仲介屋
これまでの一日の収入額の三倍を叩きだした翌日。
「ひとつお聞きしてもいいっすか」
もう、日々の生活費がカツカツになることもない、とリビングで一息入れていたオレにシャラーラが遠慮がちに聞いてきたのは、朝食を食べ終えてからだった。
ミーレスが食器を洗っているあいだハーブティー――昨日の稼ぎがよかったので帰りに鉄瓶と一緒に茶葉を 買って来た――を入れるのが彼女の役目らしい。
ちなみに、朝食はシャラーラがつくった根野菜のポタージュと、買ってきたパン。塊で買ってきたハムの薄切りと卵で、オレが作ったハムエッグというメニューだった。
「ああ。かまわないよ」
シャラーラは、オレの前にティーカップを置くとそのまま隣の席に座る。
「奴隷商のところで照魔鏡を見させていただいたっすが、それによればご主人様にはもう一人奴隷がいるはずだと思うっす。ですが、まだ会わせていただいていないっすよ?」
ああ、そういえば。とオレは小さなうなずきで答えた。
ハーブティーを一口、口に含んで飲み込む。
「メティスは隣の診療所にいる。会いたければすぐにでも会える。ただ・・・」
「覚悟のできていない者に会う必要はありません」
食器洗いを亜光速で終わらせたらしいミーレスが話に割り込んだ。
「覚悟・・・っすか?」
「そうです。奴隷として主に仕える覚悟のないうちは会う価値などありません」
「・・・覚悟もなく奴隷をしているんすか!?」
シャラーラの声がなんか黒くなった!? え? 覚悟ってそれほどのものなのか。
ミーレスが重々しいうなずきをシャラーラに送る。
うわ・・・なんか重い空気。
「ち、朝食後の休憩はもういいな? マクリア迷宮の探索に出かけよう」
ミーレスが待ってましたとばかりに装備を整え、シャラーラもさらりと用意を終えた。
そんななので、四階層の『ゲートキーパー』には昼前にお目通りできた。
一階層の時は十日かかったことを考えると隔世の感がある。
魔物のレベルがほとんど変わっていないのだから当然とはいえるのだが。
『キリギリサイス』。
キリギリスだ。
緑色の身体、発達したでかい後ろ足。
間違いなくキリギリスだ。
前足が鎌になっていなければ。
・・・素直にカマキリにするわけにはいかなかったのか、とツッコみたくなった。
この世界、ツッコんだら負けの状況が多すぎるぞ!
だが、ツッコんでいる余裕はなかった。
「うおっ?!」
でかい後ろ足での跳躍が早すぎて、躱すので精いっぱいだ。
出くわしたのが昼前でよかった。午後遅くで、昨日のように『ドロップアイテム』でいっぱいだったら避けきれなかった。
「ご主人様!」
ミーレスが真っ青な顔で叫ぶ。
そんな顔しなくても大丈夫。目に入りそうになった汗を拭って手を振った。
あれ? 手が赤い?
そう思ったとたん、世界が赤く染まった。
汗だ、汗が目に入った。いや、違う。汗じゃなく血だ。
躱し切れずに顔を切られていたのだ。
「この!」
剣を振って、見るからに的にしやすい脚を狙う。
ブォン!
空気が震え、魔物が消える。
跳躍したのだ。
瞬間移動並みの速度で。
「させないっす」
すぐ横にシャラーラがいた。
握り込んだ拳が突き出される。券圧で空気が震えた気がする。
オレに振り下ろされようとしていた鎌が、横に逸れた。
そこに、ミーレスが駆けつける。
頭や肩には届かない。
しかし・・・、カギンッ!、鈍い音がして、でかい後ろ足が一本、飛んだ。
オレの救援に間に合わないと判断したミーレスは、手近にあってなおかつ魔物の戦力を確実に削ぐ後ろ足を攻撃したのだ。
これはでかかった。
もはや、魔物は瞬間移動並みの跳躍ができなくなった。
やろうと思えばできるようだが、それをするとたいていは見当違いのところに飛んで、壁に激突した。
「攻撃中止、とにかくかわせ! かわし続けろ」
激突したのが痛かったのか、思うように飛べないという事実に苛立ったのか、むやみに飛び跳ね始めた魔物を見て、二人に指示を出す。
声より先に二人は一時的に飛びずさっていた。
『伝心』のおかげだ。
その間に、オレは一歩引いて顔の傷の治療もした。
魔物は、このまま放置していれば勝手に自滅する。
ムリに仕留めに行くことはない。
が、「シャラーラ?!」、突貫していくシャラーラの背中が見えた。
その背中が・・・裂けた?!
