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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
68/199

2?対2


 「なるほど」

 一つ頷いて、剣を振るう。

 眼前に剣を立てた。

 蛇が、態勢を整え終えようとしている。

 再び、こちらに向かって来ようという気配を感じる。

 私にできること。

 「ご主人様の邪魔になるものは、何であれ粉砕するまで!」

 ビシッ!

 剣先を蛇に向けて宣言した。

 「かっこええべ!」

 パチパチと拍手をくれたその手が、拳を握り、構えられる。

 「シャァァアァァ!」

 二つの蛇頭が、威嚇しながら迫ってくる。巨大な胴体から生み出される速度がのっていて、かなり素早い。

 あっという間に交戦範囲に入る。

 インターバルは終わり、2戦目が始まった。

 このバケモノ、見た目は双頭の蛇だ。しかし、頭が二つあるというのは見た目だけ、意思はひとつであるようだ。

 頭の役目は腕のようなもので、脳というべき中枢は別にあるのだろう。

 だから、目に剣を突き立てられても動じた様子を見せなかったのだ。

 「どう攻めるっすか?」

 「・・・とりあえず、あの頭の一つを切り落としてしまいたいですね」

 威嚇しているのか、「シャアァァァッ!」と口を開け、長い舌をチロチロと伸ばして見せてくる蛇の頭を見上げながら、私は思い付きを口にした。

 「それ・・・いいっすね」

 ニカッ!

 シャラーラが子供のように笑った。

 方針が決まったのだ。

 頭を切り落とす。

 そうと決まればやることは決まっている。

 どこから切り落とすかを決めて、その一か所を攻め立てる、それだけ。

 「どうせなら、根元からサクッと行きてぇっす」

 もっともだ。

 「なら、そういうことで」

 私もクスッと笑い、剣を握りなおす。

 「・・・行きます!」

 狙うは、二股の分岐点。

 向かって右側。

 丸太のような胴に斬りつけた。

 当たり前のように弾かれる。弾かれそうになる。しかし、踏ん張った。どうに刀身を当ててコンマ数秒、その状態を維持する。

 「おらっ!」

 頼りになる妹分の気合を入れる声が、至近で聞こえた。

 ガキィィィィ!

 ほぼ同時に金属のぶつかり合う音が轟く。

 自分の持つ長剣の背に、シャラーラの拳と膝が当たっていた。

 己のすべてを肉弾として、長剣に全力でタックルを決めたのだ。

 あんな細い部分に、拳にも膝にもプロテクターがあるにしても、全体重を乗せて突っ込む。かなり無茶なことだと思うのだが、シャラーラはやってのけた。

 通常の剣であれば、衝撃で砕けていてもおかしくない。でも、この剣は耐えてのけた。私の意思がのっている、形となっている。

 折れてたまるか。

 入れ!

 ザクッ!

 手に、なにかを斬った手応えが伝わってくる。肉、というには固く乾いた感触。だが、さっきの弾かれるような感触とは違う、中に入っていく感触だ。

 『斬れる!』

 確信した。

 金属と同等の硬度を持っているのはウロコ部分だけなのだ。

 この方法で傷つけることができることは確認した。

 ならば!

 「この身が砕けようとも、続けるまで!」

 「いけるっすよ!」

 蛇が身をよじるのに合わせて、長剣を引いて間合いを取る。

 「はぁっ!」

 走り出す先は、たったいま攻撃したのと同じ場所。

 蛇はダメージを受けている。

 だから警戒しているし、避けようとする。

 もう一方の頭も攻撃を緩めはしない。

 それでも、相手の反撃をかいくぐり、動きを読んで同一の位置につける。ただし、刃の当たる位置は少しずらしてある。

 理由は、もちろん・・・。

 ズブッ!

 刃が、切れ目に少し入っていく。ただし、少しずれているから刀身の一部が鱗の上になっている。

 そこへ。

 「ぬらぁぁあっ!!」

 わずかに角度を変えて、シャラーラがぶちかました。

 ザグッ!

 再び鱗が切れる感触がくる。

 切れ目の入っていた個所を起点に、位置をずらしていって切れ目を広げていく作戦だ。

 言うだけなら簡単な作業だが、実行は思いのほか厄介だ。

 相手だってじっとしているわけではない。攻撃もしてくるし、避けもする。こんなバケモノのくせに痛覚があるものなのか、のたうち回るので狙いをつけるのにも苦労する。

 それでも、作戦はうまくいった。

 「おんりゃぁぁぁっ!!」

 何度目、何十度目かのシャラーラの雄叫び。

 ゾゾンッ!!

