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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
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かけあい


 細波が走る。

 ずっと、ずっと、凪いでいたのに。

 湖面を、細波が走っている。

 関係ない。

 水面の波なんて、関係ない。

 私はずっと、湖底に沈んでいるだけだ。

 沈んでさえいればいい存在。

 誰にも必要とされていない。

 「あなたに、そんな価値ないもんね?」

 好きだと言ってくれた人がいる。

 「従順な奴隷が欲しかっただけだけなのよ?」

 奴隷なんかじゃない。

 「でも、結婚してすぐ奴隷契約結んだでしょ?」

 そう望まれたから。

 「ほら、望まれて奴隷になったんだから奴隷でしょ?」

 妻なのよ。

 「子供も産ませてもらえないのに?」

 それは、わたしがドヴェルグだから。

 「そんなこと、付き合う前から分かっていたことよね?」

 好きだと言ってくれたわ。愛してくれたし、愛してた。

 「愛、なのかしら?」

 もちろんよ。

 「なぜ、そう言い切れるの?」

 優しかったわ。私の話を聞いてくれた。

 「聞いただけよ。なに一つ、理解なんてしてないわ。わかってるでしょ?」

 褒めてくれたことだってあるわよ。

 「当たり前のことをしただけだけどって前提でね」

 家族として受け入れられてた。

 「都合のいいメイドだったんじゃないの?」

 そんなことないわ。

 「そうかしら?」

 そうよ。

 「ただの人形だったじゃない」

 違うわ。

 「違う? どうして? あなたは彼らの言いなりだったじゃない」

 わたしは妻で、夫に仕えてたのよ。

 「それだけでよかったの?」

 どういう意味?

 「あなたに望みはなかったの?」

 ・・・あったわ。

 「たとえば?」

 二人で、海沿いを歩いてみたかった。

 「お母様と彼が並んで歩くのを、後ろから眺めていたでしょ?」

 二人きりの時間が欲しかった。

 「子供作る必要のない女に、二人きりの時間なんて必要かしら?」

 優しく抱きしめてほしかった。

 「抱いてくれたじゃない。精の捌け口としてだけど」

 ・・・。

 「あら、もうだんまりなの?」

 私は、頑張ったわ。

 「なんのために? なにを?」

 いい妻になるためによ! どんなことでもしたわ!

 「そうね! ごめんなさい。忘れていたわ」

 わかってくれた?

 「ええ。実の弟を生贄に差し出したくらいですものね」 

 !・・・。

 「なかなかできることじゃないわよね。実の弟を見殺しだなんて」

 違う。

 「なにが? 相手が手練れ揃いだと知っていたのに一人で行くよう仕向けたんでしょ?」

 一人でも勝てると思ったのよ!

 「そうね。薄々おかしいと思いながらも彼らの言い分を信じたのよね」

 ただの盗賊に委縮してちゃ男爵の爵位は継げないわ。

 「死んじゃっても、継げないんだけどね」

 あ・・・。

 「ご両親はよく許してくれたわね?」

 私が何かしたなんて知らなかったわ。

 「探ってはいたのよ? 結論が出たころに『なぜか』死んだけど」

 事故よ。偶然なの。

 「タイミング、良すぎない?」

 事故ってのは、そういうものよ。

 「あなたに会いに来る途中で、荷馬車から崩れた荷の下敷きになったのよね」

 よくある事故だわ。

 「直前に二人の乗る馬車が、『なぜか』壊れたから歩いていたそうね?」

 事故ってのは、そういうものよ。悪いことは重なるものだわ。

 「事故のあと、二人の持っていたはずのカバンが無くなってたわ」

 盗まれたのよ。火事場泥棒ならぬ事故場泥棒よ。

 「二人が死んだのに、葬式にもいかなかったわね。あなたが喪主になるべきなのに」

 嫁に出た身だもの、仕方ないわ。

 「気付いてる? あなた、泣いてるわよ?」

 泣いてなんかない! 泣くわけにはいかない!

