あげる
次回更新も、来週のこの時間に行います。
「ミーレス。菜園に行って、シソの葉を百枚くらいとってきてくれるか? 赤じゃなくて青のほうを」
余韻に浸っていたいところかもしれないが、用を申し付けた。
菜園からの収穫。
いつもはリリムの仕事だが、いないのだから仕方がない。
ミーレスに頼む。
オレが採りに行ってもいいが、そうしたらそうしたで気にするのだろうから、用を言いつけたところで変わりはしない。
「はい。採ってまいります!」
ボールを投げられた犬のように走り去っていった。
「ここまでの作業を見て、どう思った?」
フェリシダに聞いた。
「私は料理をしたことがほとんどないので、勉強になりました」
え?
「料理、したことないの?」
メイドなのに?
「自分で食べるものを少し作る程度です。たいていはコックさんが作るので」
ああ!
料理はコックの仕事か!
食事時のメイドは配膳担当だ。
ていうか、食事すらまともに食わせてもらえていなかったのか?!
いまさらながら、男爵には殺意がわく。すでに死んでいるけど!
「このお宅にはコックさんはいないということなので、私が頑張らないといけないと思っていましたが、まさかご主人様が作ってくださるとは思いませんでした」
「我が家だからな」
改ざんされた記憶がどのように消化されているかわからないので、短い言葉で無難に答えた。必死になって辻褄を合わせようとするとかえってややこしいことになりそうだ。
会話を終わらせる口実にするということでもないが、オレはまな板の端に置いてあった頭を手に取ると、口先を上にして頭を立てた。
頭を割っておこうと思ったのだ。
割っておけば、後々使いようが出てくる。
うちにある包丁の中でも厚みがあって大振りのものを選んで握ると、まず、上唇の真ん中に包丁を入れた。
少しづつ切り込んでいく。
ある程度切進めたら、右手はそのままに左手を添えて一気に切り落として、頭を真っ二つにする。
そしたら、くっついてる顎の部分を切り離して、目、下顎、カマの三つに分ける。
カマというのは魚の頭と胴体のちょうど付け根の辺りの部分。
ちょうど形がイレギュラーでお刺身には向かないので、安く売られていることもあったりするが、脂がのっていてとっても美味しい部分なので、オレは魚屋がやっているような定食屋でカマの定食があったりすると必ず食べることにしている。
ブリなんかは大きくて食べ応えもあるし大満足の逸品だと思っている。
頭、中骨、内臓、カマなどのアラに塩を振ってとっておいたり、湯を沸かしたり、ウロコの浮いているボウルの片付けなどをしながら、ミーレスを待つ。
すると、シャラーラとアルターリアもやってきた。
「本を並べるのは終わったのか?」
終わったからきているのだろうが、一応声をかける。
「はい。高さと厚みとで並べておきました。あとはよろしくお願いします」
アルターリアが綺麗に一礼して、シャラーラも頭を下げてくる。
「ありがとう」
礼を言った。
立場的には言う必要はないが、礼を言ったからって損をするわけでも立場が変わるわけでもない。礼を言う方が気分がいいんだから、礼を言うことは悪いことじゃない。
ほら。
シャラーラとアルターリアが嬉しそうに微笑んでいる。
一言礼をいうだけで、この微笑みがもらえるのだ。
安い、安い。
洗い終わったボウルを横に置くと再び包丁を握って、切り身になっているスズキを一切れ3~4つに切り分けてボウルに入れた。
ボウルの中で白ワインと塩をまぶす。
まぶしたら、10~15分置いておく。
小麦粉と、卵も用意した。
卵は割って、卵白と卵黄を分ける。この料理では卵白しか使わないのだ。卵白に少量の水を加えて泡立てないようにかき混ぜる。
深めの鍋にはオリーブオイルを入れた。
なにを作るのか?
