第3話 白銀の魔王
第三世界【アンダー】はその名の通り、地下に存在する世界だ。
いや、正確に説明するのであれば、『地中』しか存在しない世界だ。世界一つが丸ごと、地下ダンジョンの体裁を成しており、魔族たちの手によってその七割が掌握されている。
この【アンダー】では、強力な魔物や、魔族が仕掛けた魔法トラップの数々が襲い掛かり、果てには魔王と呼ばれる魔族の王が、軍勢を率いて拠点を襲撃にやってくる。前線中の前線であり、むしろ、人類にとってはこの【アンダー】自体が、黄泉路へと続く世界のようなものだ。
その凄惨かつ、すさまじい戦況は、【キーホルダー】であっても、消耗は免れない。
「……これはこれは、光栄ですね。まさか、彼の大戦の英雄が僕の相手をしてくださるとは」
そこは【アンダー】に住まう魔族が作り上げた拠点の一つだった。
魔族がダンジョンを改造し、都市国家クラスの住居と、防錆設備を整えた、人類を防ぐ盾であり、人類に兵を送り出す矛。
内部の住居域を守るように、白亜の対魔力物質で建てられた同心円の砦である。
その砦の外側で、対峙している勢力が二つ。
一つは、白銀の鎧を纏った金髪碧眼の美少年――白銀の魔王という二つ名を持つ魔王が率いる、総勢二百超の魔族と魔物の混成軍。
「おいおい、あんまり過大評価してくれるなよ、白銀の魔王。俺なんざ、ただその場に居合わせただけの端役に過ぎねぇさ。強いて言うなら、皆の勝利って奴だよ」
一つは――――佐藤平助、黒の騎士とあだ名される【キーホルダー】ただ一人。
「なら、なぜ単身でここに? 失礼ですが、少しばかり僕たち魔族を侮り過ぎでは? これでも、『歪曲魔銃』とは一進一退の戦いをしていたのですが」
「まー、中級クラスの魔王と、完全装備の軍勢が相手なら、そりゃ善戦ぐらいするだろーよ。つか、あの魔道スーツこっちの最新技術超えてるじゃねーか。ったく、技術チートどもを捕まえ直して、一度くらい技術革命させないと追いつけねーな、こりゃ」
平助は大仰に肩を竦めて見せる。
頭部もすっぽりと兜が覆っているので、表情は見えないが、にじみ出る『めんどくせぇオーラ』が、平助が本当にうんざりしていることを証明していた。
「……わかっているのなら、なおさら、無謀では? いえ、そうか。それほどまでに、我々と彼の英雄たちとの力の差はあるのだと、そうおっしゃりたいので?」
「さてな? ただ一つ言っておくと、俺はここに死にに来たつもりはないと答えておこう」
「…………」
白銀の鎧と、漆黒の鎧が対峙する。
ぴりぴりと、大気がはじけ飛ぶ寸前のような、見えない圧力によって押し合い、緊張感を生み出す。
「――では、ご教授いただきましょう」
先に動いたのは、白銀の魔王だった。
「破邪の剣よ、あれ」
白銀の魔王が右手を上げると、それに呼応して膨大な魔力が複雑な公式を一瞬に
して編み、魔法が行使された。
行使された魔法は物質創造。魔力によって、万物を創造し、固定化する難易度の高い魔法だ。一時的に物質を創り出しても、その物質を世界に固定させるほどの術者は少ない。
ましてや、一瞬にして数千のオリハルコン製の剣を創り出すなんて芸当は、【キーホルダー】を除き、魔王にしか許されていないだろう。
「油断はしません。最初から全力でいかせてもらいます」
白銀の魔王が手を振り下ろすと共に、オリハルコンの剣は、音速を超えた速度で平助の下に撃ち出された。
オリハルコン。
それは全世界で最も硬度の高い物質。その物質で鍛え上げられた剣は、どれも名のある魔剣か、聖剣となった。促成であろうとも、その刃が数千。魔法を貫く性質を持ったそれは、どれだけ強固な魔力障壁も貫き、音速を超えた速度は平助を逃がさない。
「……ぐっ」
虚空から大剣を取り出し、一振りで数百の刃を平助は弾く。
通常なら、その一振りでも敵の軍勢を壊滅させるほどの威力を秘めているのだが、なにせ、相手は数千のオリハルコンの刃。平助の斬撃でも砕けず、撃ち漏らした刃は、黒の鎧を貫いて、平助の体へ突き刺さる。
「が、あぁああああああっ!」
