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異世界で家を買いました。  作者: 月下美人
19/199

セブテントの迷宮


 セブテントの街に行くのは一度では無理だった。

 草原の大バザール商人ギルドからは帝都にしか飛べなかったのだ。

 帝都からは帝国北域の中心ノルテセトロへ。ノルテセトロからセブテントへと経由しなくてはならないというのでちょっと驚いた。

 どこに行くにも魔法でひとっとび、そう考えていたのに違ったのだ。

 街から町へと移動できる便利な『移動のタペストリー』だが、帝国中の街同士がつながっているわけではなかった。

 例えばエレフセリアからだと行けるのは帝都他五つの街、マクリアの街からだと帝都他三つだ。街の規模によって行ける場所の数は違っていてつながる場所も変わる。

 オレはこれまで、帝都とつながっている街のあいだでしか移動していなかったので知らなかったが、そういうことだったのだ。

 街としては当然、自分たちに便利な場所とつなぎたい。

 だが、帝都などはすべての街がつながりたいと考えるわけで、あまりにも多くなる。

 街ごとに違うタペストリーなのだから壁がいくつあっても足りないことになるわけだ。

 そこで、数を限定したり、つなぐ時間――タペストリーを壁にかける時間――を限定したりしている。それでもすべての街をつなぐことは無理なので、帝都の側でも常につないでおきたい街以外には接続料を請求したりして数を減らし、地域ごとに中心となる街を決めてそことだけつなぐような形をとっている。

 わかりやすく言えば、東京と各地の中心都市を新幹線で結び、中心都市とほかの都市を在来線がつなぐ鉄道のようなものだと思えばいい。

 地方に行くには乗り換えが必要なのだ。

 そしてそのたびに、通行料を人数分取られる。

 「移動料金だけで、報酬飛ぶんじゃないか?」

 思わず不満が漏れた。

 タペストリーの使用料金は距離に比例する。

 持っていた金貨がほぼ消えた。

 財布代わりの布袋を持つ手の、あまりの軽さにため息が出る。

 「ですので、帝都周辺の冒険者が地方に来ることはあまりないのです」

 重要発言をさらりと、ミーレスさんがした。

 「つ、つまり、普通は来たがらない場所に体よく差し向けられた、と?」

 だったら止めてよ。

 その場にいたんだから。

 「現状の迷宮で頭打ちになっているような冒険者には、そこそこ喜ばれる類のものではあります」

 力のない冒険者でも金にありつけるクエストとして、役に立つわけか。

 「そうやってクエストを受けることで、各地の迷宮を知り、自分たちに合う迷宮を見つけるきっかけになるという利点もあるのです」

 「ああ、そういうのもあるか」

 迷宮には個性があるというのは、リティアさんからも聞いている。

 旅費を確実に回収できるクエストでもないと、通常は各地の迷宮を見て回れない。そんな冒険者たちにとっては渡りに船なわけだ。

 「ならしかたないな」

 どのみち、オレは一度来れば次からは移動に金はかからない。

 不満が解消されたので、目的地へ行くことにする。

 セブテントの迷宮は帝国の北西に位置するドヴェルグ族の街セブテントにあった。

 ドヴェルグと言えば北欧神話で神々のために武器を作った種族であり、いわゆるドワーフの原型と伝えられる。

 元世界の神話とこちら世界の住人に接点があるかどうかは知らないから、だからどうした、ということでもないのだが、何かしらの接点はありそうな気もする。

 バザールにある商人ギルドのテントから入って、セブテントの商人ギルドに出る。冒険者ギルドに出たかったところではあるが、オレの能力では行ったことのない場所には行けないのだから仕方がない。

 商人ギルドからは歩いて冒険者ギルドに向かった。

 街は結構にぎやかだ。

 気になったのは、武器屋と防具屋とが結構な数ひしめいていること。

 「装備品の店が多いんだな」

 「店がというより、職人が多いんです」

 ふと呟いた疑問に、ミーレスが答えてくれた。やはり、ドヴェルグは武器製造を得意としているようだ。

 「資源も豊かだそうです。街の周囲に迷宮が三つありますが、どれも金属などの装備品加工に役立つ『ドロップアイテム』と『採取品』の種類が豊富だとか」

 「迷宮によって違いがあるんだっけ?」

 リティアさんからも聞いたが、異世界にきてすぐの、自覚のないまま動転していた時の記憶なので、少しあやふやになってしまっている。

 「えと、そうです。迷宮は神様が作ります。その神様の趣味や得意分野、あとは意図によって迷宮の構造や出てくる魔物、手に入る『ドロップアイテム』の種類などが大きく違うのです」

 鍛冶神なら武器や防具、農耕神なら農作物、狩猟神なら動物の角や皮、海洋神なら魚や貝、というようなことか。

 ・・・美の女神の迷宮では美女がもらえたりするだろうか?