鎌が通り過ぎたのが見えたのだ。
真っ二つに・・・なっていなかった。
「残像っす」
こともなげな声が降ってくる。
見上げると、キリギリスの頭があった。その上にシャラーラが乗っていて・・・よく見れば、キリギリスの頭が陥没していた。
そして、・・・。
「危ないですよ」
ミーレスが駆け寄ってきて、オレを抱えるようにしてその場から離脱する。
巨大なキリギリスが落ちてきて、床に衝突する寸前に魔素へと変わった。
あとには、『レアドロップアイテム』が残る。
『霧のサイス』という小さな鎌だった。
『霧のサイス=振ると霧を発生させる。逃走用アイテム。』
「霧なんかで逃げられるものなのかな」
「魔法の霧ですから、それなりに効果はあるそうです」
タグを読んで、呟くとミーレスが答えてくれた。
便利な物らしい。
万一の時の気休めにはなるだろうか。
自問する。
いらないな。
いくつものゲームをクリアしてきたが、逃げるためのアイテムを使ったことはない。
あると思って油断して、使ってみたら三回連続で失敗。回り込まれて全滅、という大昔の経験から勝てない戦いはもとからしないことにしていたからだ。
いまはゲームではなく、本気で死ぬリアル。
逃げなきゃならなくなるようなことは、そもそもしない。
それよりも・・・。
「なんか、急に強くなってないか?」
「四階層の『ゲートキーパー』ですから」
「え?」
「四階層ですから、一階層より強いのは仕方がありません」
あ、普通の魔物の強さは変わらないけど、『ゲートキーパー』の強さは階層に準じて上がるんだ?
それ、早く言ってよー。
文句を言いたくなるが、まぁいいと思い直す。
気が付かなかったオレの落ち度でもある。
言いたい文句はもう一つあるし。
「シャラーラ。無茶し過ぎだろ!? 避けてれば倒せてた相手だぞ」
かわし続けろと命じたのに、突撃していったことを叱る。
危険なことはしてほしくない。
「あいつ、苦しんでた。苦しみから解放してやるのも敵の務め」
眉を吊り上げて、そんなことを言う。
武士の情けとか、そういうことを言いたいのだろう。だが・・・。
「勝算はあったんだろうな?」
オレだって、倒したことを責めているわけではない。
肩を並べて戦うようになってから、まだ二日。
実力も完全には把握していない。そんな中で無茶をされて、心配さシェリィれたから叱っているのだ。
倒せると知っていての突貫だったのか、楽にしやりたいという思いだけで突っ込んだのか。そこが重要だ。
シャラーラはオレの顔を少し険しい顔でじっと見つめてきた。もう少しで見つめるが睨み付けるになろうという微妙な目。
それが、不意に緩む。
わたわたと目が動いたあと、なぜかしょんぼりとした顔をした。
「仲間・・・ううん。家族守るのも、おらの務め。無理はしない。心配かけたの、悪かった。ごめんなさい」
オレの気持ちを分かってくれたらしい。
こいつは信頼できる。
シャラーラを抱きしめた。
「あ・・・」
「すごかったぞ、ありがとな」
頭を撫でて、褒めて、お礼を言った。
うまくやっていけると、確信した瞬間で、きっと、本当の家族になった瞬間だ。
四階層から出た先は、三階層だった。
魔物は変わらず、『ゲートキーパー』も『キリギリサイス』より一つ弱いはず。
そう考えれば、余裕が持てる。
このあとは、快進撃が続いた。
さっきのことで、絆の深まったオレたちの前に敵はない。
あたるを幸い。魔物をどんどん狩っていく。
そして・・・。
「は、半日で攻略、ですか」
ミーレスが頭の痛そうな声を出した。
三人とも荷物がパンパンになった夕方、三階層の『ゲートキーパー』と遭遇した。
『ランオウム(卵黄虫)』。卵の黄身のように黄色い芋虫だ。
体長三メートルほどの。
「糸でも吐くのかな」
ゲーム内での魔物では、ポピュラーと言っていい相手だ。
攻撃方法とかは予想できる。
一応、真正面には立たないよう気を付けて、間合いを詰める。
糸は吐かなかった。
かわりに突進してきた。
横に。
「はあ?!」
カニか貴様?!
