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黒騎士の本音  作者: 梔子
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プロローグ

 鬱蒼と生い茂る密林。

 木々の合間を縫うように移動する、迷彩色の兵士たち。その手には様々な火器が。

 青い月と、赤い月が二つとも浮かぶ夜空。

 鳴り響くは銃声と、大地を揺るがす咆哮だ。


「くそっ、徹甲弾が効きません!」

「銀の弾丸も魔力障壁を貫けません!」

「隊長! やはり、歩兵の火力では限界が――あぁああああああっ!」

「おいっ! 猫の二番! 応答しろ! …………くそがっ!」


 ずずん、と地面の揺らぎ、木々が踏み砕かれる。

 巻き込まれて死んだ者は存在するが、実際、それにとっては攻撃ではなく、ただの移動。本当の攻撃はこれから行う。


『GAAAAAAAAA!!』


 咆哮と共に吐き出されたのは、岩すら溶かす灼熱の炎。

 森を飲み込み、一瞬で蒸発させていくその暴威は、兵士たちの半数を即死させ、残り半数の兵士に致命傷を与えた。


「あぁ、畜生……どう、して…………どうしてっ! こんなところに火竜が居るんだよ!?」


 兵士の中の一人は、悠然と君臨するそれに向かって叫び声をあげる。ただし、代償として、炭化した体の部分が砕け、絶命してしまったが。

 そう、彼らが相対していたのは、第二世界【ファンタジー】に存在する魔物の中でも、最上級の存在、竜種だ。全長十メートルほどの巨大な紅蓮の体躯に、鋭い爪。その鱗は銃弾など簡単に弾き、無意識に展開している魔力障壁は、あらゆる魔法の効果を大幅に削る。口から吐き出される炎は、岩すら溶かし、人間などかすっただけで塵に還るだろう。


 本来なら、ダンジョンの最奥にしか存在しないはずの上級魔物。それが、特殊兵装も持たない兵士たちが警備する村までやってきたということはつまり、この火竜が、特異発生した奇行種であると推測される。

 つまり、一か所に留まる事をせず、旅をするように世界を飛び回り、目に付いた人類を駆逐する災害だ。


「逃げろ! 逃げろ! とにかく逃げるんだ!」

「ちくしょう! 警備をしていた奴らはどうした!?」

「お母さん! どこ!? お母さん!!」

「俺はいいから、お前だけでも逃げろ! 早く!」


 その村は密林の中に存在するエルフたちの物だった。

 多数存在する人類種の中でも、森の中で生き、森の中で死ぬことを美徳とする隠者の如き、長命種族。彼らが扱う弓矢は、一キロ先の目標にだって、針に糸を通すような精密さを持って飛び、獲物を射抜くが……残念ながら、竜種の魔力障壁の前では爪楊枝同然。そして、爪楊枝では竜の鱗は貫けない。

 精霊種と契約したハイエルフでも居れば、竜種にも対抗できただろうが、この村は比較的人類と友好的なエルフたちの集まりだった。エルフより高慢であり、己の種族が何よりも高貴であると信じて疑わないハイエルフたちが、居るはずも無し。

 すなわち、これから行われる悲劇は必然である。


『GAAAAAAA!!』


 その火竜の咆哮は歓喜だった。

 魔物は生まれながらにして、人類を虐殺するための本能を魔王によって、魂に刷り込まれている。だから、相手が何を言おうが躊躇わないし、むしろ、悲鳴は心地いい調べだ。


「ひゃ……あぁ、おか、おかーさん」


 そして、村で最初の犠牲者になるのは、小さなエルフの少女。まだ幼く、背丈は大人の半分ほどしかない、小さな体。そんな体では、竜の咆哮を聞いただけで、砕けてしまいそうだ。


「おかーさん、おかーさん」


 繰り返すように母の名前を呼ぶが、母は来ない。

 なぜなら、母は――周辺警備を行っていた兵士たちを束ねる体調であった、彼女の母は、既にその火竜によって塵すら残らず焼き尽くされたのだから。

 だから、涙を流そうが、尿を垂れ流そうが、何をしても無駄だ。

 助ける者なんて存在しない。


「う、あぁあ……」


 竜の顎が開かれる。

 喉の奥から、紅蓮の炎がちろちろと真っ赤な舌を覗かせ、エルフの少女ごと、村を蹂躙しようと――――



「喧しいぞ、トカゲ風情が」



 どっ、という鈍い音が鳴ったかと思うと、竜の顎を一振りの大剣が貫いていた。ちょうど、顎を無理やり閉じるかのように。魔力障壁と、紅蓮の鱗をバターの如く貫いて。


「ったく、ダンジョンから帰ってきたかと思えば、この有様だ。くそが。残業手当を要求するぜ、クソ政府が」


 悪態を吐きながら、夜空から降下してきたのは黒の全身鎧を纏った戦士だった。

 ごつい装備をしていながら、背丈はそれほど大きくない。中肉中背の体は、例え、鎧を纏っていたとしても、小山の如き竜の体躯の前では霞む――はずだった。


「それよりも、このトカゲだよ、トカゲ!」


 一振り。

 剣も握っていない、ただの手甲を付けただけの拳の一撃。ただ、それだけで火竜の体は揺らぎ、みしみしと音と立てて崩壊していく。赤い鮮血をまき散らして、苦しげに鳴いて。


『なぜだ?』


 呻く火竜は、己の言語ではなく、人類の言語の念話で黒の戦士に問う。

 それは、己の魔力障壁が破られたことでも、自慢の鱗を軽々と貫かれたことでもない。


『なぜ、我の固有能力を――予知を覆せた!? 例え、『鍵持ち』の化物だとしても! 世界の運行を司る、運命というプログラムには逆らえないはずだろう!?』


 火竜が誇っていたのは、己の顎から吐き出される紅蓮ではない。真に頼りにしていたのは、運命の糸を辿り、未来を知る予知能力。この能力によって、今まで火竜は恐るべき敵と戦わず、人類の抹殺を行ってきたというのに。

