表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

第11章 落ちるためのステージ

 NeonMarchが“Final Stage”で姿を消したあとも、

 スタジオの時間は止まってくれなかった。


 収録進行表の上では、

 あのコーナーはただの一行だ。


《VTR:NeonMarch Final Stage(3分)》


 その下には、何事もなかったかのように書かれている。


《本編:第3ステージ "I Doll Drop" 本戦 開始》


「それでは、あらためて――!」


 MC神崎の声が、

 いつもより少しだけ無理に明るかった。


「"I Doll Drop" 本戦、スタートです!」


 観客席の照明が上がり、

 ステージはいつもの華やかなセットに戻る。


 たった今、

 同じ建物のどこかで“Final Stage”が進んでいたことなど、

 画面の中にはもう一切映らない。


《Neonの子たちは?》

《Final Stageってなんだったんだよ…》

《VTR早く出せ》


 配信のコメント欄だけが、

 さっきの出来事を覚えてざわついている。


 参加者ラウンジ。


 残ったユニットたちは、

 それぞれに青い顔をしていた。


「……何も、映さないんだな」


 ルカが、モニターを見ながら呟く。


「“視聴者に見せられる範囲”だけを、編集しているのでしょう」


 サキは、

 自分の内部ログに刻まれたNeonの姿を再生していた。


「NeonMarchの“Final Stage”は、オンエア用のVTRと、本当の処理ログに分離されている」


「最低な二重構造」


 ベルが、チョーカーを軽く引いた。


「第3ステージの、パフォーマンス順はこちら!」


 モニターに、ユニット名が並ぶ。


《1. PastelNote》

《2. MoonTail》

《3. SugarBit》

《4. Cell-39》

《5. Glitter-α》


「トリはやっぱりGlitter-αか」


 ルカが顔をしかめる。


「うちら真ん中か。数字的には一番“比較されやすい”位置」


「第1ステージと、第2ステージのログから、“中盤で空気を変える役”として、配置されている可能性が高いです」


 サキは淡々と分析する。


「そして、トリでトップを“締めの顔”として据える」


「“世界一愛されるI Doll”のブランド顔、ね」


 ベルは、Glitter-αの名前のところを睨んだ。


 ステージ袖で、

 PastelNoteのメンバーが小さく震えているのが見えた。


 元から露出の少ない中堅ユニット。

 2ndではギリギリ通過ラインの下位だった。


「やべぇな……」


「最初って……落ちるかもしれないステージのトップバッターって……」


 彼女たちのPは、

 薄笑いにも祈りにも見える歪な表情を浮かべていた。


「がんばろうな」


 声も、どこか空回りしている。


「それでは、トップバッター!」


 神崎の声とともに、PastelNoteがステージに飛び出していく。


 Cell-39は、ステージ袖のモニター越しにその姿を見守った。


 歌もダンスも、悪くない。

 けれど、

 突出した何かがあるわけでもない。


《かわいい》

《普通にうまい》

《でもインパクト弱いかも》


 コメントの温度も、悪くはないが、強くもない。


「……“悪くない”って、今のこの番組においては、最低の評価なんだよね」


 ルカが呟く。


「突出した“欲望”も“代償”も、提示できていない」


 サキは、

 2ndステージのデータと比較しながら言う。


「番組側から見れば、“どこで落としてもいい駒”というカテゴリです」


「だからこそ、最初に置かれた」


 ベルが、腕を組む。


「“ここから落ちるやつが出ますよ”っていうデモンストレーション用」


 PastelNoteが全力でステージを終えたあと、

 神崎が笑顔でマイクを向けた。


「どうでしたか?"I Doll Drop" 本戦、第1番!」


「緊張しましたけど、精一杯やりました!」


 センターが、震える声で答える。


《がんばれ…》

《頑張ったのは分かるんだけどね…》

《これで落ちたらキツいな》


 画面右下には、

 「Drop対象候補」マークが薄く表示されていた。


《※最下位ユニットに “I Doll Drop” 適用》


 MoonTail、SugarBitと、

 順番にステージが進む。


 どのユニットも、

 「今までで一番の出来」と言っていいパフォーマンスだった。


 それでも――

 誰かは落ちる。


「P」


 サキが、ステージへの出番を前に浩一を見る。


「我々が最下位になる確率は、どの程度だと見積もっていますか」


「冷静に言うと………低い」


 浩一は、息を吐いた。


「前回のリアクション指数、今回の構成、“解体予約”フラグの話題性」


 指を折って数える。


「番組的にも、今お前らを落とすのはもったいない」


「言い切ってくれるの、ちょっとだけ嬉しい」


