4-7(エルサの涙).
「アレクセイ様、なんとか王妃様の許可を貰えそうです」
わたしは早速アレクセイ様に報告した。エカテリーナ様はすぐに約束を守ってくれた。だから、今度はわたしがエカテリーナ様に頼まれたことをアレクセイ様から聞き出さないと・・・。こないだエカテリーナ様に会ったときに頼まれたのだ。エカテリーナ様に恩のあるわたしは「任せてください」と請け負った。
「そうか、俺のとこに、デナウ王国に来れそうなんだな」
「はい」
アレクセイ様はよかったよかったとわたしの頭を撫でてくれた。がっしりとした体格のアレクセイ様に比べてわたしは女性としても小柄だ。だけど運動神経と体形には自信がある。
「それにしても、エルサはずいぶん王妃様に気に入られていると聞いていたから、こんなに簡単に許可が下りるとは意外だな」
第三王子妃と第三王子が動いてくれたのだから当然だ。
わたしはいつものデナウ王国との国境付近の宿屋でアレクセイ様と会っている。最近ではエカテリーナ様のことは報告すらしていない。アレクセイ様も興味を失ったのか聞いてもこない。従って、今やこれは単なる逢引だ。そして、わたしは幸せだ。だけど、こうなると返ってエカテリーナ様から頼まれたことを口にするのが難しい。でも約束を守らないと・・・。
えーい、どうにでもなれ!
「それでアレクセイ様、その・・・」
「どうしたんだ、エルサ?」
「えっと、アレクセイ様が仰っていた聖女様の話なんですけど、もう少し詳しく知りたくて。アレクセイ様はこれから起こるとこが分るんですよね」
「それは、そうなんだが。エルサ、急にどうしたんだ?」
アレクセイ様は首を傾げると「俺たちにはなんの関係もない話だぞ」と言った。
「ええ、そうですよね。戦争になるとかそんな話は嘘だって言ってましたよね」
「ああ、それに本当にマルマイン王国とゲナウ帝国が戦争になったとしても大丈夫だ。なんせエルサは俺と一緒にデナウ王国に行くんだから」
「そ、そうですよね。ですがアレクセイ様、ゲナウ帝国にはわたしの家族もいますし、やっぱりちょっと気になって」
アレクセイ様は「そうか、家族か・・・」と言って考え込んだ。
「だが、俺も主人公のハッピーエンドの後のことは知らないしなー」
アレクセイ様は何かぶつぶつと呟いている。
アレクセイ様がわたしと一緒にトラックに轢かれてこの世界に転生したことは間違いない。そして、この世界が乙女ゲーム『心優しき令嬢の復讐』の世界だとエカテリーナ様に教えられた。それでわたしは、アレクセイ様がエカテリーナ様にゲームの強制力を意識させることによって嫌がらせをしようとしているんだと分ったのだ。どうやらその『心優しき令嬢の復讐』の世界ではエカテリーナ様は悪役令嬢で決してダイカルト様と結婚して幸せになることなどなかったそうだ。だけど、アレクセイ様の企みはエカテリーナ様に簡単に見破られた。今度はエカテリーナ様がなぜかアレクセイ様が知っているらしい『心優しき令嬢の復讐』の続編のストーリーを知りたがっている。
わたしは一体どうすればいいのだろう?