今のところハズレなしの揚げ物だ。
ただ、小麦の衣をつけるだけというのも芸がないので、今が旬のシソも使ってみようというわけ。
「採ってきました!」
待つことしばし、リリムばりの元気さでミーレスが戻ってきた。
シソの葉を両の手に目いっぱい握り込んでいる。
あー・・・入れ物を持っていかなかったもんな。
無理しないで、なにか取りに戻ればよかったのに。
こういう、たまに抜けているところがミーレスの可愛いところなので、なんか和む。
「ありがとう。じゃあ調理に入ろうか」
にやけた自分に喝を入れるように、声を張って包丁を握った。
取ってきてもらったシソを軽く水洗い・・・アルターリアがウンディーネにやらせてくれる。
洗ったシソの葉から余分な水気をとるために布巾で挟んで丁寧に拭く。これはシャラーラがやってくれた。
水気の取ったシソを半分に切って、二枚になった葉を重ねて細切りにする。これはオレとミーレスとで担当した。
スズキの切り身に小麦粉を付ける。本当は片栗粉の方がサラッとしていていいのだが、未だ発見できていないので小麦粉を代用に使う。
小麦粉を付けたスズキを卵白にくぐらせて、シソの葉の細切りを全体にこれでもかと貼り付けさせる。
ここまでは難なく行く。
問題はここからだ。
「アルターリア、頼む」
揚げる温度が難しい。
アルターリアに助けてもらわないとどうにもならない。
温度が低すぎればベタッとした脂っぽいものになるし、熱すぎると焦げてしまう。
ちょうどいい温度で揚げなくてはならない。
「このあたりだろう」
タグで大体の温度を確認して、アルターリアに合図して火力を維持してもらっておいてスズキをそっと油に入れてやる。浮き上がってきたら、ときどきひっくり返しつつサクッと揚げる。
揚がれば、皿に盛り付けてまずは一品、出来上がりだ。
で、油はまだある。
空間保管庫から、コウイカを取り出した。
これも一山いくらで売られていたものだ。海鞘同様魚ではないから、売れなかったらしい。うまいのに。
「ご、ご主人様? それ、食べるのですか?」
ミーレスが驚いたように聞いてくる。
食べるのですか? ではなく、食べられるのですか? と聞きたいらしい。
「オレのとこでは普通に食べるんだけどなぁ。こっちではあまり食べないの?」
「ぁ・・・そ、そうなのですか。私は食べるとは聞いたことがありません」
元世界にも食べる習慣のない地域があるとは聞いたことがあるが、この世界では全体的に食べないのだろうか?
もったいない。
まぁいい。
食べさせれば価値観も変わるだろう。
かまわずさばき始める。
と、その前に。
「シャラーラ、菜園からパセリ採ってきてくれ。そんなにたくさんはいらない。大きい枝を二本くらいだな。それとネギも小さいのを二本くらい」
「任せるっす」
飛んでいるような軽やかさで出ていった。
ミーレスでないのは・・・。
コウイカを二匹出しているからだ。
すかさず横に来て、オレの手元に視線を固定している。
料理を覚えることに躍起のようだ。フェリシダがレシピ帳を作ろうとしているので対抗心に火が付いた・・・かもしれない。
「さて、と」
イカと相対する。
コウイカ、甲羅を持つことで知られるイカだ。
甲羅と言っているが、もちろん亀とかのとは全く違うものだ。
太古の昔に貝だった名残で、烏賊骨とかカトルボーンとか呼ばれるが、コウイカはこれを浮き代わりに使って浮力を得るのだそうな。
漢方薬でもある。粉状にして飲んだり塗ったりすると止血剤になるとか。
残念ならというべきか、ありがたいことにというべきか、オレには使い道がない。
ともかく、最初にこの甲羅を取らないといけない。
コウイカの傘の中心部分に切れ目を入れる。ところどころ強くくっついているところがあるので、これをこそぎ落としてやり、頭の方に押し出すと取り出せる。
甲羅を取ったら次は、ワタ(内臓)を取る。
目の下あたりを掴み、持ち上げるようにして引っ張り出すといい。
頭ごと内臓が抜けてくれる。
そしたら、皮を剥く。
耳の部分と身のあいだに親指を入れ、耳を掴んで皮ごと引き剥がす。焦らずに、皮が破けることなくちゃんと剥けてくるのを見ながら剥ぐと綺麗に一度で皮を剥くことができる。
薄皮を剥がす。
胴体の先や側面に包丁で切れ目を付けて、そこを折り曲げて皮を探りだし、指で摘まめたら全体的に剥けるよう、ゆっくりと剥ぐ。
手順は難しいことじゃないし、慣れると数分で終わる。
めんどくさいのは皮むきだろう。
鮮度が悪かったり、焦ったりすると皮がきれいに剥けてくれず、時間はかかるし身は痛むしで嫌になる。
今回は鮮度抜群なので実にスムーズだった。
ミーレスもマネしてさばいてくれたので、二匹捌けている。
こっちは包丁を使わないせいか薄皮剥きでしくじっていたが、時間がかかるだけのことだ。放っておいたら、ちゃんと剥いてまな板の上に置いていた。
