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4-5(聖女と聖女の姉と姫騎士).

 私とソフィアは2年生になった。今では、マルマイン王国に聖女が現れたとの噂が国中で囁かれるようになっていた。王家も秘密にすることはもう諦めたようだ。ただソフィアは、あの日以来使えるようになった聖属性魔法、いわゆる回復魔法がなかなか進歩しないことに少し焦っているようだった。だけど、ソフィアはこれからどんどん成長してきっと伝説の聖女様のようになる。私はそう信じている。


 その日、私とソフィアは二人で食堂で昼食を取っていた。いつもならアーサー殿下とその側近候補の4人が一緒なのだけど、今日は二人だけだった。マルカ魔術学園は魔術学園といいながら剣術の授業をもある。選択制だ。そして剣術の授業を取っている生徒は今日は騎士団との合同訓練に出かけている。アーサー殿下も側近候補たちも全員剣術の授業を取っているので今日は不在なのだ。


 パーシヴァル様は大丈夫だろうか?


 パーシヴァル様は王国筆頭魔導士の息子らしく魔法が得意だ。私のお母様と同じで氷属性魔法を使える。学園では無口で品のある佇まいから氷の貴公子なんて呼ばれている。でも、パーシヴァル様はあまり剣術が得意ではないはずだ。殿下や他の側近候補たちに言われてパーシヴァル様も剣術の授業を取っているのだ。


「きゃあー!」


 ソフィアが悲鳴を上げた。ソフィアのスカートが濡れてシミになっている。


「ちょっと気をつけてよね」


 そう言ったのは、空になったコップを手にしたアロイス・ケラー伯爵令嬢だ。アンジェリカ様の取り巻きの一人だ。隣にはアンジェリカ様ともう一人の取り巻き令嬢もいる。


「気をつけろって、私は座っていただけです。アロイス様が勝手にぶつかったんでしょう」


 ソフィアが強気に言い返す。


「なに言っているの。今、貴方が椅子に座ったまま動いたせいでしょう」


 そうだっただろうか・・・。


「それより、貴方、いろいろと噂を流しているようね」


 もう一人の取り巻き令嬢のジュリア・シモンズ子爵令嬢が言った。


「なんのことですか?」

「ソフィアさん、貴方が私の悪口を言いふらしていることですよ」


 ソフィアの問にアンジェリカ様が答えた。


 その後、アンジェリカ様が言ったことを私なりに理解したところでは、ソフィアがアンジェリカ様の性格があまり良くないとかアーサー殿下の気持ちはすでにアンジェリカ様から離れているとか、噂を流しているというのだ。


 確かに、それが本当なら怒るのも無理ないけど・・・。ソフィアがそんなことをするはずがない。


「私はそんなことは言ってません」


 ソフィアはきっぱりと否定した。大きな目からは涙が零れそうだ。


「アンジェリカ様、妹のソフィアはそんな噂をするようなではありませんわ」


 私はソフィアを庇う。ソフィアは実の母であるブレンダから私を庇ってくれるくらい性格が良いのだ。食堂にいる多くの生徒が成り行きを見守っている。


「アンジェリカ様、そろそろ」


 周りの視線に気がついたのか、アンジェリカ様は「ふん」と顔を逸らすと二人の令嬢を引き連れて立ち去った。私はアンジェリカ様の態度が初めてソフィアに「わきまえなさい」と注意したときに比べて余裕がなさそうに見えたのが気になった。今ではソフィアが聖女だと王家が正式に認めたような状態だから無理もない。





★★★





「アーサー殿下、騎士団との訓練はいかがでしたか?」とソフィアが訊いた。


 殿下と側近候補たちに私とソフィアを加えた7人は、いつものように食堂で話をしている。話題は先日の騎士団との訓練のことだ。


「いやー、ほとんど騎士たちの訓練を見ていただけだから、なあ、ルイス」


 宰相の息子であるルイス・バーンクライ様は殿下の言葉に「そうですね。でも殿下が一番落ち着いていましたよ」と答えた。


「まあ、俺はシェリンガム伯爵領で魔獣狩りを見たことがあったしな」


 あのときのことだ・・・。パーシヴァル様がチラっと私の方を見た。パーシヴァル様は何かと私のことを気にかけてくれる。他の側近候補たちはこぞってルイス様の言葉に同意し殿下持ち上げている。


「ソフィア、学園長がお呼びよ」


 教師の一人がソフィアにそう声を掛けた。


「学園長が・・・。お姉様」

 