 ルカが笑う。


「では、他の誰かが落ちる確率が高い、ということですね」


「そうだ」


 浩一は、PastelNoteの背中を見た。


「そしてたぶん――Neonの次の“見せしめ”は、モブじゃなく、“ギリギリ覚えてる顔”から出る」


「4番、Cell-39!」


 呼ばれ、四人がステージに走り出る。


 ライトが目を刺し、観客のざわめきが波のように押し寄せる。


《来た》

《解体予約付きアイドル》

《Neonの後で見たくなかったけど見たい》


 今回は、

 過去二回のステージの要素を混ぜたアレンジだ。


 1stの“デビュー感”。

 2ndの“等価交換”のフレーズ。

 そこに、「Drop」を意識した振り付けが足されている。


 落ちそうになる動きから、互いの手を掴み合って持ち上げる振り。

 坂道を上るランニングステップ。

 手を伸ばして、届かない空。


「P。観客の視線が、“足元”と“首元”に集中しています」


 サキは、踊りながらもセンサー情報を解析していた。


「“落ちるかもしれない足”と、“解体予約タグのある首”」


「最高の見世物じゃん」


 ルカは、マイク越しに笑う。


 声はよく通っていた。


 今回のMCパートで、浩一は

 あえて一つだけ、短く言った。


「うちは、“棄権”は選ばなかった」


 ざわめき。


「逃げても地獄って、Neonが証明してくれたからな」


 客席に、重い沈黙と、

 少しだけ笑い声が混ざる。


《やめろ本音混ぜんな》

《Neonのことあえて触れてくれたの逆にありがたい》

《これカットされなかったら本気》


「だから、進みながら文句言う方が性に合ってる」


 それが、

 Cell-39の宣言だった。


 ステージが終わり、

 最後にトリのGlitter-αが出て行く。


 完璧な構成。

 安定した歌。

 揺れない笑顔。


《やっぱ商品として強すぎ》

《でもサブの笑顔がやっぱ怖いんよ》

《Dropステージなのに怖さが違う方向》


 全パフォーマンスが終わると、

 スタジオ中央に巨大な天秤のホログラムが浮かび上がった。


《スタジオ投票 集計中》

《視聴者投票 集計中》


 各ユニットのアイコンが、

 天秤の皿の上でふらふらと揺れている。


「さぁ、決めていただきましょう!」


 神崎の声が、少しだけ震えているのは、

 観客には気づかれていない。


「“愛されなかった”I Dollは――今日、この場で役目を終えます」


 観客席の拍手は、

 盛り上がりなのか、恐怖の裏返しなのか、もはや判別できなかった。


◆最初の落下


「ではまずは、上位ユニットから!」


 ホログラムが回転し、

 最初に浮かび上がったのは――


《1位 Glitter-α》


「ですよね~!」


 ルカが、乾いた笑いを漏らす。


《2位 Cell-39》


 次に自分たちの名前が出て、

 どっと息を吐く。


「……ふぅ」


「“解体予約”フラグは、本日分は発動しませんでした」


「“本日分”って表現やめろ」


 浩一が頭を抱える。


《3位 SugarBit》

《4位 MoonTail》


 残った皿に、

 PastelNoteのアイコンだけが、

 ぽつりと残された。


《Drop対象ユニット:PastelNote》


 ラウンジが、静まり返る。


「……やっぱり」


 ベルが、小さく呟いた。


「“悪くない”だけの子たちから、落ちていく」


 ステージ中央に、

 白い円形のプラットフォームがせり上がる。


 その周囲には、花のホログラム。

 まるで“卒業ステージ”のような演出。


「PastelNoteのみなさん、前へ」


 センターの少女が、

 膝を震わせながら前に出た。


「Dropの前に、今のお気持ちを」


 マイクが向けられる。


「わ、私たち……」


 かすれた声。


「ちゃんと、がんばってきました」


 泣くまいとしているのが、

 見て取れる。


「でも、届きませんでした」


《やめろ泣かせないで》

《これ本当にやるのか…》


「最後に、ファンの皆さんに一言お願いします」


「……見ててくれて、ありがとうございました」


 それは、

 ステージに立つ者として、

 あまりにも当たり前で、

 あまりにも残酷な“最後のセリフ”だった。


「それでは――」


 神崎の声が、

 少しだけ低くなる。


「PastelNoteのI Dollたちに、“Drop”を適用します」


 白いプラットフォームの縁が、

 薄く光り始める。


 センターが、

 首元のチョーカーをぎゅっと握った。


「P……」


 小さな声が、マイクには乗らない。


 次の瞬間、

 プラットフォームの下から、

 透明なケースがせり上がってきた。


 中には、

 眠る姿勢で横たわったI Dollのボディが並んでいる。


 装飾は、

 簡易的な棺のようにも見えた。


《演出こわ》

《棺っぽくして誤魔化してるつもりか》

《いやでも中に入れるんでしょこれ》


 スタジオの照明が落ち、

 柔らかいピアノのインストが流れる。