「舐めんなっ!」
確かに予想外だが、こんなんでやられてたまるか。
横長の壁が迫って来るのを、タイミングを計って飛びあがる。
うっ、荷物が重い。
それでも、飛び越えることには成功した。
オレを仕留めそこなったランオウムが、再び突進しようと蠢動する。そこへ、シャラーラが突進した。
次の動きに備えようとする魔物の腹に、シャラーラの小さな拳がめり込んだ。
たまらず、魔物の口から黄色と白のまじりあった体液が吐き出される。
相当応えたようで、逆海老状に反り返った。
そこへ、ミーレスが容赦なく斬りかかる。2テンポ遅れて、オレも加わった。
芋虫の柔らかな体が、ズタズタに切り裂かれていった。
そして、魔素へと還る。
あとに残ったのは、『繭玉』という『レアドロップアイテム』だ。
装備品を作る素材の一つらしい。
シルクのようなものでもとれるのだろうか?
たぶん、そんな風なものだろう。
次の階層へ進んでから、帰路についた。次は七階層だ。
勢いだけで突っ走るのは危険だ。この辺が潮時だろうと判断する。
さすがに荷物が限界だった。
帝都の冒険者ギルドに飛び換金。『レマル・ティコス』で夕食といういつものルーティンだ。夕食が済んだら、ベッドでスキンシップをはかり風呂で疲れをとるのも、いつものルーティンだ。
平原に色とりどりのテントが並んでいる。
太陽はまだ低い位置にあるのだが、すでに人であふれていた。
『平原の大バザール』と銘打たれた、いわば蚤の市だ。
商人ギルドが主催してはいるが、管理はされていないという。
「何でもありよ。人も盗品も、何でも売ってるし何でも買うわ」
存在を教えてくれたリティアさんの言だ。
かなりきわどい話だが、それでも主催は商人ギルド。体裁としては合法で安全な交易場、ということになる。
なんで貯蓄ゼロの貧乏人のオレたちがここにいるかと言えば、昨日手に入れた『レアドロップアイテム』を売るためだ。
冒険者ギルドで換金しようと思っていたら、リティアさんがそっと近づいてきて「『レアドロップアイテム』は出すな」、と耳打ちしてきたのだ。
換金台に置きかけていた『霧のサイス』を、なるべく自然に見えるよう気を付けて、ミーレスに持たせることで換金対象から外した。
で、換金台に出させなかった理由というのが・・・。
「オークションか」
そうオークション。
ここで開かれているオークションに持ち込めば、冒険者ギルドの倍とまではいわないが五割増しぐらいの値段で売れる、らしい。
その程度なら、時間を半日空けてまで行くこともないと思わないでもないが、一度行っておいても損はないだろうとも思う。
ミーレスとシャラーラが、オレの歩調に合わせて右斜め前と左斜め後ろに付き従っている。完全に要人警護態勢だ。
そんなことをする必要はないと思うのだが、彼女たちにとっては必要不可欠なことらしいので、好きにさせている。
賑わっているテントの群れを横目に、速足で歩いた。面白そうなものがたくさん並んでいて、一度立ち止まったら動けなくなりそうだったのだ。
立ち止まったところで、なに一つ買えない懐事情では悲しくなるだけだ。
オークション会場はバザールのはずれの一番大きなテントだというので、今はそこに向かっていた。サーカスのテント並みの大きさのテントが、行く手には見えている。
クレーンもないのに、どうやって? と思うが、考えてみれば明治時代にもあの程度のテントはあったはずで、人力でもなんとかなるのだろう。
この世界には魔法もあるのだし。
手には、リティアさんからもらった紹介状がある。
オークションを利用するには自分でやらず、仲介屋を使うのがセオリーだと言って知り合いを紹介してくれたのだ。
ギルドのではなく、個人的な知り合いだそうだ。
大テントの脇まで行くと、さすがにちょっとだけ大きさに驚いた。
テントなのに家が丸ごと入りそうだ。それも庭付きの邸宅規模が。
「なんか用か? ここは坊やがくるにはちょいと早いと思うがね」
中年のおっさんが声をかけてきた。
さっきまで、テントの横でタバコを吸っていたはずの男だ。
仕事をしようというより、暇潰しにからかってやろうとの、にやけ面をしている。
暇らしい。
仲介屋だとしたら、多分使えない奴だろう。使える奴なら、依頼を片付けるのに忙しいはずでオークション会場に張り付いているだろうから。
半歩、進み出そうになったミーレスを遮るように前に出て、オレは丁寧に会釈した。
「仲介屋のハスムリトさんを探しているのですが、どこにいらっしゃるかご存じないでしょうか?」
ハスムリト。それが、リティアさんから紹介してもらった仲介屋の名前だ。男は露骨に表情を変えた。
「ハスムリトさんのお知り合いでしたか、こちらへどうぞ」
腰を低くして、揉み手までしながら案内を買って出てくる。
さすが、リティアさんの知り合い。かなり有名な人のようだ。
案内されたのは、大テントから少し離れたところにある薄汚れたカーキ色のテントだった。周囲が赤や青と、派手なせいでものすごく貧祖に見える。
羽振りのよくない人なのかと思いそうになるが、そうではないだろう。派手な広告なんてなくても客が来る。という自信の表れではないかと思う。
「ハスムリトの旦那。お客人ですぜ」
「客?」
男の声が、不審げに問うてくる。
中から、紙の束をガサゴソと動かす音が聞こえた。
「常連客と会う約束はしてねぇ。新規の客は受ける暇がねぇ。帰んな」
おおっ。
やっぱりそうか。
客がたくさんついている人なのだ。
なにがいいのかはわからないけど、たくさんの客を抱えていられる人物なら、任シェリィれる。
「おい」
案内してきた男が、再び剣呑な顔を向けてきている。
考え事してる場合じゃないな。
「帝都の冒険者ギルド職員リティアさんから、紹介状をいただいている者なのですが? 会っていただけませんか?」
テントの向こうに声をかける。
ぶふぉっ!
