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2-4(悪役令嬢の貢献).

「カイルベルト兄上を引き渡す条件は停戦だ」


 ダイカルトは新妻に言った。


「ミスリル鉱山の件は、どうなるのでしょうか?」

「現状維持で棚上げだな」


 それは、当面マルマイン王国が実効支配したままということだ。それでジェズアルド王は納得するのだろうかとエカテリーナは思った。 


「陛下やアルベルト殿下は条件を受け入れるのでしょうか?」


 エカテリーナの質問に「父上はカイルベルト兄上が思っている以上にカイルベルト兄上のことを気にかけている」と答えた。


 エカテリーナは、ダイカルトに負けず劣らず顔立ちが整っていて、ダイカルトとは異なりちょっと憂いに満ちたカイルベルトの顔を思い浮かべた。


「それでは、陛下は、義父おとうさまは停戦に応じられると」

「そうなるだろうな」


 ダイ様がそう言うのなら間違いない。でも・・・。


「いずれ、また戦争になる」

「マルマイン王国の鉱物資源は魅力的ですものね」


 エカテリーナには、あのジェズアルド王が今回のことで永久に諦めるとは思えない。戦争になれば多くの人が死ぬ。マルマイン人はセリアを見ても分かるように武に優れ忍耐力もある。マルマイン王国は小国だが簡単には屈しないだろう。お互いに多くの犠牲を払うことになる。


「早く兄上が後を継いでくれるといいのだが」


 ジェズアルド王の領土拡大の野心は異常なほどだ。ジェズアルドが王であるかぎりまた戦争になるのは間違いない。ダイカルトの兄である王太子アルベルトはジェズアルド王ほどの野心はないように見える。


 確かにアルベルト王の時代になれば・・・。


 エカテリーナは夫であるダイカルトの顔を見る。ダイカルトが何を考えているのかは分からない。


「カーチャはどう思う?」

「カイルベルト様がセリアと結婚すればいいのです」


 エカテリーナはダイカルトの質問に即答した。エカテリーナの言葉が予想外だったのか、ダイカルトはちょっと驚いたような顔をして「それで」と話の続きを促した。


「その上で、マルマインを帝国の自治領にすればいいのですわ」

「自治領?」

「マルマイン人は自主独立の気風が強い。それに武に優れ我慢強い性格です。小国とはいえ、また戦争になれば両者とも大きな犠牲を払うことになるでしょう」

「カーチャの言う通りだろうな」

「ですからマルマイン人に自治権を認めた上で帝国の傘下に収めるのです。すぐにはお互いに納得できないかもしれませんが、とりあえず二人を結婚させて、その方向を目指してみるのはどうでしょうか? ダイ様が言われたように義父おとうさまがカイルベルト様が思っている以上にカイルベルト様のことを気にかけているとしたら、少なくとも時間稼ぎにはなるのでは?」


 エカテリーナは、ちょっといたずらっぽい目をしてダイカルトを見ると「でもダイ様、私の意見など聞かなくても、何かお考えがあったのでしょう?」と尋ねた。

「確かに僕も小国であるマルマインとの戦争にあまり時間や費用を掛けるべきではないと考えている。だけどカイルベルト兄上と姫騎士セリアの結婚など、具体的なことまで考えていたわけではないよ。しかし、言われてみれば・・・」


 ダイカルトはエカテリーナの言葉にしばし考え込んだ。


「セリアとカイルベルト兄上が結婚して、いずれはマルマインの自治を認めた上で帝国の傘下にする・・・か。武を尊ぶマルマインにおいて姫騎士セリアの人気は高い・・・」


 エカテリーナはダイカルトの思考を邪魔しないように黙ったままだ。


「そうか、確かセリアの母はマルマイン王家の血を引いている」


 場合によってはカイルベルトの妻になったセリアを女王に担ぎ上げるとか、それが無理でもカイルベルトとセリアの子供を次世代の王とするとか、ゲナウ帝国が後ろ盾になればいろいろやりようはある。戦争になるよりはずっといい。エカテリーナはそう考えている。


 しばらくしてダイカルトは「なるほど、カーチャはそこまで考えて・・・」と呟いた。


 どうやらダイカルトはエカテリーナと同じ結論に達したようだ。ダイカルトは、デナウ王国から自分のもとに嫁いできた自身を悪役令嬢と称する新妻の顔を見た。エカテリーナもダイカルトを見ていたらしく目が合った。エカテリーナはダイカルトの視線にニッコリと笑うと可愛らしく首傾げた。


