表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/5

1


 あれが……魔女の住む家……。


 半日あまり探し続け、その古びた小屋を見つけることができた。その場で立ち止まり、汗を拭う。

 まだ日の高いうちに見つけられたことに安堵する。まだ暑さの残る晩夏の午後である。ひとたび足を止めると、滝のように汗が流れ出てきた。ふと帰り道のことを考えかけて首を振る。今は余計なことを考えている場合ではない。

 

 この森を訪ねる者など、この村にはもう何十年もいなかっただろう。――西の森には魔女が住んでいる――村に伝わる言い伝えだ。村が出来た頃、曾祖父さんの代から伝わっているらしい。子供の頃から西の森には近付くな、と母に口を酸っぱくして言われたものだ。


 そんな森の奥へと、今日初めて足を踏み入れた。大木が空を覆い、陽の光はほとんど地表までは届かない。見たことのない大きさの倒木が横たわり、びっしりと苔で覆われている。人の手が入っていない森というのは、心地良さよりも、言葉にできない怖さが漂っているものだと実感する。

 その暗い森の中、そこだけぽっかりと光が落ちている一角があった。苔むした屋根の小さな古い小屋。こんなところ、もう誰も住んでいないのではないか。そう思ったところで、足元の雑草に気づく。この草は……人の足裏にくっついて種を拡げる植物だ。これが小屋に向かって点在しているということは、今も誰かがここを通っているということか。間違いない……魔女は、ここにいる。

 

 部屋の中は暗く、窓から中の様子を窺い知ることはできない。中に小屋の主はいるだろうか。いたとして、そのまま魔女に捕らわれてしまわないだろうか。頭を左右に振り、悲観的な想像を振り払う。意を決して扉の前に立ち、ノックをする。コンコン、と音が響くが返事はない。

「すみません、誰かいませんか?」

 少し大きめの声で声をかけてみる。すると、中からガタガタと物音がする。音が止むと、想像していたよりも若い女性の声がした。


「開いている。入れ。」


 自分で扉を開けて入ってこいということだろうか。ゴクリと唾を飲み込み、木製の取っ手に手を伸ばす。扉には鍵は掛かっておらず、ギィィィと軋みながら開いてゆく。その隙間からふわりと乾いた草のような香りが漂ってきた。

「失礼します……うわっ。」

 思わず声を上げてしまう。薄暗い小屋の中はまるで先ほどまでの森の続きのようであった。大木のように積み上げられた本の山、その隙間を茂みのように埋め尽くす瓶や巻物。辛うじて人ひとり歩ける程度の隙間が獣道のように部屋の奥へと伸びている。

 

 扉を締めると同時に訪れた静寂に、禁忌の領域に足を踏み入れたような感覚を覚える。薄暗い部屋の奥、獣道をなぞるように視線を動かす。そこには、一人の少女が座っていた。こちらに鋭い視線を向けている彼女が声の主だろう。


 輝く銀髪。紫色の瞳。白い肌。細身で小柄な若い女性のように見える。そして何より目を引くのはその尖った耳。


 ……エルフだ。この目で見るのは初めてだが、話には聞いたことがある。永劫の時を生きる森の民だったか。……ということは、自分とさほど変わらない年齢に見える目の前の少女は、見た目通りの年齢ではないということだろう。


 気づけば言葉を失い立ち尽くしていた。魔女と聞いて想像していた姿とはまるで違う。だが、その美しさ故に、近づいてはいけない類のものだと本能が告げてくる。顔を背けつつも、こちらを呪い殺すように刺してくる視線だけで、ここが自分のいるべき場所でないと悟らされた。これが……魔女……。

 

 外の蒸し暑さが噓のように、部屋にはひやりとした空気が充満し、思わず身震いする。なんとか気を取り直して、恐る恐る声をかける。

「あなたが……西の森の魔女……?」

 少女の目つきがさらに険しくなる。そしてこちらの質問には答えることなく、低く威嚇するような声で問い返してくる。

「何の用だ。」

 明らかに敵意を含んだその声に震えそうになる唇をなんとか動かして、ここへ来た目的を伝える。

「お、俺……いや、私はこの近くのオルブ村に住むルカといいます。妹が病気で……助けて欲しいんです!」

 少女は目を細め、こちらを値踏みするように見つめてくる。その目は、何かを測るようでもあり、どこか遠い過去を見つめているようでもあった。やがて彼女はゆっくりと息を吐き出し、顔を背けて低い声をこぼした。

 

「……帰れ。」

 

 その言葉だけで部屋の温度がさらに下がったようだった。

 

「人間と話すことなど何もない。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