石じじいの話・声の化石
石じじいの話です。
「声の化石」というものがあったそうです。
「音の化石」と言ってもよいものです。
ある石を割ると、そこから音がすることがあったのです。
その音は、割ってから5秒ほど続きました。
石の中が空洞であるわけではく、びっしりとしまった石でした。
その石は黒灰色の硬質の泥岩であり、ある川の河原でしかとれませんでした。
その音は、石を叩いたときの衝撃音ではありませんでした。
石を叩き割ってから、数秒してから音が出はじめて、それが5秒ほど続くのです。
だから、石から出る音を、はっきりと聞き取ることができました。
その音の種類は、割る時により、つまり割る石サンプルによって異なりました。
雷のような音がするときがある。
風が吹くような音がするときがある。
獣と思われる生物の吠え声が聞こえることがある。
ごく稀に、人の声のようなものが聞こえることがあったそうです。
「あー、うー、ひやっー」というような、悲鳴でした。*1
それが、5秒ほど続いて消える。
音を発した石を、もう一回叩き割っても、もう音は出ませんでした。
それに、その地層の泥岩のすべてから音が出るわけでもなかったのです。
音を出した泥岩の断面を見ると、必ず、真っ白の「シミ」がありました。
そのシミの形は様々で大きさも様々でした。
シミの大きさや形と、出る音の種類とは関係ないように思われましたが、とにかく、その真っ白なシミの存在は共通していました。
その「音の出る石」を見つけるのは容易ではなかったそうです。
河原の泥岩で音を出すのは、百個に一つ程度でした。
とくに、雨水で風化して赤くなった泥岩は、だめだったそうです。
その「音の化石」の見つかる河原の場所は、他人に話さず、じじいの秘密でした。
だいたい、岩石や化石収集の「亡者」の行動はこういうものです。
私は、この話を聞いた時、「これは、じじいの精神的な問題ではないか?」と思ったものです。
じじいは、たくさんの石サンプルを持ち帰って、石収集趣味の好事家の前で割ってみせました。
その時は、幸運なことに、30個のうち、1個が音を出したそうです。
一度割って音が出たら、それで終わりなので、たくさんのサンプルを持ち帰って、買い手に実演する必要がありました。
しかし、その「化石」発見の確率はとても小さいものだったので、買い手に、その売り物の質を保証することは、はなはだ困難でした。
ここで、救いがありました。
小さな石サンプルでも、中に白いシミの部分があれば音が出たので、1センチ程度の石も、丹念に割ると音がでることがあったのです。
それに、石の出す音量と石のサイズに関係はありませんでした。
とても小さい石は、ハンマーで砕くだけでなく、ペンチで挟んで割ったそうです。
じじいは、飼い主の前で、何度か「石からの発音」を実演することができたので、好事家にたくさんの泥岩を販売することができました。
ボロい儲けです。
なにせ、なんの変哲もない泥岩が売れるのですから。
しかし、その石を購入した人が、実際にそれを割ったかどうかは不明でした。
この石に、「科学的な」興味をもったじじいは、分析方法について中学校の理科の教師に相談しました。
その教諭は、じじいの科学顧問だったのです。
じじいは、すでに割って音を出した岩石の薄片を製作してみました。*2
しかし、それは、特殊な岩石ではなく、結晶片岩の一種でした。
化学分析もしたかったのですが、当時、そのような簡単な分析機器はありませんでしたし、機器を使わない化学分析の手法は、非常に難しいものでした。
ただ、そのような結晶片岩は、川の上流には分布していなかったので、その点が不思議でした。
じじいは、私にも、その「音の化石」が採れる場所を教えてくれませんでした。
*1 以前に、石じじいの話で、叩くと悲鳴をあげる石というのがありました。
初期に紹介した話です。
「石じじいの話・引用:叫ぶ石」
これと同じ話のバリアントかもしれません。
*2 ここでいう「薄片」とは、岩石を光がとおるほど薄く切断・研磨して、ガラス板に接着剤で貼り付けたものです。
それを透過光で偏光顕微鏡で観察するのです。




