【第12話 査察、アレも慣れた——単価上げと初ミス対応】
ここだけの話、最近の俺はだいぶフランクだ。
最初の頃は「はい、段取りです」「規格はこちらです」って固かったけど、2カ月も回してると、朝いちで「おはようございます、今日は“コン”多めで行きます」なんて口が勝手に軽口たたく。現場が回ってる証拠だ。うん、悪くない。
午前、まずは新人の様子見。
テッサが仮鍛冶場で火入れ。勢いがいいのは長所だが——
「水で急冷はここ、白線の内側だけね。油樽の近くはナシ」
「了解。白線から出ない」
その場で「火の5ルール」掲示を追加。
1)水桶は白線の内側 2)油は火から3m 3)消火砂を常備 4)子ども立入禁止 5)最後は“指差し呼称”
指差し呼称はちょっと笑われたけど、声に出すと事故は減る。これは現場の真実。
セラは救急箱の棚卸し。「煮沸10分+灰のなすり」をやめ、「煮沸10分→乾いた布で被覆」に統一。薬草は乾燥枠の影の動きまで読んでくれる。助かる。
ルークは帳簿とKPIボードの“右揃え”を完了。桁が揃っただけで、情報が一段クリアになった。
「数字が読みやすいと、現場が早いですね」
「だろ。数字は道しるべだ」
ボルンは荷車の車輪に治具を当て直して、麻縄バネを改良。昼にそわそわしてたが、夕方まで耐えた。「禁酒、今日も勝ち」。骨が無表情で拍手のポーズ。やめろ、そのシュールな祝福。
昼前、糸鈴が3回。査察官の日だ。
黒外套がいつもの距離で止まる。俺も、前より柔らかくいく。
「ようこそ。今日は炭の“上”多めです。数字から先にどうぞ」
「……慣れたな」
「ええ、おかげさまで」
板束を見せる。
・伐採本数:月内480 本 植え戻し:960 本(比率2:1)
・事故ゼロ連続:61日(人間の重大事故ゼロ/骨は部品交換)
・用水路:180m→今週190m予定
・出荷見込み:炭40袋/薪120束(週)
・骨運用:視界外、林間5m並走、町内投入ゼロ
「骨は——」
「視界外を継続。今日は“自然体”で待機です」
“どや立ち”は本当に封印している。ほんとに頼むぞ。
「炭を一つ見せろ」
窯から“コン”。澄んだ音。割面も締まっている。
「“上”寄りで安定。来週“特上”試験やります」
「よい。条件は先月のまま。記録は月末にもう一度見せろ」
「了解。次、町に行って単価の相談をしてきます」
午後、オーシにハーネス。骨は林間ルートで並走。町に入り、商会ギルドへ。受付の彼女はもう笑顔が自然だ。
「今日は炭を何袋?」
「10袋。質は“上”寄り。束は50だけ。単価の相談をしたい」
「現行は1袋あたり7銅の評価ですね」
「了解。その上で提案。規格袋の目減り保証、含水率の目視基準、納品時間の固定——この3点を付ける。代わりに7.5銅は?」
係が顔を見合わせる。
「……初回は7.3銅で。2回連続で規格を守れたら7.5銅へ引き上げ、どうでしょう」
「いいね。数字で上げるの、好きだよ」
板に走り書き。
炭10袋×7.3=73銅/手数料10%=7.3銅→受取65.7銅(端数は65銅+7銅の紙札扱い)。
薪50束×2.8=140銅(前回の信頼で+0.1通った)/手数料10%=14銅→受取126銅。
合計受取=191銅相当。繋ぎ場3銅、諸費5銅見込み。純手取り183銅前後。よし、来週の窯増設費に回せる。
帰り道、門兵がいつもの調子で「鹿、でかいな」。
「知ってる」
オーシが角で軽くコツン。もう兵のほうが慣れてて笑うの、なんか悔しい。
日暮れ、廃教会に着。新人の初ミスは小さいのが2件。
・テッサ、白線ギリギリで叩いて火の粉が布に飛ぶ→防火幕を追加、火口は90度回転。
・ルーク、帳簿の“袋と束”の単位記号を混在→単位表を冒頭に固定。
どっちも是正で終了。大事なし。こういう小さな修正を“早く・楽に”回せるようになったのが、最近の成長だと思う。
夜、全体ミーティングは10分だけ。
「今日は“やってよかったこと”だけ3つ挙げて終わろう。ダメ出しは明日の朝で」
テッサ「白線の意味が腹に落ちた」
セラ「救急箱の中身が見えるようになった」
ルーク「右揃えで数字が速く読める」
ボルン「禁酒、今日も勝ち」
骨は——無表情で拍手のポーズ。ほんと、その芸どこで覚えた。
寝床に転がって、天井のひびを眺める。
慣れって、悪くない。余裕があると、人に優しくできる。優しくできると、現場が早い。早いと、また余裕が出る。いい循環。
あとは、うぬぼれず、数字で足元を固めていくだけ。
糸鈴が遠くで一度鳴った。
明日は窯の増設計画と、炭の“特上”試験。檜の供給が少し入るかも。
現場は問いに答える。俺は、その数字を——ちょっとフランクに、でもきっちり読んでいく。
(つづく)