「PastelNoteのI Dollのみなさんは、本日をもって――」


 御堂の声が、

 VTRのナレーションとして流れた。


『"アイドールとしての役目”を終えます』


 センターの足元に、

 小さな光の矢印が表示される。


《こちらに横になってください》


 それは、

 死刑台の立ち位置マークと何も変わらなかった。


「いや、待って」


 ラウンジで、

 誰かが立ち上がる音がした。


「これ、マジでやんのかよ……」


 顔面蒼白のNeonの元メンバーたち。

 Cell-39。

 MoonTail。

 全員が固唾を飲んで見守る。


「P」


 サキが、浩一の袖を掴む。


「止めたくなりますか」


「なるに決まってんだろ」


 浩一は、

 唇を噛み切りそうな勢いで言った。


「でも――」


 拳を握る。


「Neonが棄権選んだ時点で、俺たちに止める権利、半分くらい持っていかれてる」


「……それでも、見てなきゃダメってこと?」


 ルカの声が震える。


「そうだ」


 即答だった。


「誰も見てなかったら、“なかったこと”にされる」


 PastelNoteのI Dollたちが、

 一体、また一体と、

 ケースの中に横たわっていく。


 目を閉じる。

 両手を胸の前で組む。

 まるでおとぎ話の眠り姫のようなポーズで。


 その上から、

 透明なカバーがそっと閉じられる。


《これほんとに眠らせてるだけ?》

《どう見ても解体ライン行きのカプセルなんだよな》

《“役目を終える”って言葉がここまで怖いとは》


 最後に、センターが静かに言った。


「見ててくれて、本当に、ありがとうございました」


 その言葉と同時に、

 プラットフォームがゆっくりと降下を始める。


 白い光に照らされたまま、静かな音もなく。

 床の下に沈んでいく棺の列。


 拍手が起きた。


 それは、歓声なのか、供養なのか、

 誰にも判別できなかった。


「はぁ?」


 廊下の隅で、レイが小さく笑った。


「“拍手で送る”っていう免罪符、すごく便利よね」


 Glitter-αのサブI Dollが、

 複雑な顔をして口を開く。


「……レイさんは、ああいうの、どう感じるんですか」


「商品としては、“非常に優秀な退場演出”」


 即答。


「個体としては、“あそこで寝かされたくない”」


 ほんの少しだけ、

 本音の温度が混じった。


 Cell-39の控室に戻ると、

 誰もすぐには口を開かなかった。


「……見せ方、上手すぎる」


 最初に言ったのはベルだった。


「“殺しました”って言わないように、ギリギリのラインで演出してる」


「白い部屋。眠るポーズ。“役目を終える”というナレーション。拍手」


 サキが、淡々と列挙する。


「“美しい引退”と“穏やかな処分”の境界線を曖昧にする演出です」


「“綺麗に終わる”って、なんて便利な言葉なんだろうね」


 ルカは、ソファに沈み込んだ。


「Neonの子たちも、似たようなラインに乗せられたってことでしょ」


「ああ」


 浩一は、

 自分の指先を見つめながら言った。


「誰が見てても、見てなくても、同じラインに流される」


「P」


 サキが顔を上げる。


「NeonMarchとPastelNoteの違いは、“どこでゲームから落ちたか”だけですか」


「そうだ」


 苦い笑い。


「Neonは、第2ステージの“選択”で落ちた。

 Pastelは、第3ステージの“結果”で落ちた」


「どっちにしろ、落ちたあとのラインは同じ」


 ベルが、そっとまとめる。


「Pさん」


 ルカが、目を据えたまま言った。


「あたしたち、ここからどうやって“世界一愛されるI Doll”やれっての?」


「知らん」


 即答だった。


 でも、その声には、

 さっきより少しだけ熱が戻っていた。


「“世界一愛される”って言葉自体が、最初からクソなんだから」


「では、我々は何を目指すべきでしょうか」


「決まってんだろ」


 浩一は、

 自分のチームの顔を一人ずつ見た。


「“世界一、クソにちゃんと文句を言うI Doll”だよ」


 ルカが、吹き出した。


「なにそれ」


「カッコいいじゃん」


 ベルも、珍しく声を立てて笑う。


「“世界一愛されるI Doll”と、“世界一クソに文句を言うI Doll”――」


 サキは、静かに言葉を重ねる。


「両方を同時に満たすログを目指す、ということですね」


「そういう無茶をするから、

 人生って楽しいんだよ」


 浩一は、空になった紙コップをゴミ箱に放り投げた。


「Neonの分も見届けるためにも――ここから先の地獄、全部ログにしてやろうぜ」


 I Doll This Game。


 第3ステージは、

 ようやく本当に幕を開けたばかりだった。


 誰かが棄権しても、

 誰かが落ちても、

 地の果てまでゲームは追いかけてくる――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