 何とも言えない手応えのあと、双頭の蛇たる右頭が分岐の付け根から切り離されて、浮き上がった。

 その先に・・・。

 グアッ! と口を開けるカロンがいた。

 少々大きすぎたようだが、それでも口の中に咥え込むと、何度も頭を振ったり空中を上下に移動したりして飲み込んだ。

 『げふっ!』

 大きなげっぷをしつつも満足そうに見える。

 しかも・・・。

 「治ってるわね」

 そう、融けかけていた甲羅が元に戻っていた。

 「つうより、強化されてるっすよ。甲羅も一回りでかくなってるっす」

 言われてみれば、確かに甲羅が以前よりごつごつしてる感じだ。

 真ん中がひときわ高く盛り上がり、それを挟んだ左右に、少し低い盛り上がりができている。大きさも、一回りとまではいわないが大きくなったようだ。

 なんというか、子供が大人になったような感じかもしれない。

 「栄養がいいんすかね?」

 シャラーラが首を傾げている。

 「・・・私たちの今の姿を形作っているのが魔力だからなのかもしれない。あの蛇ももちろんそう。だから直接取り込めて・・・そうね、栄養がいいってことなのかもしれない」

 正直言って、私も魔力がどうこうの話は苦手だ。

 ご主人様ならわかりやすくお話ししてくれるだろうし、アルターリアがいればしっかりと解説してくれるのだろうが、私にはある程度の予測を立てることしかできない。

 それでいい。

 魔力がどうという話や、カロンの成長の理由なんてものがわからなくても、問題ない。

 双頭の蛇、その頭を一つ消し飛ばしたという事実がありさえすれば。

 もう一つ落として、意識を持った本体を叩く。

それができればいいのだから。

 要領はわかった。

 反撃してくるもう一つの頭は、ない。

 「片付けましょう」

 「おおっす!!」

 狙いは分岐部分。

 相手の攻撃の手段である頭は、長く伸びた先にある。

 長い蛇の胴。そのリーチは長く、間合いを空けていればこちらの不利にもなるが、接近してしまえば動きは鈍い。

 一本目のときは邪魔になっていた二本目の胴が今や単独でそこにある。

 幾つもの要素が私たちの有利を確保してくれた。

 だから、戦いは一方的だった。

 「これで終わりっす!」

 シャラーラの叫びとともに、双頭の蛇は無頭の尻尾だけの存在となった。

 切り落とした頭は、もちろんカロンの糧となっている。

 「さて、どうする?」

 無頭の尻尾。

 本来ならもう死ぬだけの存在に、剣先を向けて問いかけた。

 頭には意思決定に必要な意思がなさそうだった。

 とすれば、それはこの尻尾のほうにあったことになる。

 最初は不定形のドロリとした感じの生き物だった。それが倒されそうになると、今度は双頭の蛇になった。その蛇も頭をなくした今、こいつはどうするのか?

 このまま今度こそ死ぬのか?

 期待を込めて考えてみるが、消えるなどという楽観論を私の理性は否定した。

 だとすれば、またしても姿を変えて襲ってくるのか?

 そうに違いない。

 「さて、どうする?」

 問いかける私の目の前で、変化が起きた。

 その変化が、後方へと延びる。

 後方に振り向けば、透明な裸婦が消えていて、そこにはご主人様がいた。

 「ご主人様ぁ!」

  喉の奥から、悲鳴が迸った。


 自分を呼ぶ叫び声に、振り向く。

 振り向くと同時に、剣鉈を構えていた。

 ミーレスが叫ぶ理由なんて、考えるまでもない。体が自然に反応していた。

 だが・・・。

 「ぬおっ?!」

 思わず腰が引けた。

 剣鉈でどうにかできる相手ではなかったのだ。

 全長、三メートルはある物体が飛んできていた。

 髪をなびかせ、目をらんらんと光らせて、口からは赤黒いものを吐きながら飛んでくるそれは、生首だった。

 「将門かよ!?」

 とりあえずツッコんでみる。

 あまりのおぞましさに、そうでもしないとちびりそうだったのだ。

 当然のことながら、それも本物ではない。イメージだ。そうでなくて全長3メートルの首なんてない。あと、ちびるとかもない!