いや、どうするも何もよく考えてみれば、別にわたしが転生者だってことを、あのとき一緒にトラックに轢かれた女の子だって話してもいいんじゃないだろうか? そもそもなんでこれまで隠していたんだろう。生まれてからこれまで前世の話をしないように注意してきたから習慣になっていたのかもしれない。でも相手も転生者なら隠す必要もない。それに正体を明かしてアレクセイ様に感謝したい。
そう思ったら居ても立っても居られなくなくなった。
「アレクセイ様、実は話したいことが」
「なんだ?」
「わたし、アレクセイ様と同じ日本からの転生者なんです」
「・・・」
アレクセイ様は黙って私を見つめていた。
「あのとき、虎次郎と一緒にトラックに轢かれた女の子が私です」
アレクセイ様は頭の中を整理しているようだ。
しばらくして、アレクセイ様は「そうだったのか・・・それで・・・そういえばエカテリーナとダイカルトの結婚披露パーティーのとき、あることないことをエルサに喋った気がするな」と言った。
「はい。あのときわたし、アレクセイ様がわたしと虎次郎を助けようとしてくれた男の人だって気がついたんです」
「結局、助けられなかったけどな」
アレクセイ様は溜息を吐きながら自虐的な口調で言った。
「でも、それでもわたしはアレクセイ様にとても感謝しています」
「そうか・・・」
「アレクセイ様、怒っていますか?」
「怒る? 何をだ?」
「わたしが今までそのことを隠していたことを、です」
「なんで怒る必要があるんだ。エルサは俺に怒られるようなこと何もしてないさ。それどころか俺はエルサに救われた」
「わたしがアレクセイ様を救ったんですか」
「そうだよ」
アレクセイ様は優しい目でわたしを見るとそっと抱きしめてくれた。
「エルサ、何で泣いているんだ?」
わたしはアレクセイ様に言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。どうやらわたしはアレクセイ様に感謝しているだけでなく、思った以上にアレクセイ様のことが好きだったようだ。それにわたしを助けようとしてくれたアレクセイ様が、わたしに救われたと言ったのを聞いてなぜか涙が溢れてきた。
「でも、なんで突然話す気になったんだ?」
どうしてだろう? なんだか自分でも分からなくなった。そうだ、エカテリーナ様から頼まれてアレクセイ様に聖女様のことを尋ねようとして・・・。
アレクセイ様は突然「そうか、分ったぞ」と言ってわたしの顔を覗き込んだ。
「アレクセイ様、何が分かったんですか?」
「聖女のことを知りたがっているのはエカテリーナだな。そしてお前が俺のところへ来れるように取り計らったのもエカテリーナだ。エルサ、お前エカテリーナも転生者だって知っているな」
アレクセイ様はわたし自身よりもわたしの心の動きが分かるみたいだ。
「アレクセイ様、すみません」
「やっぱりな。エルサ心配するな。俺は怒ってない。それにエカテリーナが聖女のことを気にしてるってことは作戦は上手くいってるってことだろう」
それは少し違う気がする。わたしはエカテリーナ様から詳しいことを聞いているわけじゃない。だけど、エカテリーナ様は自分のこと心配しているんじゃないと思う。なんだか聖女様自身のことを気にかけているような・・・そんな感じなのだ。
「アレクセイ様、やっぱりすみません」
わたしはもう一度アレクセイ様に謝った。
「ん?」
「エカテリーナ様に対する作戦は上手くいってないと思います」
「なんだと?」
わたしはこれまでのことを正直にアレクセイ様に話した。オルランド侯爵家令嬢のリーゼロッテ様のこともだ。アレクセイ様はときどき確認しながら私の話を聞いた。
「くそー! あいつ思った以上に鋭いな」
アレクセイ様は、アレクセイ様の反応を心配しているわたしに「大丈夫だ、エルサ。エカテリーナはお前が俺のところへ来れるように取り計らってくれた。それでお前はエカテリーナの頼みを聞いたんだろ?」と優しく言ってくれた。
よかった。アレクセイ様は怒っているわけではないみたいだ。
「それよりエカテリーナが何をしようとしているのかが気になる。エルサ、何か知っているか?」
「いえ、ぜんぜん。ただ、自分のことじゃなくて、なんだか聖女様のことを気にしているような気がします」
わたしは正直にそう言った。
「そうか・・・。そう言われると、ますますエカテリーナが何を気にしているのか知りたくなるな。エカテリーナと話をしてみるか・・・。なんだか面白そうだ」
アレクセイ様は生き生きとした目をしている。最初に会ったときの暗い目をしたアレクセイ様とは全然違う。もしアレクセイ様が元気になったことにわたしが少しでも役に立ったとすればこんなに嬉しいことはない。きっと虎次郎もそう思ってくれるだろう。
「エルサ、王宮に帰ったら、俺が会いたがっているとエカテリーナに伝えてくれ。心配ない。今更エカテリーナをどうこうしようとは思っていない。なんか面白そうなことに一枚噛んでみたいだけだ」
わたしはアレクセイ様の言葉に頷いた。私は心がとても軽くなっていることに気がついた。
そうか・・・。わたしはアレクセイ様にすべてを打ち明けてほっとしているんだ。
いくら、エカテリーナ様がわたしとアレクセイ様が上手くいくように取り計らってくれているとしても、それでもアレクセイ様に隠し事していることが思った以上に心の負担になっていたんだ。わたしは今更ながらに自分の気持ちに気がついた。