 「・・・美女は無理ですが、女性の形をした自動人形というのはあるそうですよ。あと、奴隷用の装飾品なども美の女神か愛の女神の管轄ですね」

 くだらないことを考えていると、ジトっとした目でミーレスが言った。

 おおっと。

 ミーレスさんはオレの心が読めるらしい。

 釘を刺されてしまった。

 あ、伝心の腕輪の効果か。

 無意識の考えが漏れることもあるらしい。

 でも・・・。

 「自動人形・・・オートマタか」

 手に入るならぜひ欲しいものだ。

 「冒険者ギルドっす」

 妄想モードに入っていたオレをシャラーラの声が現実に引き戻した。

 いつのまにか冒険者ギルドについていたらしい。

 木の枠を鉄の装甲で覆ったような建物が、目の前に立っていた。装甲部分はあちこち錆びている。なにか、老舗のスクラップ場のような雰囲気だ。

 「いらっしゃ――」

 「待ちかねたぞ、冒険者よ!」

 中に足を踏み入れた途端、カウンターの向こうにいた女性が声を上げ、それを遮るようにカウンターのこちら側にいた髭面のおっさんが飛び掛かるような勢いで寄ってきた。

 逆ならよかったのに。

 瞬間的にオレがそう思っていると、シャラーラがおっさんを受け止めていた。

 そんなもの弾き飛ばせ、受け止めんな!

 言いかけた言葉を、かろうじて抑え込む。

 あぶないあぶない。

 『伝心』と『伝声』がある。

 思っただけでも伝わってしまいかねないのだ。伝わってしまえば瞬時に実行してしまうだろうし、悲劇が起きてしまう。

 「さあ、セブテントの迷宮へと参ろう!」

 おっさんはそのままシャラーラの手を引いて、三枚のタペストリーが並んでかかっている壁に進もうとした。

 真ん中のタペストリーに、セブテントの迷宮行き、の表示がされている。

 「って、待てい!」

 さすがにこの態度は放置できない。

 おっさんの肩を掴んで振り向かせた。

 シャラーラとミーレスがさっと左右につく。

 「なんじゃ? 他の迷宮に用があるのか?」

 おっさんが、目をぱちぱちさせて聞いてくる。

 ドヴェルグ族らしく、少し背が低く、肌が黒い。

 「いや、用があるのはセブテントの迷宮だが―――」

 「ならば同志ではないか。さぁ行こう。踏破すべき迷宮へと」

 声高く、オペラかよという勢いで言い放った。

 誰が同志だ。

 「あのですね。そもそもあなたは誰なんですか?」

 無視するというのも難しそうなので、ともかく話し合いに持ち込もうと正体を明かすよう誘導してみた。

 「わしは見てのとおり、しがない冒険者だ。セブテントの迷宮に行く者があれば手助けをしておる」

冒険者ギルドにいるのだから、冒険者なのはそうなのだろう。

 しかし何なんだ?

 手助けをしておる?

 パーティーは組んでいないのか?

 セブテントの迷宮に行く者があれば?

 セブテントの迷宮限定ってなんで?

 ツッコミどころが多すぎるぞ。

 「この街には迷宮が三つあるのですが、そのうちのセブテントの迷宮だけ攻略が遅れているようで、街にこれまでになく接近しているのです。領主様が、『レアドロップアイテム』の回収クエストを乱発したりして、対策を進めているような状態で・・・」

 冒険者ギルドの女性職員が、見かねて助け舟を出してきた。

 チラチラとおっさんの様子を気に掛けながら。

 『ハトラ。ドヴェルグ族市民。23歳。事務職。78/56/77』

 スレンダーで、美人のおねぇさんなことを反射的に確認してしまった。

 「そんなことはどうでもよかろう、さあ行くぞ!」

 女性職員のフォローなどそっちのけで、おっさん冒険者はオレを引っ張った。

 そんなこととは何だ!