「やっぱり僕はかけがえのない宝を手に入れたようだな」


 ダイカルトは、そっとエカテリーナを引き寄せると軽くキスをした。エカテリーナの顔が少し赤い。全く悪役令嬢らしくない。


「しかし、マルマイン人の自治権など父上が認めるかな?」


 エカテリーナは何も答えない。


 エカテリーナとて、ジェズアルド王が簡単にマルマインの自治を認めないこと、仮にジェズアルド王が自治を認めたとしても今度はマルマインのほうが簡単にゲナウ帝国の傘下に入るとは限らないことなど百も承知だ。自治領にするために結局戦争になる可能性だってある。ただ、とりあえず時間稼ぎをするための方便にはなる。


 時間さえ稼げれば・・・。


 エカテリーナはダイカルトの能力ならジェズアルド王とアルベルト王太子をまるめこむことなど容易いと知っている。乙女ゲーム『心優しき令嬢の復讐』の隠れ攻略対象であるダイカルトのスペックは高い。とりあえず時間を稼いている間に、例えば、ジェズアルド王の興味を他に向ける。エカテリーナの故郷であるデナウ王国にしてもまだゲナウ帝国の傘下になったわけではないのだから、そちらに興味を向けさせるのも良いだろう。


 そうこうしているうちに・・・。


「ふむ、カーチャの言う通り、とりあえず時間稼ぎにはなるのか・・・。その間にアルベルト兄上の時代になれば・・・」


 ダイカルト王の時代になるかもね、とエカテリーナが考えていることは今はまだ秘密だ。


「そうだな、僕がなんとか説得してみるか・・・。だが兄上はともかくセリアには申し訳ないな。まあ、そこは自分の国が存続するためだから納得してもらうか。政略結婚なんてそんなもんだしな」

「私はむしろカイルベルト様がどう思われるかちょっと心配ですわ」


 カイルベルトは結局セリアに騙されていたのだ。カイルベルトが自分を騙していたセリアのことをどう思っているのか、エカテリーナにはそれが気がかりだった。


「いや、兄上は大丈夫だろう。むしろ喜ぶんじゃないかな」

「そうなんですか?」

「僕の見たところ、カイルベルト兄上はセリアを誘惑しようとしていたけど、実際にセリアに惹かれている様子だった。それもかなりね。幼い頃から知っている兄のことだ。まず間違っていないと思う。今回の作戦のことだって父上とアルベルト兄上にだけ話したようだけど、僕にも丸分かりだったよ」

「ダイ様がそう仰るのなら間違いありませんね」


 それならこの計画は絶対に上手く行くはずだとエカテリーナは思った。


「むしろ、僕はセリアがちょっと気の毒だけどね」

「ダイ様、それは、どういう意味ですか?」

「いや、セリアは若いけど何年も戦場で名声を轟かせた姫騎士だ。少し線の細いカイルベルト兄上が好みだろうかなと思ってね。まあ、国同士のためなら関係ないか。どうせ政略結婚なんだから。王族なんてものは誰もが僕のように本気で愛せる伴侶を得られるわけではなからね。いや、むしろそのほうが圧倒的に少ないだろう。僕は本当に幸せ者だよ」


 そう言ってダイカルトはエカテリーナをその言葉通り愛情のこもった表情で見た。


 エカテリーナは夫の言葉に少し顔を赤くしながら「ダイ様、セリアのことなら大丈夫ですわ」と言った。


 ダイカルトは、ずいぶんとはっきり言い切った新妻に驚いて、その顔を覗き込むと衝動的にもう一度キスをした。


「そうなのか?」

「も、もうダイ様ったら。それはそうと、きっとセリアはカイルベルト様のことを愛しています」

「まさか?」

「その、まさかです」


 エカテリーナは王宮のベランダでカイルベルトが呟いた言葉を聞いた。あのとき、カイルベルトはロミオとジュリエットと呟いた。そしてそれをセリアから聞いたと言ったのだ。


 それでエカテリーナはセリアが転生者だと知った。だが今はそれはどうでもいい。


 もしセリアがカイルベルトを騙しているだけだったなら、自分たちのことをロミオとジュリエットに例えたりはしないだろう。そしてロミオとジュリエットとは違って二人にはハッピーエンドを迎えてほしい。


 特にセリアには幸せになってほしい。


 エカテリーナの例を見ても分かる通り転生なんいうものは不幸な死に方をした者に起こる現象だ。

 

「ですからダイ様、ダイ様の力で是非この結婚を上手くまとめて下さい!」


 エカテリーナは思う。ダイカルトの見立て通りカイルベルトがセリアを愛しているのなら、きっと二人の結婚は上手く行くはずだ・・・。


 そう、私たちと同じように・・・。


 いや、さすがに私たちほど幸せになるのは無理かもしれない。エカテリーナは上目遣いで夫のダイカルトを見ようとしたがそれは叶わなかった。


 ダイカルトが三度目のキスをしようと顔を寄せてきてきたので目を瞑ったからだ。

 ここまでで短編の第二作目までの話となります。

 忌憚のないご意見や感想をお待ちしてします。読者の反応が一番の励みです。

 明日は短編の第三作にあたる部分を投稿します。

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