 「外に出ようよ」

 ?!・・・声が変わった。


 声が聞こえていた。

 フェリシダ大仏の表面。透明なフェリシダは触れるとするするとよけ、中へと入ることができた。感触としてはトコロテンの中に手を突っ込んだような、そんな変な感じがする。

 冷たいし、堅めのトコロテンのような弾力がある。そんな質感の重量のあるものが、自分の体の周りをグリグリ動き回るのが感じられて、ちょっと気持ちいい。

 声は、透明なフェリシダをかわすたびに聞こえてくる。無機質な感じのするフェリシダの声に、ひどく沈んだ声音のフェリシダが答えているのだ。

 心の中の自問自答を音として認識できるなら、こうなるのだろうというやり取り。

 「そんなところに沈んでいないで、外に出ようよ?」

 そっと、声を送り出してみる。

 反応があった。

 ずっと奥で、フェリシダの本体がかすかに顔を上げたように見える。

 「でも、私にその価値があるかしら?」

 あるよ。君は綺麗な女の子だもの。オレは好きだよ。

 「従順な奴隷が欲しいだけじゃないの?」

 奴隷なんかじゃない。家族さ。

 「でも、結婚してすぐ奴隷契約結んだ女なのよ?」

 そう望まれたからでしょ。オレは奴隷を一人じゃなくて、君が欲しいんだよ?

 「ほら、望まれて奴隷になったんだから奴隷でしょ?」

 家族だよ。

 「子供も産ませてもらえないのに?」

 産みたいなら、何人でも産めばいいよ。

 「わたしはドヴェルグなのよ?」

 かまわないよ。エルフでも獣人でも、人間でも気にしない。

 「そんなこと、嘘よね?」

 好きだと言っただろ。愛して欲しいし、愛したい。

 「愛、なのかしら?」

 もちろんだよ。

 「なぜ、そう言い切れるの?」

 オレは、こうして君を迎えに来てるよ?

 「迎えに来てるだけよ。私のこと、なに一つ、知らないじゃない。わかってるのよ?」

 これからいくらでも知り合えるよ。

 「当たり前のことのように言うのね」

 家族として受け入れたいんだ。

 「都合のいいメイドなんじゃないの?」

 うちはみんなで家事をしている。いまさらメイドなんかいらないよ。

 「そうかしら?」

 そうだよ。

 「ただの人形になるんじゃない?」

 違うよ。

 「違う? 本当に? あなたの言いなりになるんじゃないの?」

 一緒に暮らしたいんだ。言いなりになんてならなくていい。

 「それでよかったの?」

 どういう意味かな?

 「あなたに私の望みが叶えられるの?」

 たとえば?

 「二人で、海沿いを歩いてみたかった」

 今度一緒に出掛けようか?

 「二人きりの時間が欲しかった」

 あんまり特別扱いはできないけど、その時間は作れるよ。

 「優しく抱きしめてほしかった」

 子作りするんなら、そうしなくてどうするって話だよね。

 「抱いてくれるの? 精の捌け口としてじゃないの?」

 ・・・。

 「あら、もうだんまりなの?」

 オレも、頑張るよ。

 「なんのために? なにを?」

 家族になるために。なんでもだ。まずは君を助け出すことからかな。

 「そうね! ごめんなさい。忘れていたわ」

 わかってくれたかな?

 「ええ。実の弟を生贄に差し出した魔女だもの。救いようがない」

 !・・・。

 「なかなかできることじゃないわよね。実の弟を見殺にした罪深い私を救うなんて」

 違う。

 「なにが? 相手が手練れ揃いだと知っていたのに一人で行くよう仕向けたのよ?」

 正確な情報ではなかった。君には正しい判断ができなかったんだ!

 「そうね。薄々おかしいと思いながらも不確かな話を信じたのよね」

 君はただのメイドだった。軍事や政治に口は出せなかっただろ?

 「死んじゃっても、口は出せないんだけどね」

 だから、助けるんだろ。

 「両親のことも殺したのよ?」

 君が何かしたなんて信じないよ。

 「疑ってはいたのよ? 疑念をぶつける前に両親に死なれたけど」

 事故だよ。偶然だったのさ。

 「タイミング、良すぎない?」

 事故ってのは、そういうものだろ?