 スリーサイズは重要だぞ。

 いや・・・そういうことじゃない。

 頭を振って、余計な情報を振り払った。

 ミーレスもシャラーラもいる。

 自分のものにならない女に、目を向けることはないのだ。

 「『ドロップアイテム』などはくれてやる。とにかくわしとともに迷宮に入ってくれればそれでよい。どうじゃ?」

 おっさんがさらに押してくる。

 そういうことなら・・・まぁいいか。

 仕方ないので納得することにした。

 そこまで言うなら腕に覚えがあるのだろう。

 パーティー枠はすでに埋まっているが、八人までは一緒に迷宮に入れるのだから別に問題はない。

 タペストリーを通ってセブテントの迷宮に入る。

 中の様子はマクリアの迷宮と大差ない。

 ただ、出てくる魔物の種類はかなり変わっていた。カニやエビのような甲殻類や、貝などが多いのだ。そして『ドロップアイテム』は鉛や鉄、鉱石類が多い。

 見るからに硬そうな相手だが、うちのシャラーラさんは一向に躊躇せず、殴る殴る。

 接近を知らせると次の瞬間には、魔物のそばに跳躍していてジャブをワン・ツーと繰り出し、渾身のストレートで止めを刺してしまう。

 いや、お強い。

 そう思っていると、斬! 

 横あいではミーレスが接近してくる魔物をこともなげに斬り伏せていた。

 ごくまれに、斬り伏せきれずに後ろへ抜けさせてしまう魔物もいるが、それぐらいならオレにだって対処できる。

 うん。もう、通常の魔物なら無理なく闘える実力をもち始めていると言っていいだろう。

オレのレベルもすでに15だ。

 「ほほう。まだまだ若いパーティーであろうと思っていたが、なかなかにやるではないか」

 後ろで見ていたおっさんもそう言っている。

 えらそうに。

 いったい何者・・・て、おいおい。

 オレは自分にツッコミを入れた。

 なんのためのタグなんだか。

 タグを展開すれば素性とか丸わかりだというのに、チェック一つしていなかったのだ。

 おっさんの身上書になんざ興味ないから、無意識に避けてしまっていたらしい。

 『トルミロス・アウダークス。ドヴェルグ族貴族。38歳。領主Lv32。セブルテメント州領主。公爵』

 ・・・領主でした。

 いえ、領主様です。

 貴族様で、公爵閣下です。

 偉い人です。

 なんで一人で冒険者ギルドなんかにいたんだよ。

 つうか、冒険者じゃねぇじゃん。

 身分詐称は犯罪だぞ。

 ああ、そういえばギルドのおねぇさんが、領主がクエストを乱発して迷宮対策に乗り出しているとか言っていたな。このおっさんをチラチラ見ながら。

 はぁ・・・いいや。

 オレはこのおっさんが何者かは知らん。

 さっさと『ベヒモステッキ』回収して帰ろう。

 タグは見なかったことにして、あとは迷宮の攻略にのみ意識を集中する。

 そのおかげもあって、迷宮に入って約二時間。

 おっさんが案内してくれたからでもあるが、一階層の『ゲートキーパー』に遭遇した。

 『ヒゲソルジャー』。三頭身で髭面の小人だ。身長一メートルくらい。だというのに手には三メートルはありそうな剃刀を持っている。

 シャラーラが突貫するが、三メートルもある剃刀を振り回されては迂闊に飛び込めないようで、さかんにフェイントをかけている。それでも、攻め入るすきを見いだせないようだ。

 ミーレスは、それをじっと見つめて微動だにしない。

 タイミングを計っているのだろう。

 設定値変更魔法の出番か?

 だが部外者が一人いる。

 切り札は見せない方がいい。

 オレは待った。シャラーラとミーレスを信じて。

 シャラーラが、二十何回目かのフェイントを入れる。これまで通り、ヒゲソルジャーが剃刀を振った。そこに、ミーレスが走る。

 振られたカミソリが大きく揺れて、ミーレスを迎撃に向かった。

 直後。

 剃刀は停止した。

 ヒゲソルジャーの右肩が潰れている。

 シャラーラの右拳が突き立っていた。そこに左拳が叩きつけられ、反動を利用してシャラーラが飛びのく。入れ替わるように懐に入り込んだミーレスが剣を振った。

 髭面が地面に転がり、魔素へと変わる。

 「見事じゃ!」

 おっさんが力強く勝利を讃えてくれる。

 『レアドロップアイテム』、『ヒゲキリノタチ』が手に入った。

 見た目、日本刀だ。

 って、髭切の太刀かよ!

