侍女たちの婚活
ところで、音響を勉強したいと言っていたライナスだけれど、
なんと、コンテスト会場でサウンドエンジニアをしていた。
ライナスは六年ぶりのステファナとの再開に飛び上がって喜び、彼女が本当のお姫様だったのにも驚く。
ステファナは、自分を「姫」と呼ばなくていいと言った。
すると侍女のリディは、
彼らの「ライナス」「ステファナ」と呼び合う気さくな雰囲気に憧れ、
ライナスを見るとポッと顔を赤らめたりする。
リディの気持ちに気付いたステファナは、
彼女をライナスとの連絡係にして、その思いを遂げさせよとする。
ライナスは、ちょっとだけ背が伸びていて、可愛いリディとはお似合いだと思う。
そしてライナスに、
他の侍女たちに男性を紹介して欲しいと頼んだのだった。
ステファナの侍女たちは、一生懸命に自分たちの仕事をやっていた。
彼女たちの誠実さは、コンテスト関係者にも好感をもたれており、
お婿さん探しも順調だと思ったのだけれど、実際の出会いとなると難しい。
委員会にも聞いてみたものの、今はコンテストで忙しいし、アクィラ王で精一杯のようだった。
その日の朝、ライナスは会場が開く前にステファナたちの所にやって来た。
そして「ステファナ!」と呼ぶ。
ジャガイモがコロンと並んだようにしゃがんでいたステファナと侍女四人は、
一斉に振り返る。
「うわっ!」
ライナスは、ガスマスクの五人組にびっくりする。
リディが、慌ててマスクを取って謝った。
「驚かしてすみません!」
「どうしたんだ? 何かの非常訓練?」
ステファナはマスクを取る。
「まあ、そんな所ね。
ここに来ると、毎朝、この訓練をしてから始めるの」
「毎朝?」
「前にも言ったでしょう。ファニアの香油で大変なことになったって」
「ああ~」
「もし香油のビンが割れたら、息を止めてマスクを着ける練習よ」
ライナスが呆れた顔をすると、リディが慌てて釈明する。
「あれとは濃度が違うんですよ」
「いいえ!」
ステファナは、リディを向くと真剣な眼差しで言う。
「わたしは、あの匂いを嗅ぐだけで吐き気がするの」
「てことは、あの後、また嗅いだの?」
ライナスの他意の無い質問に、ステファナは目くじらを立てる。
「嗅ぐわけないでしょう!
まあ、ここにあるのはブレンドしたものだから、一本ぐらいならいいのだけれど、
とにかく、あんな目に遭うのは真っ平ゴメンよ」
「姫様、それでもファニアに含まれているのは、
わたしたちの体の中でも作り出されているのですよ」
「そうですよ。それは・・・」
と侍女たちのレクチャーが始まる。
ステファナは、彼女らの知識には感服するのだが、
なぜ、こんな生物学の授業のような話に男たちが興味をそそるのか分からない。
それはある意味、侍女たちも不思議に思っていることだった。
ライナスは、やれやれと思いながらルベットを見ると、彼女はマスクを着けていなかった。
「ルベットは着けないの?」
「彼女は必要ないのよ」とステファナは答える。
ルベットも、「ガスマスクなんかいりません」と憤然として言う。
彼女は、ほれ薬の効かない「鉄の侍女」なのだ。
「ところで、どうしたの? こんなに早く」
「あ、忘れてた。
見合い相手のプロフィールを持ってきたんだ」
「プロフィール?」
ルベットが、「素性の分からない輩との交際は認めない」と言ったので、
ライナスは、試行錯誤しながら作ったのだ。
希望者はたくさんいたので、そこは問題なかったのだけれど、選ぶとなると難しい。
しかも、まだ自分は仕事を初めて間もないので、上司に助けてもらって何とか仕上げた。
などと、そんな苦労話をしていると、
「これは?」
ルベットが聞いてきた。
そこには、ロマンスグレーの素敵なおじ様の写真がある。
「それはルベットの相手だよ」
「わたし!?」
他の侍女たちも集まってきてその写真を見る。
「あれ? 侍女たちって聞いていたから、てっきり、ルベットもと・・・」
「わたしは違います!」
「いいじゃないの、素敵な感じの方ね」
ステファナは、ルベットと立場が逆転したので、この時とばかりに言う。
「姫様!
わたしは姫様が赤ちゃんの時からお世話をしているのですよ。
わが子のように育て、お体も撫でるように洗いました。
幼い頃は、裸で水遊びもされて、それは・・・」
「そんな話はしなくていいから!
とにかく、明日の夜はお見合いね」
ステファナは、自分の布は注目されないままだったけれど、
もう一つの目的、「侍女たちの婿さん探し」は何とか上手くいきそうでほっとしていた。
それにしても何とかしなければならない。
考える限りのことはしたし、万策尽きてしまったようにも思える。
それでも、まだコンテストの日にちは残っている。
この布は、どこへ出しても自慢できるものだ。
「何か方法はあるはず」
と諦めずに知恵を絞ろうとするステファナだった。