彼女が指定したものだった。
アクィラは、その時間は別の用事があり、急いで済ませようとして遅れているのだとは知らない。
アクィラは、ステファナが、側近たちの「花嫁探し」に関心ないのを知り、
彼女も見合いから逃れようとしているのだと聞かされ、「同士だ!」と思った。
「側近たちに一泡吹かせる」計画にも協力してくれるはずだと期待する。
ところが、彼女を捕まえられないのだ。
一箇所にじっとしていない彼女を、「密かに」捕まえるのは困難を極める。
彼女は、あの柱にも登っていて、あっという間にいなくなっていた。
「山猿」のあだ名の田舎娘と聞いているが、実に頼もしい。
とはいえ、会えなければどうにもならない。
そしたら、スファエの女たちのパーティーがあると言うではないか。
「ステファナもいるはず」と思って行ってみたら、いなかった。
騒ぎになりそうだったし、あの女性たちに襲われた時のような失態を繰り返す訳にはいかない。
それでも、周りにバレないように伝言することには成功する。
しかも、「会ってくれる」という返事をもらえた。
指定された時間はちょっと困るのだけれど、それを外せば、またいつ会えるか分からない。
彼女の気が変わる恐れもあるし、何より側近にバレる訳にはいかない。
こっちの方が大事だから、とにかく出来るだけ早く用事を済ませて・・・
と思ったら、約束の時間を一時間も過ぎていた。
アクィラは「開かずの門」にやって来たのだけれど、ステファナは見つからない。
がっかりして帰ろうとしたら、
「アクィラ王ですね」
と、声がする。
「そうだ」
アクィラは答えながら周りを見るのだけれど、誰もいない。
「ステファナ姫か?」
ステファナは、二時間も木の陰で待って、やっとアクィラ王が現れたのでほっとしていた。
しかも待っている間に、いい考えが浮かんだのだ。
「いいえ、わたしは侍女です。
姫様は、アクィラ王が何のために会いたいのか聞いてくるようにと言って、
わたしをよこしたのです」
ステファナは、「我ながら、なんていい案を思いついたの」と関心していた。
一時間も遅れてのこのこやって来たアクィラ王に、自分が待っていたと思われたくない。
アクィラの方は、「それもそうだな」と素直に思う。
「分かった」
「では理由を教えて下さい」
「その前に姿を見せてくれ。
これでは風に話しているようだ」
ステファナは、ちょっと間を置き、おもむろに木の陰から出てくる。
彼女は、目だけを残し、顔を隠すようにスファエの布を被っていた。
そよ風が布を揺らし、
ほのかな弦月の光が、彼女を森の妖精のように浮かび上がらせる。
それは美しかった。
「わたしがアクィラ王だ。
お前の名は何という?」
「え?」とステファナは思う。
そこまで考えてなかったのだ。
「わたしの名前は、リ・・・ル・・・ルベットです」
と彼女は言った。