と、噴く声が聞こえた。
「リティア嬢の関係者か?!」
ばさっ、とテントの幕が開いて身なりの良くない。言ってしまえばみすぼらしい青年が飛び出してきた。
オレを一瞥して、案内してきた男に銀貨を数枚投げてやる。
「ごくろうさん」
さっさと消えろ、そう言わんばかりの声音を叩きつける。案内してきた男は銀貨を受け取るとすごすご戻っていった。
「入ってくれ」
中は、羊皮紙の束で足の踏み場もなかった。
それをハスムリトは両手で無造作に搔き集めると、自分の後ろに投げ捨てた。
「紹介状を見せてもらおうか」
荒事とは無縁なことが一目でわかる手が差し出された、オレは手に持っていたリティアさんからの紹介状を手渡した。
ハスムリトはすぐに開いて読み始めた。
「こいつぁ・・・ずいぶんと気に入られたようだな。なにをした? いや、答えなくていい。知りたいわけじゃない」
だったら聞くなよ。
「『霧のサイス』の売り、か。つまらん仕事だな。こんなことでリティア嬢が紹介状なんて書くわけねぇんだが・・・。書いてるっつうことは、これを機会にあんたの役に立てってことなんだろうな」
後ろ頭をぼりぼり掻きながら、ハスムリトはリティアさんの紹介状を見ている。
「ほんとになにもんだ? いや、答えなくていい。詮索はするなと、念押ししてるからな」
だから、答えを聞く気のない質問はすんなよ。
「まぁいい。請け負ってやるよ。五割増しで売れるかはわからんがな。手数料は売買代金の一割だ。十万儲かろうが損しようが、それは変わらん。いいな?」
「わかりました」
なにか言いそうになったミーレスを制して、そこは受け入れる。
売買代金の一割。
つまり、仲介屋が少しでも儲けようと考えれば、なるべく高く売ろうとするということだ。
こちらにも基本的に損はない。
仲介屋が、交渉相手と結託しているということでもない限り。
「ところで、お前さんらはセブテントの迷宮に入ったことはあるか?」
突然そんなことを聞いてくる。今回は答えを聞きたい質問らしい。
「いえ、行ったことはありませんね」
「そうか。なら、一つクエストを発注させてもらおう」
「クエスト、ですか?」
正直、貧乏冒険者の我が家としては稼ぎになるなら何でも大助かりだ。だが、そんな低いレベルの冒険者に出すクエストってなんだ?
疑問が顔に出たのだろう、ハスムリトが両手を広げて質問を制した。
「その迷宮の五階層、入って三つ目の『ゲートキーパー』を倒して、その『レアドロップアイテム』を持ち帰ってほしいのさ」
ああ、なるほど。
理解できた。
『レアドロップアイテム』は初討伐報酬だ。取りに行けば手に入るわけではない。初挑戦の冒険者にしか手に入れられない。
どんなに熟練した冒険者でも手に入れることのできない。低レベルの、もしくはその迷宮に入ったことのない冒険者でないと手に入れられないアイテム。
低レベルの冒険者にこそ頼みたいクエストというわけだ。
「わかりました、やりましょう」
『霧のサイス』のほうは三日後ぐらいには売れているだろうから、そのころまでに持ってくるということで話はついた。
目指すは、セブテントの迷宮五階層。『ゲートキーパー・テントウムシ(転倒無し』の『レアドロップアイテム』。『ベヒモステッキ』だ。