獣の咆哮の如き叫びを上げ、平助は大剣を振るい続け、音速の刃を弾き続ける。既にその体には、数十の剣が突き刺さっているが、平助の動きは止まらない。動く度に、血が吹き出て、黒い鎧を伝うが、まるで狂戦士のように、己を顧みない突進を敢行する。
「全魔法部隊! 紫電の雷を放て」
『了解っ!!』
しかし、その突進を、二百超の雷魔法が阻む。
幾重にも重ねられ、威力を増大させた紫電の魔法は、平助の鎧の魔法防御すら貫通してその体を痺れさせる。強制的に、筋肉の動きを電気で見出し、その場に伏せさせる。
「偉大なる王の名においてマナに命ず」
オリハルコンの剣と、紫電の雷。
最大火力の二重攻撃により、平助の動きを止めると、白銀の魔王は物質創造魔法に加えて、もう一つの全力を叩き込むべく、詠唱を開始した。
「刃を成せ。理を貫け。雷よりも速く。刹那を刻め。我が白銀の誇りをその一撃で証明しろ」
膨大な……それこそ、周囲のダンジョンを構成している魔素すら分解するほどの魔力の奔流が、白く圧縮されていく。元素がはじけ、生み出す過程ですらその余波の雷鳴で、地面が、天井が、壁が、崩れ去っていく。
「撃ち抜け、白の剣」
作り上げられたのは白雷の剣。
人間の平均魔力では、一万人がかりでも抽出できない膨大な魔力を、精緻な操作技術により圧縮し、『敵を撃ち抜く』という指向性を持たせた、白銀の魔王、最強の一撃だ。
引き絞られた弓から矢が放たれる矢のごとく、それは周囲の空間をひび割れさせ、発射された。直後。刹那さえ刻む速さで、黒騎士の胴を穿つ。辛うじて視認できるのは、白の残光のみ。
そして、その一撃は例えオリハルコンの防御ですら貫くのだ。
避けることも、防ぐことも叶わぬ一撃。加えて、貫いた後、魔力制御が緩んだ瞬間に、穿った対象ごと、白雷の剣は超電圧の奔流を生み出す。
「英雄に対して敬意が足りなくて申し訳ない。僕たちは弱いので、貴方が本気を出す前に倒させていただきました」
破壊の後には何も残らなかった。
クレーターの如き、円状の消滅痕があるだけ、黒騎士の血液一滴すら見当たらない。
完全なる破壊、消滅である。
「……さすがに、少々無理をし過ぎましたが、命ぐらい削らなければ、対抗できなさそうでしたので。ははっ、申し訳ない」
『おぉおおおおおおおっ!!』
勝利を確信した白銀の魔王は、ふぅ、と安堵で胸を撫で下ろす。
背後に控える軍勢は、己が使える王が、魔族の仇敵を討った大功績に完成を上げ、歓喜に酔いしれる。
白銀の魔王――ケイン・エルフェン。
元々、魔族は人類よりも圧倒的に魔法に長けた種族なのだが、その中でもさらに選び抜かれた天才が魔王と呼ばれる存在である。
特に、ケインは物質創造魔王と、雷属性の魔法の二大特化。さらに、その両方の属性を合わせた、白の剣という必殺の一撃を生み出す才能。まだ生まれてから若い個体だが、このまま順当に成長していけば、【キーホルダー】たちを討つことはもちろん、かつて、大魔王直属の配下として君臨していた始祖の魔王たちに並ぶ実力者になれただろう。
「あー、もしもし? 喜んでるとこ、空気読めなくてわりぃけど、そろそろ第二ラウンド開始してもいいか?」
そう、なれたはずだった。
佐藤平助。
黒騎士と呼ばれる、大魔王殺しの英雄に出会わなければ。
「……馬鹿な」
ケインは驚愕で目を見開く。
背後に控える魔族たちは、その光景が信じられず、何度も己の目を擦り、現実を疑った。
だが、それでも事実は変わらない。
「いやはや、見事な戦略と一撃だ。下手な【キーホルダー】だったら、なすすべなく殺されていただろうよ。まったく、見事。おめでとう。百点満点をやるよ」
完全な破壊があったはずの、その場所に、平助は立っていた。
五体満足。
纏う鎧には傷一つも無く。
平然と、何事も無かったかのように。
「――っ! 固有能力による幻覚ですか!? 今まで僕たちに、幻覚を見せていて、それで、攻撃を当てさせもしなかったと!? 馬鹿な。魔王である僕の耐性を貫通するほどの、精神攻撃なんて……」
「あー、違うぞ。俺はきちんと全部食らったよ。うん、超痛かったわ。軽く泣いた。で、最後の攻撃でかなりダメージを受けたから、地下に潜って回復して、戻ってきただけ」