 「わたしに会いに来る途中で、荷馬車から崩れた荷の下敷きになったの」

 よくある事故だな。

 「直前に二人の乗る馬車が、『なぜか』壊れたから歩いていたそうなのよ?」

 事故ってのは、そういうものだ。わずかな不運が命を奪う。

 「事故のあと、二人の持っていたはずのカバンが無くなってたわ」

 盗まれたんだ。事故現場に転がってたのを置き引きされたのさ。

 「二人が死んだのに、葬式にもいかなかったわ。わたしが喪主になるべきなのに」

 実家から離れていたんだ、仕方ないよ。

 「気付いてる? あなたの言っていること現実逃避や責任転嫁でしかないわよ?」

 泣いてる女の子が立ち直るためなら、逃げも許すよ。

 「泣いてなんかない! 泣くわけにはいかない!」

 泣いていいんだよ。オレの胸でよければいくらでも貸すから。泣いていいんだよ。

 気が付くと、オレはフェリシダの前にいた。

 幼い女の子のように膝を抱え、その膝に顔を埋めているフェリシダの細い肩に手を載せる。冷めきった肌の、ひんやりとした感触があった。

 優しく、さすってあげる。

 ゆっくりと顔を上げたフェリシダが、オレの胸に顔を埋めた。

 しゃくりあげる泣き声が静かに聞こえ、涙と吐息の熱さが胸を濡らすのを感じる。

 見れば、辺りに積み重なっていた透明なフェリシダが、ほとんどその姿を消していた。

 ものすごい疲労感がある。

 言葉のやり取りに見えて、その実は精神のぶつけ合いだ。

 いうなれば、フェリシダの心のマイナスの気を、オレが流し込むプラスの気で相殺して消滅させ、新たにプラスを積層させる。逆に言えば、オレの精神が彼女に食い破られようとするのを必死に耐えながら積み木を積む。そんな戦いだった。

 消耗が激しい。

 フェリシダの心に沈殿していたマイナスの気が、もう少し多かったら、濃かったら、消えていたのはこっちだったかもしれない。彼女の心が擦り切れる寸前にまで摩耗していたことが幸いした。

 消えかけていた心を。隔絶されていたフェリシダの心を。引き出してオレの腕の中に抱きとめることができた。

 充分な成果としよう。

 「逃げられると思っているの?」

 「どうして、あなただけ出ていけるの?」

 「私たちを生み出したのはあなたなのよ?」

 「無責任!」

 「身勝手よ!」

 「あなたも残れ!」

 「一緒に闇に沈みましょう!」

 「永遠の眠りが待っているわ」

 ほっと息をついたばかりだというのに、オレは・・・いや。色のあるフェリシダの心が、未だに残る透明なフェリシダの怨念――悔悟や慙愧の念――に取り囲まれていた。

 剣鉈の柄を握りなおした。

 これ以上、精神を損耗させたら、精神体を維持できなくなりそうな疲労感がある。もしかしたら大丈夫かもしれないが、そこに賭けてみるだけの覚悟は持てない。

 相手がミーレスたちなら、もう少し違った判断をしたかもしれないが・・・。

 「悪いな。君たち全部を成仏させてあげるのに十分な器が、オレにはないようだ」

 フェリシダの心の大本は救い出した。

 残りは、悪いけど斬り捨てさせてもらう。

 フェリシダを左の腕に抱きかかえたまま、手近にいたモノの胸に、剣鉈を突き刺した。

 サクッ、と軽い手応え。

 形をなくした体が、かすかに光を反射する蒸気のようなものを散らすと、どこかに吸い込まれるように消えていく。人の形はしているが、存外あっけなく消えてくれるようだ。

 しかも・・・。

 「・・・消えたい、のか」

 引き留めよう、縋り付こう。

 そんな風に見えていたのだが、怨念たちは両手を広げて近づいてくるだけだった。掴みかかろうとか抱き付こうという様子ではない。次々に屠られるに任せて消えていった。

 「・・・・・・」

 透明なフェリシダが全て消えると、押さえつけようとしていた重圧が消えたのか、フェリシダが立ち上がった。その顔に、涙はもうなかった。

 表情も・・・ない。

 感情が抜け落ちたような顔で、オレを見てくる。

 「大丈夫か?」

 不安になって声をかけるが、曖昧に頷くだけだ。

 長年の損耗がそんなにすぐ戻るものでもないのだろう。それはどうしようもない。

 なにかの歌にもあったな。

 『体の傷なら、治せるけれど。心の傷は癒せやしない』だ。

 抱いていた左腕から解放して、自分で立たせる。

 無垢な瞳がじっと見つめてきていて、思わず左手で頭を撫でた。

 ちょっぴりだけはにかむような顔をして、フェリシダはされるに任せている。

 「ご主人様ぁ!」

 なごみかけた空気が、ミーレスの悲痛な叫びに切り裂かれた。




次回更新は9/16となります。

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