 この世界、どうなってんだ?

 「神の業、か」

 そうとしか言いようがない。

 『業』と書いて「わざ」と読むか「ごう」と読むべきか迷うよな。

 考えるのはやめにした。

 とりあえず、名前負けしない名刀だったのでオレの装備品にした。

 居合斬りをした場合、速度と切れ味が200パーセントになる魔法がかかっている。ミーレスが斬り損ねて接近してくる魔物を、瞬時に斬り捨てるのには便利だろう。

 ともかく、ハードルを一つクリアしたのだから先に進む。

 次は三階層だった。

 魔物は変わらず甲殻類と貝だ。

 『ドロップアイテム』はナイフのような投擲武器に変わっている。

 このセブテントの迷宮では、階層が上がると材料ではなく、武器そのものが残るようになるようだ。

 一番多いのは苦無だろうか。忍者がよく持っている長細い奴だ。

 次が西洋の投げナイフっぽいもの。

 あとは変わらず鉛とか鉄の鉱石がちらほらと手に入る。

 それが、意外なところで影響し始めた。

 わかっていただけるだろうか。

 金属の鉱石がころころと手に入るということは・・・に、荷物が重くなるんだなっ・・・である。

 リュックサックがズシリと重い。

 すでに、ようやく五個になったアイテムボックスはフルに使っているのに、だ。

 容量的にはまだ半分ほどだが、重さはすでにパンパン時のそれを超えている。

 一度引くべきか?

 そんな風に思い始めたところで、三階層の『ゲートキーパー』を発見した。

 『ボウ・ズ』。卵みたいにツルツルな頭が二個と腕が二対ある弓兵だ。

 初の遠距離攻撃型の魔物。

 そうと見て取るや、ミーレスが右に、シャラーラが左へと走った。

 ジグザグに走って、的になるのを避ける。

 二人を追って、矢が飛びまくるのをオレは風切り音で確認していた。

 目でないのは・・・。

 ビィィィィィンっ!!

 腕にしびれが走る。

 二人が魔物の気を逸らしているすきに、オレはまっすぐに走っていた。目的はただ一つ。弓の弦を切ること。

 それが、うまくいったのを見届けて、オレは全力で逃げる。魔物と一対一で戦えると思うほど楽観者ではない。役目を果たしたら離脱するのが一番だ。

 オレが逃走する間に、左右から肉薄したミーレスとシャラーラが魔物に襲い掛かる。

 こうなれば必勝だ。

 もう大丈夫だろう、振り返った時には魔物は魔素となって消えていた。

 『レアドロップアイテム』、『シャクジョウ』を残して。

 長い杖の持ち手に、ちりんとなる金属の輪っかが三つついたものだ。

 錫杖だ。

 『シャクジョウ=治療系魔法の効果が1.5倍になる。』

 弓持ってたんじゃないのかよ!?

 ほんとに、『ドロップアイテム』出現の仕方には納得がいかん。

 だけど、これは役に立ちそうだ。

 メティスに持たせよう。今は客が全くいないようだが、いずれ役に立つかもしれない。『アイテムボックス』こと空間保管庫にしまった。

 「速い! なにより見事な連携じゃな」

 うむうむと、おっさんが偉そうに寸評している。

 いや、実際偉いらしいが。

 違う。オレはこのおっさんが実は偉いなんてことは小指の爪ほども知らんのだ。

 あ、そうか。

 「すみませんが、『ドロップアイテム』を少し持ってくれませんか?」

 一人、戦闘もせずに手ぶらでくっついてきているのだ。有効に使おう。

 丁寧に、実は図々しく頼んでみた。

 「ん? おお、かまわんぞ」

 おっさんは嬉しそうに、オレたちの荷物から間引いて、パンパンにした頭陀袋を抱えてくれた。これで、もう一階層、探索が続けられる。

 セブテントの迷宮階層に五階層に入った。

 魔物は甲殻類限定になった。

 はさみをカチカチいわせながら、オコゼのようにトゲトゲを背負って襲ってくる。

 見るからに痛そうなのだが、シャラーラさんは平然と殴りかかっている。

 『ドロップアイテム』は小型の盾や、アーマー系統の防具がちょこちょこ出るようになった。ただ、どれも低レベルの品ばかりで、いま身に着けている防具のほうが上等だから換金用アイテムにしかなりそうにない。