表面に斜め格子の切れ目を入れて、横半分に切り小口から1・5センチ幅の短冊切りにする。軽く胡椒と白ワインをからめて10分ほど置く。
塩と油、小麦粉をボウルに入れて、よく混ぜ合わせる。
さっきの残りの卵白を少し固めに泡立てて、小麦粉の入っているボウルに入れた。
「採って来たっす」
いいタイミングでシャラーラが戻ってきた。
「ありがとな」
受け取ったパセリをみじん切りにして、これもボウルに入れたら、イカの水気を切って小麦粉を薄くまぶし、ボウルの衣をたっぷりと絡ませる。
ネギはまだ使わないので、邪魔にならないところに寄せておく。
衣のついたイカを低めの温度で2分くらいかけてゆっくり揚げて、一度取り出す。全部の切り身を揚げ終わったら油の温度を高めにして入れ戻し、30秒ほど揚げてカリッと仕上げれば完成だ。
油の温度の微妙な調整を、アルターリアがやってくれるからこそできる料理である。
火加減の調整ができるできないで、料理のレパートリーはかなり変わるということだ。
ついでなので、イカの足部分もバラバラに切り離して素揚げにした。素揚げと言っても、ボウルに残っていたものをこすり取ってうっすらとパセリ入りの衣が付いている。
いい感じにカラッと揚がってくれたようだ。
揚げ物ばかり三品になったので、ここいらで汁物をつくろう。
さっき塩を振っておいたスズキのアラに同じく沸かしておいた熱湯をかけたあと冷水で洗う、少し変則的ではあるが霜降り(熱湯で表面が白くなるまで熱を通すこと)をして臭みを防ぐ。
湯を沸かしていた鍋にアラを入れて、ぶくぶくとわかない程度の火加減で煮る。ここでもやはり、アルターリア頼りだ。
スズキは頭を入れるとアクが出やすいのだが、使わないのも勿体ないので一緒に入れてとにかくアクを掬いまくる。
・・・途中でシャラーラに投げた。
煮ながらアクを取り、アクが出なくなるまで丁寧に煮らせる。
汁が透明になってきたところで呼んでもらって、ネギを斜め切りにしたものと塩を一掴み入れれば・・・かなりいい加減なものではあるが、アラ汁の完成だ。
・・・豆腐が欲しいな。
これも課題だ。
これからの季節、井戸水で冷やした冷や奴に刻んだキュウリ、青じそ、ミョウガ、オクラ、ネギ・・・etc。好きな薬味をのせて食べる。
最高だ!
が、まだない。
ないものは仕方がない。
そのうち見つかるだろう。
今は目の前の料理に集中する。
今日はもう一つ、捌くものがある。
取り出したのは、もちろん海鞘だ。
赤から黄色、緑っぽいところもある。知らない人間が見れば南国の果物と思いそうな外見なのに、磯の香りがする不思議な物体だ。
「それも・・・食べられるのですね」
今度は疑問符を付けずに、ミーレスがつぶやく。
イカにすら食べるものという認識がない人には、確かに不思議だろうとは思うが、毎年夏になるとありがたがって食べに来る元世界の観光客が聞いたらなんと言うだろう?
まぁ、いい。
とにかく、捌いていこう。
まず海鞘は外殻で覆われているので、これから身を取り出さなくてはならない。
海鞘の特徴として、大きく膨らんだ方に付いている突起がある。
この突起には先端に+字の凹みがあるものと、-字の凹みのあるものの二つがある。この双方をまず包丁で根元から切り取って中にある海水を出す。
マイナスの方があった切り口から包丁を入れて、大きく切れ込みを入れる。
殻を抑えて片手で身を外す。嘘みたいに簡単に外れてくれる。
外した全体的に黄色い身の部分に、黒い部分が付着しているのに気が付くはずだ。これは食べられないので切り取って取り除く。
うっすらと黒く見えるところに切り込みを入れ、中にある茶色い糸状のもの(排泄物)も取り除く。
水できれいに洗い流したら、布巾で水気をとる。
で、完了。
あとは料理に合わせて切ればいいだけ。と言ってもその性質上、大きめに乱切りかぶつ切りにすれば大抵の料理に使えてしまう。
意外と簡単なものだ。
「揚げ物はもう十分だから、てんぷらにはしないとして・・・」
考えながら、とりあえずで乱切りした。
「・・・焼くか」
フライパンにオリーブ油を入れて、温めた。温まったら生海鞘、白ワイン、胡椒を入れる。白ワインが沸騰し始めたら、バターを一欠けら香り付けで投入。
ある程度水分がなくなったところで、器に入れて終了。
か、簡単すぎる。
あとは・・・ぶつ切りにした海鞘を器に盛り、上に玉ねぎをスライスしたものをのせてサラダとしよう。
揚げ物三品に、汁物、サラダまでができた。
あとは主食。
揚げ物をしたあとだ。
決まっているわな。
シャラーラが期待に満ちた目を、油の入った鍋とパンのあいだを往復させている。匂いを嗅ぎつけて、駆けつけてきたらしいリリムも。
結構な強さで、油の匂いがしているからな。
そりゃ気が付くか。
ご期待にお応えして、揚げパンを作る。
今日のランチメニューが完成した。
マティさんを迎えに行くとしよう。