 しかたがない・・・。


「ソフィア、行きましょう。私もついて行くわ」


 こうして私とソフィアは学園長の部屋に向かった。私は部屋をノックする。


「はい」と返事があったので、私は「ソフィア・ファンゲティとルシア・ファンゲッティです」と答えた。


「入りなさい」


 私とソフィアが学園長室に入ると椅子に座った学園長のアタナシア・ヴェンデロームとその横に姿勢よく立っている若い女性がいた。


「姫騎士セリア・・・」とソフィアが呟いた。


 そうか、この女性が有名な姫騎士なのか・・・。言われてみればその凛とした佇まいは姫騎士と呼ばれるに相応しい。


「あなたがソフィア、そしてルシアね。やっぱりルシアはマージョリーによく似ているわ」と言ったのは学園長だ。

「学園長はお母様をご存じなのですか?」

「ええ、あなたのお父様も知っています。その頃の私は別の学校で魔術の教師をしていたのです。マージョリーはとても優秀な生徒でした。それこそ魔術学園に通わなかったのが不思議なくらいにね」


 学園長は優しい笑顔で私に説明してくれた。


「そうですか」

「それで、こちらが・・・」

「セリア・アルストンです。剣と槍の臨時講師をする予定なのよ」


 姫騎士セリア様はそう名乗ると軽く会釈をした。アルストン辺境伯家の領地はゲナウ帝国との国境近くにある。武門の家であるだけでなくセリア様の母は王族の血を引く公爵家の娘だ。目の前のセリア様は王家の血を引いているのだ。民の間ではセリア様が女王になればなどと無責任なことを言う人もいると聞く。


「私が学園長にお願いしてソフィアさんを呼んでもらったの」


 セリア様は私が一緒にいることを咎めることもなくそう言った。


「セリア様、なぜ私を・・・」

「ちょっと、ソフィアさんの聖属性魔法を見せてもらいたいと思って」


 なるほど、ソフィアが聖女の生まれ変わりだということは今では公に認められているような状態だ。それをセリア様は自分の目で確かめたいのだろう。


「かまいませんが、大したものではないのです。ちょっとした傷を治すことができる程度で・・・。まだ練習中なんです」とソフィアは目を伏せた。

「そう、それじゃあ」


 セリア様は剣を抜き上着の袖をまくり上げると、剣で自分の左腕に傷をつけた。


「きゃっ!」


 ソフィアが小さく悲鳴を上げた。


「さあ、お願いするわ」


 セリア様は血が滴っている左腕をソフィアのほうに差し出した。


「ソフィア」


 私はソフィアを励ますように声をかけた。ソフィアは頷くと祈るように両手を合わせた。しばらくするとソフィアの両手が薄く光った。ソフィアは光っている両手をそっとセリア様の傷に翳した。


 どのくらい時間が経っただろうか・・・。


「治っているわ。ソフィアさんの力は本物ね」


 そう言うとセリア様は微笑んだ。


「ソフィアさん、急に無理をさせてごめんなさいね。どうしても確かめておきたくて」

「いえ・・・」


 セリア様が学園長の耳元で何か囁いた。学園長は「ソフィア、ありがとう。もう行っていいわ。それとルシアはちょっと残ってくれる」と言った。


 ソフィアは怪訝そうに学園長と私を見比べている。私は大丈夫と言うようにソフィアに頷いた。一体ソフィアではなく私にどんな話があるのだろう。





★★★





 午後の授業が始まるギリギリに教室に戻った私にソフィアが「お姉様、何の話でしたの?」と訊いてきた。


「えっと、お母様の話をいろいろとね。それに、私が生まれてからのこともちょっと。学園長はお母様のことをとても気にして下さっていたみたいなの」


 実際に私に興味があったのは学園長ではなく、どちらかというとセリア様のほうだ。セリア様はお母様やシェリンガム伯爵家のこと、そしてソフィアが神獣様から祝福を受けたときのことや、あの森のことなどを私に質問した。ソフィアが聖女に目覚めたシェリンガム伯爵領での一件のことはよく聞かれるけど、私にとっては少し胸が痛くなる話だ。ソフィアが聖女に目覚めたことをアーサー殿下のように心から喜べない自分が嫌になるからだ。

 セリア様はお母様を教えたことがあるという学園長にも話を聞いていた。実際、学園長は私のお母様のことをずいぶん気にかけていたようだ。私は聞かれるままにお母様が亡くなってブレンダとソフィアが屋敷に来たときのことを話した。学園長はお母様が若くして亡くなったことをずいぶん悲しんでいるようだった。


 全ての話をセリア様は熱心に聞いていた。

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