 もちろん例外はある。

 「お、これは装備できるんじゃないか?」

 食べ応えのありそうな黒いイセエビ『コクタンエビ』が魔素になって消え、出てきた『ドロップアイテム』を見て、オレは声を上げた。

 『黒衣の鉢金』。黒いハチマキに銀色の金属が張り付いている。

 『防御力:15。重量:10。耐久:20。魔力10』

 いつも通り、魔力を0にして、『防御力:25。重量:5。耐久:20。魔力0』に変えた。

 軽くしておいて防御力は上げるという変更だ。

 それでも防御力はあまり高くないが、現在誰も付けていない頭装備だ。つけないよりはつけた方がいいだろうことは疑いない。

 「そう、ですね。ご主人様がつけるといいと思います」

 ミーレスがそう言ってくれるが・・・。

 「いや、こういうのは前衛からつけた方がいい。ミーレスがつけとけ」

 必要度ではシャラーラの方が高いだろうが、なにしろミーレスは筆頭奴隷だ。シャラーラのあとというわけにもいくまい。

 「前衛から、でしたらシャラーラがつけるべきです」

 「お、おらっすか?」

 突然名前を呼ばれたシャラーラが素っ頓狂な声を出した。

 わたわたと、オレとミーレスの顔を見比べている。

「そうだな。シャラーラはいつも真っ先に突進するから、それがいいかもしれない」

 ミーレスの提案にオレも乗っかる。

 シャラーラに鉢金を手渡してやった。

 二対一。

 反論できる状況ではなくなったシャラーラが、おずおずと手を伸ばしてきて鉢金を受け取ると頭に巻いた。

 銀髪とウサギ耳の下に、黒いハチマキが映えまくる。

 「似合うじゃないか」

 「かっこいいですね」

 二人して褒める。

 シャラーラが、顔を輝かせた。

 それでモチベーションが上がったのだろうか、そこからシャラーラの怒涛の快進撃が始まった。出てくる魔物をほとんど一撃のもとに叩き潰していく。

 ドロップアイテムを拾い集めるのが間に合わないような勢いだ。

 そんなだから、それを目にしたのは意外に思うほど早かった。

 セブテント迷宮五階層の『ゲートキーパー』、『テントウムシ』。

 二足歩行の赤いテントウムシの魔物だ。シルエットだけを見ると雪だるまか?! と思うような外見をしている。

 そして、武器として槍を手にしている。だというのに、話によれば『レアドロップアイテム』は『ベヒモステッキ』・・・つまり杖だ。

 どうしても納得いかない気持ちにさせられてしまうが、もはや言うまい。生き物のように見える魔物が、魔力の煙になって消えると、何かが残る。それだけのことだ。

 「行くっす」

 タン! 小気味の良い踏切音とともに、シャラーラが前傾姿勢で突っ込む。

 テントウムシは、それを迎撃せずに右にステップして避けた。雪だるまみたいな見た目のくせに軽快に動きやがる。そこに、ミーレスが真っ向から斬りかかった。魔物がバックステップ。そこへ空振りに終わった襲撃から引き返してきたシャラーラが迫る。