平助は特に自慢するようでもなく、淡々と説明する。
「回復に関してはアイテムを取り出してそれで回復しただけだ。後、この鎧は自動回復機能付きだ。その分、防御力にはちっとばかし難があるけどな」
ゆっくりと、平助は己の手で兜を脱ぎ棄て、へらりと笑う。
そこにあるのは、冴えない男の情けない笑みだけのはずだ。美形で、誰もが目を見張るケインと比べようもないほど、冴えなく、敵を威圧する意図なんて欠片も無い。
「……ぐっ」
だが、それこそが、ケインは恐ろしく感じた。
思わず、後ずさりをしてしまうほどに圧倒された。
こんな超常の戦場で、そんな顔で笑えてしまう平助の精神性に、悍ましさを抱いてしまったのである。
「ちなみに、言っておくぜ。俺は英雄と呼ばれる奴らの中でも、特に火力に特化しているわけでもない。動きが速いわけでもない。何物も拒む防御力を持っているわけでもない。回復力だって、こんなもの、【キーホルダー】の中じゃ、中の下クラスだ」
兜を脱いだ動作と同じく、ゆっくりと、緩慢にさえ感じる歩みで、平助はケインに近づいていく。
「固有能力はそれなりに特異だが、代償がひどくてな。あんまり大規模に使いたくねーんだよ。だから、仕方なく鍛えて、それなりに頑張っている。それでも、達人と呼ばれる奴らには、到底かなわないほどの練度でしかねーけどな」
じわり、じわりと。
恐怖感を煽るかのように。
「でもな? こんな俺にも、一つだけ自慢できるようなささやかな能力があってな。さて、何だと思う?」
「――っ、剣よ!」
迫りくる謎の威圧感に堪えかねて、ケインは再びオリハルコンの剣を生み出す。全力の時とは違い、その数は数百にまで落ちていたが、それでも、雷の如く撃ち出せば、平助に回避は不可能のはず……だった。
「縛れ、ヤドリギ」
けれど、オリハルコンの剣は撃ち出されることなく、その全てを緑色の鞭が縛り取った。みると、平助の背後には、突き立てられた大剣が。そして、そこから無数の蔦を伸ばすヤドリギの姿がある。
「それはな? 戦闘続行能力だ。どんなに致命傷を負おうが、疲労しようが、あらゆる手段をもって復帰し、敵対者に逆襲する。数百の軍勢が相手だろうと、魔王が徒党を組んで襲い掛かってこようと、俺は簡単に殺されてやらないのさ」
戦慄するケインに対して、へらへらと平助は告げる。
「俺を殺したかったら。せめて、さっきの全力攻撃を数十時間連続で続けないとな?」
告げられた言葉が、冗談でも、誇張でもなく、ただの事実だと認識した瞬間、ケインはこの場での勝利を諦めた。
「総員っ、速やかに転移石で退避を――」
「させねぇよ?」
せめて、部下たちを目の前の化物(平助)から逃がそうとするケインだったが、それよりも早く、平助が動いていた。
「喰らえ、ヤドリギ」
たん、と足踏みを一つ。
ただそれだけの動作で、軍勢の足元から無数のヤドリギが魔族の熱を求めて、地中から槍の如く突き出される。
「あぁ……みんな……」
ケインの悲痛な声が、平助が成した惨劇の凄惨さを物語っていた。
魔族が、仮にも、人の形をした者たちが、一人残らず緑の鞭に貫かれ、血を啜られ、まるで、出来の悪いコズミックホラーのような光景の材料となっている。
「泣くなよ、白銀の魔王。殺しているんだ、殺されもするさ」
既に戦意喪失したケインの胸板を、平助の手刀が易々と貫く。
オリハルコンの鎧ごと、あっさりと。
「だから、俺が殺されるまで地獄で待ってろ」
ずるりと平助が腕を引き抜くと、絶命したケインの体が力なく地面に倒れた。
「…………なんて、恰好つけてはみたものの」
ケインの死体の瞼を静かに降ろすと、苦笑気味に平助は呟く。
「この世界って輪廻方式だからあの世とかって無いらしいんだけどな?」
この日、平助の手によって魔族の拠点の一つは潰された。
都市国家レベルの拠点が、廃墟と化すまでに。
黒騎士の名前を知る者の中で、その実力を知る者は、当然だとばかりに特に感想を抱かず。ただ、英雄の名を知らぬ新参たちは、改めて古参兵の恐ろしさが身に染みた出来事だった。