 けれど、黒の戦士はその問いに対して、嘲笑で返す。


「運命とかー、プログラムとかー、世界の運行とかー、なんですかそれー? やー、やめてくださいよ、そういう厨二臭い単語連発ぅ。言っておきますけどぉ、俺の装備が黒いのは、俺のチョイスじゃないですからぁ。今時、全身黒装備とかだっさいの着てるのは、ビジュアルより、実用重視だからですしぃ」


 それはもう、ものっすごい、勢いで煽った。


『GAAAAAAA!!』


 ネット上で、今まで数多くの掲示板を炎上させてきた戦士の煽り能力は、第二世界の竜種にも通じたらしい。火竜は、貫かれた顎を無理やり広げ、そこから己の怒りを体現させたような真っ赤な炎を吐き出そうと最後の咆哮を上げる。

 ――それが、火竜の断末魔となった。


「喰らえ、ヤドリギ」


 黒の戦士が最初に突き立てた大剣は、実は金属製ではない。ましてや、オリハルコンや、伝説の金属を使った特殊兵装ではない。

 けれど、それよりも貴重な――植物性の大剣だ。ハイエルフが暮らす神聖な森に存在する、火を食らい、成長するヤドリギ。その特殊な植物を特異な製法によって、鋼鉄よりもはるかに硬くし、大剣の形状を取らせている。

 つまり、そんなヤドリギの大剣の前で炎を吐こうなんてすれば、


「やれやれ、一度展開したら回収するの面倒なんだぜ、それ」


 緑の刃に全身を貫かれた、哀れな火竜の串刺し死体の出来上がりだ。


「つーかよぅ」


 そして、もはや問うた相手が居ない時に、呆然とした表情で黒の戦士を眺めるエルフの少女に言い聞かせるように、黒の戦士は呟いた。


「運命なんて、覆してなんぼだろうが」

「……あっ」


 ひょい、と黒の戦士は何気ない動作でエルフの少女を肩に担ぎ、そのままどこかへと歩いてく。もうすでに、エルフの少女は泣いていない。


「あーあ、クソ。絶対、後から文句言われるぜ……今日はネトゲでボス戦だったのによぅ」


 ぶつぶつと、黒の戦士は未練たらしく愚痴を垂れる。


「大体、なんで俺が三次元の女を助けなきゃならねーんだよ。幼女じゃなかったら、絶対に助けな…………って、あれ? エルフって人間よりも年上だよな? 基本そうだよな? え? ひょっとして、ロリババア助けちゃった? 俺? や、でも、精神年齢は別だし……」

「あ、あの……」

「あんだよ?」


 恐る恐る声をかけたエルフの少女に、黒の戦士は乱暴に応えた。


「あ、ありが、ありがとうございます……」

「うっせ、ばぁか。お前、泣きたい時は泣けよ、ばぁか。何、俺なんかに遠慮して、感謝の言葉とか言ってるわけ? はぁ? そんな聞きなれた言葉なんていらねーよ。これからお前はかなり大変な人生送るんだから、今のうちに泣き喚いとけよ、幼女が」


 お礼の言葉を言うエルフの少女に対して、棒読みで、しかもぶっきらぼうな言葉を返す黒の戦士。けれど、よくよく聞いてみると、内容自体はエルフの少女の事を思いやっていて。


「……くすっ」

「あ、てめー、何がおかしいんだよ、このロリババアめ」

 そんな飾らない黒の戦士の言葉が、エルフの少女に笑顔を作ったのである。


「ババアじゃないです。まだ私、百二十歳です……」

「ババアじゃん!? や、確かにエルフ年齢では子供だけどさぁ!」

「人間やめた戦闘力のお兄さんに言われたくないです」

「はぁん? やめてませんしぃ。これでも俺、人間ですしぃ。ただ、三次元に興味なくして、二次元でしか抜けなくなっただけですしぃ!」

「デリカシーが無いです」

「うっせ、うっせ、ばぁか。あーあ、だから嫌なんだよ、リアル女って。はぁ、ほんと、幼女じゃなかったら、絶対、助けなかったからなー?」


 黒の戦士とエルフの少女は、まるで他愛ない日常のような会話を交わす。

 虐殺と悲劇を飲み込んで、己の日常を作っていくように。



 これは英雄の物語だ。

 黒騎士と呼ばれ、数多くの魔王を葬り、その末に大魔王すら聖剣で貫いて退けた、人類史上最高の大英雄の物語。

 けれど、彼は本音を偽らない。

 高潔なんてほど遠く、実に俗っぽく。

 まともに人と話すのが嫌なコミュ障で。

 二次元に人生を捧げちゃっているオタク野郎で。

 ネトゲとエロゲの片手間に、鼻歌交じりに世界を救うようなチート野郎だった。

 佐藤さとう 平助へいすけとは、そんな人間である。


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