 生首の顔は、ファイク男爵その人のものだった。予想できたことではある。そもそもの原因がファイク男爵が斬首されたことなのだし、『傀儡の首輪』から流れ込むのが彼の痛みや苦しみであることもわかっていたのだから。

 彼にまつわるなにか、が出てくることは十分に予想できた。

 でも・・・。

 「縮尺に気を遣え!」

 そう叫びたくもなる。

 身長の倍近い大きさの首とか、そんなのありか!

 モアイじゃあるまいし!

 「あ・・・」

 そうか。

 そういや、そんな敵と戦ったこともあったっけな。

 「とはいえ、剣鉈じゃ・・・」

 刀身が短くて、大物と戦うとなると、ちょっと心もとない。

 あの時はほぼ見学していたしな。

 そんな風に考えていると、ドクン、ドクン!、と手に鼓動を感じた。

振動ではなく、鼓動だった。ミーレスやシャラーラを抱いて寝ているとき、感じるのと同様の鼓動が手の中で感じられる。

 剣鉈が、『エザフォス・クスィフォス(大地の刃)』が息づいている。

 ラリスの工房で心に刻んだ炎が脳裏に浮かんだ。今また何かが生まれようとしている、そんな気配が感じられる。

 そして、その何かが「任せろ!」そう言っている気がした。

 どうすればいいかは、なぜかわかっていた。

 「フラムマ(炎よ)!」

 呼び声に応えて、大地の刃の刀身が炎を纏った。

 剣鉈を逆手に持って、背に回す。

 一瞬のタメ、そして馬鹿みたいにでかい生首へと振り抜いた。

 刀身はそのままオレの手にあるが、纏っていた炎は狙った敵めがけて飛んでいく。

 新月のような湾曲した炎の波。いや、炎でかたどられたシミターか。

 それが、ファイク男爵の頭、鼻柱に斬りつける。

 『グッヴぉおぉぉぉっ!!!!!!!』

 ファイク男爵の頭が、苦悶の声を上げた。

 ずぶずぶと、顔の表面を溶かしながら食い込んでいくのだ。そりゃ苦しかろう。

 「あ?! やばっ!」

 呆然と眺めていたが、このあとに何が起きるかに思い至って血の気が引いた。

 今のオレに血なんてないのだが。

 とにかく、まずいことは明らかなので、フェリシダを抱え込んで、その場で伏せた。

 直後。

 爆発音がした。

 ファイク男爵の頭に差し込まれた炎のシミターが、その中央で爆発。実際には爆発したように見えるほどの勢いで、燃え上がったのだ。

 「・・・・・・」

 恐る恐る振り向くと、ファイク男爵の頭が鼻から上を消失し、残りは灰色の煙に覆われて宙に浮いていた。

 もう動く様子はなく、このまま消えてくれそうな雰囲気がある。

 だからだろう。カロンが、もう興味なさげに遊泳を楽しんでいる。

 「うっわ・・・ずいぶん成長したな」

 縮尺がおかしいから実体の大きさに変化があるかはわからんが、甲羅の形は明らかに変わっていた。タイマイのようなつるんとしたものから、ワニガメみたいな形に変わっている。それに、尻尾もだいぶ太く長くなったようだ。

 「消えた・・・」

 カロンを観察していると、ついにファイク男爵の首の残骸が完全に消え去った。

 「終わった、のか? ・・・っ?!」

 警戒は続けつつも、息をつく。

 だが、すぐにオレはぎょっとして息を呑んだ。

 オレ自身も灰色の煙に覆われていたからだ。

 なんで?!

