【第13話 神さま、アレは使わない?——三箇条でいこう】
まだ薄暗い朝、窯が息をしている。湯をわかして、小さな茶器をふたつ。
糸鈴がちり、と鳴って、白い光がふわっと折りたたまれ、リベルティアが現れた。今日も幼女サイズ、でも目線は前よりほんの少しだけ高い。
「けい」
「おはよ。今日は早番?」
リベルティアはわずかながら逡巡したようにもじもじしながら視線を外してぽそりと聞いてきた。
「うん。ね、けい。どうして——わたしのちから、つかわないの? ちょっとだけでも、いまよりらくになるよ?」
なんだ、そんな話か。
じゃあ素直に答えよう。
「んー……正直に言うとさ、便利ボタン常用は“現場がバカになる”から。
うちは段取りと記録で回す場所にしたい。俺が風邪で倒れても回るやつ。奇跡ってさ、メンテできないし、再現性がない。副作用が数字で追えないのよ」
「ふーん……」
リベルティアの瞳が、幼いのに硬い光を宿す。少し首をかしげ、言葉を選ぶみたいにゆっくり続けた。
「まえのひとたちはね、“ちょっと”をいっぱい、つかったの。
ひとりは、たすけるための“秩序”を、ふやしすぎた。みんなが自由に選ぶまえに、きめちゃう秩序。さいしょははやかったけど、あとでね、みんなのこころが、**ぱきん**っておれた。
べつのひとは、つよくなる“おまじない”をたくさんつかって、せんそうをよんだ。はじめはかちつづけたけど、かつほど、もっとちょうだいってなって、さいごは、なくした」
「……借金が膨らんだわけね」
「うん。きせきは、つかうと“かえすべきもの”がうまれるの。わたしは、とりたてない神さま。じゆうをうばいたくないから。
でも、せかいはゆれて、どこかでつりあいをとろうとする。——それが“はめつ”のかたちになることも、ある」
「了解。じゃあさ、使う時の“線”を引こう。俺から提案、三箇条」
俺は板を引き寄せ、チョークを走らせた。
「一、人命が今まさに失われる時だけ。
二、仕組みで収束不能って数字で確定した時だけ(代替策ゼロ)。
三、使ったあと“運用で戻せる”見込みが立つ時だけ(借金の返し方を決める)。
——この三つ、満たしたら“消火器”として神パワーを使う。普段は触らない」
「しょうかき……」
「壁についてるやつ。火事の時だけ使う。日常の料理には使わない、みたいな」
「わかった。けいが、その三つをみたしたって言ったら、わたし、できるぶんだけ、だす。やくそく」
「助かる。日常運転は人間でやる。森→薪/炭→販売→塩/道具→生産性アップ、のループ太らせるほうが、長期的に安い」
「けいは、ゆっくりだけど、うしろにのこるのをえらぶんだね。すき」
「俺の魔法はSOPとKPIだからね。地味だけど強いぞ」
小さく笑ったリベルティアが、ふと思い出したみたいに首を傾ける。
「そういえば、ほねの“ふえかた”、まだふしぎって顔する」
「あー、フィボナッチのやつな。正直、あれはまだ腑に落ちきってない。神の意図か世界の癖か、どっち?」
「ことばにすると、かたちがゆがむの。ヒントだけ——“かさなるおいのり”」
「重なった祈り、ね。了解、宿題にしとく。解析しても、日常運転には混ぜない」
「じゃあ、いまは、ちいさな、おまけ」
リベルティアが俺の額に指をちょんと当てた。視界の奥で、作業線表の“詰まり”がほんの少しだけ、直感でわかりやすくなる。言語化しづらい、感覚の補助。
「これなら、ずるじゃない。判断のレンズ。ながくはもたないけど、けいが“いま、つかう”ってきめた時だけ、すこし、はっきり」
「ありがとう。ちょうどいい。ハイパワーじゃなくて、メガネくらいがちょうどいい」
「めがね〜。けい、にあうかな」
「いまは要らん。老眼になったら頼む」
ふたりで笑ったところへ、遠巻きに“どや立ち未遂”の気配。骨がベンチの影で胸を張りかけ——
「どや、だめ〜」とリベルティア。
「聞こえたか。どや禁止。あとで是正会議ね」
俺は板を門の横に打ちつけ、さっきの三箇条を書いた紙を貼った。
奇跡は消火器。日常は手順。借金は先に返し方を決める。
リベルティアが満足そうにうなずく。
「けい、ありがと。わたし、ちいさくても、ここに、いるから」
「知ってる。だから、俺らは日常を回す。神さまは、いざって時だけ、横から支える。役割分担ってやつ」
「うん」
糸鈴が、二度、やさしく鳴った。白い光が折りたたまれて、幼女神は消える。
湯気の向こうで窯が息をしている。俺は板にもう一行だけ足した。
“奇跡の三箇条は、全員が読める場所に。子どもに説明できる言葉で。”
現場は問いに答える。奇跡は、最後の最後。
俺はフランクに、でもきっちり、その線を引いた。
(つづく)