 魔物が今度は左前方にステップ。ミーレスの剣が、あとを追う。大振りになって態勢を崩したミーレスを迎撃しようと、魔物が振り返った。

 その左前方にシャラーラが迫る。

 ミーレスとシャラーラに挟撃されようかという態勢。魔物も不利を悟ったのだろう、大きく後方に飛びのいた。

 ズブリ、気味の悪い音がした。

 ブルっ・・・震えが手元から全身に広がる。

 オレの握りしめた剣が、魔物の背中から胸へと突き抜けた。

 がはぁっ!? 大きな魔素の塊を吐き出して、テントウムシは一歩、二歩と歩き出した。剣が抜ける。魔物が振り返って槍を構えた。

 「はあっ!」

 その頭に、オレは渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

 頭蓋骨? 虫の場合なんていえばいいんだろう? わからないが、とにかくなにかを砕いた感覚が、剣を通じて伝わってくる。

 一瞬の硬直。その後、魔物は魔素となって消え、『レアドロップアイテム』の『ベヒモステッキ』が足元に転がった。

 「見事だ」

 おっさんが拍手してくれた。

 全然うれしくないが。

 とにかく、目的は果たした。

 『ベヒモステッキ』はミーレスが拾ってくれている。

 次の階層にうつってから、ギルドに戻れば公爵閣下ともおさらばだ。

もう会うこともあるまい。

 「閣下!」

 すると、そこに別のパーティーが駆けつけてきた。

 『リーズン・アクラネツヤ。ドヴェルグ族貴族。48歳。騎士Lv23。セブルテメント州騎士団長。騎士爵』

 先の反省から、即座にタグを確認させてもらった。

 騎士団長殿である。

 角刈りの頭、兜を小脇に抱えて走ってくる姿は48には見えないほど様になっている。

 後ろに付き従うのは騎士二人と・・・魔法使いが一人。

 「おお。リーズンか、早かったな」

 悲壮な顔つきで駆けつけてくる騎士団長に、あっけらかんと片手を上げてみせる公爵閣下。のんきなのか、大物なのか。

 「冒険者ギルドで聞きましたぞ。よそのパーティーに紛れ込むような真似はやめてください」

 「おお。許せ許せ」

 真剣な軍団長に、どこまでものんきな公爵の構図だ。

 「失礼した。こちらは当地の領主トルミロス・アウダークス公爵閣下。私はその騎士団長を務めます。リーズン・アクラネツヤ。冒険者殿にはご迷惑をおかけした」

 しっかりとした大人の態度で頭を下げてくる。

 この公爵にはもったいないような、できた人らしい。

 逆か、この公爵に仕えるには、これぐらいしっかりしていないとやっていけないのかもしれない。

 「いえいえ。失礼というなら、公爵様に荷物持ちなどさせてしまったわれらの方こそ無礼でありました。お許しを」

 オレだってやろうと思えばこれくらいのあいさつはできる。

 卑屈にならない程度に、へりくだって頭を下げた。

 「この者らは優秀じゃぞ。ずっと見ておったが、はじめての敵にも臆することなく立ち向かう。しかも、まるで申し合わせていたかのように連携をとるのだ。いや、わが騎士団の者たちにも見習わせたい腕前であった」

 人がせっかくへりくだっているというのに、公爵が持ち上げてきた。

 どこまで本気なのか。

 連携をとれているのは実を言うと『伝心の腕輪』の効果だ。オレを中心にしてパーティー内にネットワークが構築されている。

 「それはそれは、優秀な冒険者殿にはわれらも期待しておるところ。今後の活躍が楽しみですな」

 喜ばしい限り、と軍団長が破願した。

 そういえば、クエストを乱発してまで探索を進めてもらおうと必死なんだっけ、セブテントの迷宮については。

 実は人気ないのか、この迷宮。

 「この度は、クエストの発注を受けて参っております。普段はマクリアの迷宮を中心に探索させていただいております」

 普段からこの迷宮にいるわけじゃない。場合によっては二度と来ることはないですよ。と伝えておく。

 タペストリーを通れば数分で来れるとはいえ、変に期待をかけられるのは困る。

 「クエスト、でございますか。もしや、ハスムリト殿からのですかな?」

 『ベヒモステッキ』にチラリと視線を向けて聞いてきた。

 げっ。

 しまった。

 ここが発注元か。

 いやな予感がする。するが、いまさらごまかせない。

 「は、はぁ。その通りですが」

 「おおっ! なんじゃ、わしのクエストを受けてくれたのはそなたであったのか」

 奇遇じゃな、といきなり握手されてしまった。

 「ハスムリトの家とは曾祖父の代からの付き合いでな。よく頼みごとをする。これからは、お主らにもいろいろと頼むことになるやもしれぬな」

 くっ・・・藪蛇か。

 「わ、わたくし程度で役に立ちますなら・・・」

 か、考えようによっては、貴族との間にパイプができたわけだ。

 この世界で生きていくための足掛かりとなる・・・といいなぁ。

 破滅のきっかけになる可能性の方が高いように感じるのは、オレの被害妄想だろうか。

 「では、我々はクエストを終わらせねばなりませんので、失礼します」

 ともかく、頼みごと、とやらが具体的になる前に。

 オレは理由を付けてそそくさとセブテントの迷宮もセブルテメント州からも逃げ出した。

 「うむ、また会うこともあろう」

 ・・・会う羽目になりそうだなぁ・・・・・・。




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