 パニックになりそうな自分を落ち着かせて、煙に目を凝らして気が付いた。

 灰色の煙はオレ自身とは関係がなかった。灰色の煙を噴き出していたのは、フェリシダだ。フェリシダが身体のいたるところから煙を噴出させてオレの腕の中にいた。

 「え?」

 わけがわからず、ただ見つめてしまう。

 フェリシダ本人も、苦しそうにするでもなく、茫然と虚空を見ていた。

 「・・・ぁ」

 と、フェリシダが声を発して微笑んだ。

 なにか、とても穏やかな顔。無垢な子供のような顔だ。

 合わせたように、煙が消える。

 「あ・・・あ、ああっ?!」

 消えていく煙を目で追って、オレは自分の愚かさに打ちのめされた。

 見た目通りにしか見ていなかった。

煙の意味を考えようともしなかった愚かさに臍を噛む。

 煙の晴れたそのあとに、フェリシダの身体はなかった。形はある、輪郭はあるのだが、まるでハチの巣とか目の粗いスポンジのように穴だらけになっている。

 フェリシダという個性を構築していたものが、抜け落ちた、とでもいうかのように。

 ・・・いや、現実逃避をしている場合じゃない。

 とでもいうかのように、じゃない!

 明らかに、これはそうであることを示していた。

 「気が付くべきだった!」

 奴隷の装身具でつながった奴隷が死んだとき、その影響で主人が死ぬ。またはその逆。この現象が起きるのはなぜか?

 相手の苦痛が伝わってきて心身にダメージを与えるからだ。

 そう認識していた。

 もちろん、それも間違いではないのだろう。だけど、それだけではなかったのだ。

 フェリシダの場合。『傀儡の首飾り』という強力な支配を受け服従させられるアイテムで精神を奪われていた。奪われていた分を補っていたのはファイク男爵の意思だ。

 その状態がほんの数日とかならいいが、現実として数年に及んでいる。

 この数年、フェリシダの行動や感情の動きはすべてファイク男爵の意思によって歪められていたわけだ。

 たとえば、弟の死、両親の死、他にも人の尊厳にかかわるようなことを受け入れさせられるたびに、ファイク男爵によって歪められた価値観や思想が植え付けられていた。

 それがなくなった。

 ファイク男爵によって植え付けられていたものが、ファイク男爵の死によって抜け落ちて失われた。

 さらに、精神的につながるというのは、共依存の関係になるということでもある。

 したがって、ダメージを受ける側は相手の苦痛が伝わるのと同時に、接続が途切れることによる自分の中の喪失感にも対抗しなくてはならない。

 過去にファイク男爵によって植え付けられた、改ざんされたすべての記憶や感情が失われ、改ざんするために壊され続けたフェリシダの精神を、無理にでも支え、維持していたファイク男爵の支配力も消えた。

それが、フェリシダの現状。

 もとより、フェリシダには自我がほとんど残っていなかったのだ。

 自我が無くなれば、ほとんど植物人間に近い状態になる。

 そりゃ、死ぬだろう。

 奴隷の装身具の店員が言っていたように。

 「オレのしたことは、無意味だったということか」

 徒労感がすごい。

 地面に沈みそうなほど、気持ちが落ち込んだ。

 「ご主人様!」

 ミーレスとシャラーラが駆けつけてきてくれて、わずかに立ち直ることができた。

 だが、消耗具合を完全には消せない。

 「だ、大丈夫ですか?!」

 オレの顔色を見て、ミーレスがオロオロしている。シャラーラは子犬を心配する母犬のようにオレの周りをぐるぐる回りながら、体に異常がないかと調べ始めた。

 あの炎の固まりを見たあとだからな。

 それに・・・すぐそばに穴だらけの女がいるし。

 不安になるのも当然か。

 周囲を見渡す。

 うすぼんやりとした闇だけが広がっている。

 他には何も残っていない。

 「戻ろう。各自、精神的な疲労が蓄積しているだろうから、肉体に戻ってもすぐには動かないで、状態を見極めるようにな」

 「わかりました。ですが・・・彼女は?」

 穴の開いたフェリシダに目を向けてミーレスが聞いてくる。

オレの体を調べ終えて、少し安心した顔のシャラーラも、なにかうすら寒いものを見るような目でフェリシダを見ていた。

 穴だらけの女は、今も無垢な微笑みを浮かべて、ゆっくりと揺れている。

 「戻ってみないとどうなるかわからないな。可能な限りは助けたつもりではある。もしかしたら死ぬことは避けられたかもしれない。でも、このありさまではな・・・」

 事情はまったく違うが、症状としては植物状態、認知症、記憶喪失、心神耗弱、躁鬱、軽い精神疾患。そういった状態になる可能性が高い。

 いっそ、死んだほうがまし。という状態になるかもしれない。

 そうなったときは・・・。

 どうするか?

 考えたところで答えは出ない。

 結果がわからないうちは。


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