1 . 温情
見つめた先の濡れた瞳と視線が重なる。
たった数秒が、僕には何時間にも感じた。
「すまない」
最期にそう残し、笑みを浮かべながら倒れた姿を忘れることはできない。
つかれた。なんの意味があるのかさっぱりわからない。そう思った。
名はキット。この村で父さんと二人暮らしをしている。毎朝6時に行われるトレーニング。僕が幼い時から一度も休むことなく毎日行われている。確かにこの村は治安が悪い。昨日も食い逃げが3回と洋服店から服が盗まれる事件が5回も起こっていた。
父さんは僕を強くしたいらしい。
なんでかって?それは僕が一番知りたいことだ。
"治安が悪いから、万が一のためだ”
そう言うだけで、本当の理由は別にあると思う。最近の父さんを見ているとそれを強く感じる。
「キット、今日はここまでだ。また明日」
「はぁはぁ......わかったよ。じゃあ朝食の食材を買ってくる。父さんは先に帰ってて」
荒れた呼吸を整えながら、汗で濡れた体をタオルで拭く。
「おう。頼むな」
「おっさん、これもらえる?」
「おお、キット。久しぶりだな。また肉か。相変わらず朝からトレーニングか。まったく朝っぱらから元気だな〜お前ら親子は」
「.....まあ」
「はいよ!気をつけて帰れよ」
「ありがとう」
買った食材を手に、家へと向かう。
しかし今日もいい天気だ。僕がこの村に住むようになってから15年以上は経っているけど治安の悪さはさほど変わっていないように思う。
窃盗も食い逃げも日常茶飯事だし、長く暮らしていればもう慣れっこだった。
朝と夜はさほどひどくはないが、昼間は村の店通りがいつも以上に騒がしくなる。人が集まる昼間を狙えば、人混みに混じって逃げ切れるってわけだ。
ちなみに村の名はアンス村。
それと僕と父さんに血のつながりはない。僕の両親は僕を捨てた。名前も顔もぼんやり覚えているくらいで、いい思い出はほとんどない。
そんな僕を父さんが拾って育ててくれたんだ。
両親が僕に求めたのは
“必ず言うことを聞き逆らわないこと” だった。
これだけは口うるさく言われたからずっと記憶に残っている。
「何回言ったらわかる」
「出来の悪い子だ」
「こうなることがわかっていたらあなたなんて産まなかったのに」
こんな言葉を毎日のように浴びせられた。
幼い僕でも必要とされていないことはわかっていた。
冷たい目で僕を見下し、暴力を振るい、傷つける。
この嫌な記憶だけが僕の中にずっと生き続けている。
僕がもっといい子だったら、愛してくれたのかな。
父さんが僕を拾ったのは捨てられてからおよそ半年後だった。半年間もよく生きてたなと思う。
雨水で水分を、ゴミ捨て場で見つけた原型のない食べ物を頼りにしていた。体も痛かったし、寒さで死ぬかもしれないとも思ったけど、僕の生きたいという強い思いが僕の体を動かしたのだ。
ある日力尽きた僕が目を覚ましたのは、薄暗い倉庫のような場所だった。何枚も毛布がかけられ暑苦しいほどだった。
「ああ、よかった!目が覚めたかい?」
ここはどこなんだ?
「.....だれ.....ですか?」
「俺は、ここで働いている職員だ。ここはとある研究所でね。怖くないから安心して大丈夫だよ」
「........」
「まずは温かいものでも食べよう。起きられるかい?」
「うん。.....っ痛っっ!」
左腕に包帯が巻かれ、丁寧に治療が施されていた。
「腕ね、ざっくり切れてたよ。君は谷底で見つけたんだ。多分一昨日の雨で崩れた木が刺さったんだと思う。しばらくは動かさないほうがいい。
これ食べられるかな?買ってきたものだけどまずくはないはずだ」
「..........。ありがとう、おじさん」
「.....!!.....ッグス」
僕はこの時初めて食べた温かい食事に目頭が熱くなり、号泣した。
それをおじさんは愛おしそうな目で微笑みながら見ていた。
これが僕と父さん、東雲 広との出会いだった。




