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37 最終話

 12月24火日曜日【ディアファン】


 遅くなってごめんね。

 それと、メリークリスマス

 日記に挟んだのは、ギリシャの仲間が作ってくれた「イーヴィル・アイ」というお守り。

 ギリシャではマティと呼ばれていて、青い目というような意味です。


 このマティははるかちゃんが誰かから悪意を向けられたり、嫉妬されたりしたときに、その視線を身代わりとなって受けてくれるんだって。

 どこのお土産屋さんでも手に入るポピュラーなものだけれど、これはボクと同じ透明な友達が心を込めて作ってくれたんだ。


 ガラス細工やメタルのものが多いけれど、それはイルミンスールの落枝から削りだして、ターコイスとラピスラズリという石を砕いて嵌めこんであるんだってさ。

 石のことは詳しくないけれど、どうやらボクははるかちゃんの話を良くするみたいで、あちらで知り合って友達になった子が「君の大切な人に」と言って渡してくれた。


 ボクらは生物学的にずっと一緒にはいられないけれど、そういうのを超えた友達でしょ?

 だから「ボクの大切な人」といえば、君なんだ。


 ボクはまた旅立たなくてはなりません。

 予定は未定で申し訳ないけれど、ボクの本拠地はここです。

 必ず戻って来るから、はるかちゃんもこの地で頑張っていてね。


 奈穂美さんが戻って来るなら、ボクも安心して旅立てます。

 短くてごめん。


 今回は日記を見るためだけに帰ってきたんだ。

 だからもう行かなくちゃ。

 

 ボクの本当に大切な人 あなたの幸せはボクの幸せです。

 絶対に早く終わらせて帰ってくるからね。


 

::::::::::




 ディアファンからの連絡は、この日以降途絶えてしまいました。

 年明け早々に世界の火薬庫と呼ばれる地域で戦闘が激化したりしましたが、はるかはディアファンの無事を祈る以外何もできないまま月日だけが過ぎていきます。


 そんな毎日の中、冬が終わり春が来て、再びテディーベアプリントの日傘をさす頃になりました。

 日課のように百葉箱の前を通るはるかですが、小さな熊のぬいぐるみは静かに座っているだけです。


 そしてまた冬が来て春になる前に、はるかは海に近い小学校に転勤になりました。

 実家から通うのは難しく、人生で初めての一人暮らしを経験することになります。

 それでも週末ごとに実家に戻り、なんだかんだと言い訳をつけて百葉箱を見に行くはるか。

 熊のぬいぐるみはすっかり色褪せて、足先から綿がのぞき始めています。


 最初の半年は、自分が何かをしてしまって嫌われたのだと考えていたはるかですが、連絡が無くても無事でさえいてくれたらそれでよいと考えるようになっていました。

 ディアファンから送られたクリスマスプレゼントのマティは、ペンダントに作り変えられ、今日も彼女の胸元を飾っています。


 それからまた1年、桜が散り日差しが少し強くなってきた頃、地中海に飛行機が墜落したというニュースが飛び込んできました。

 一人の部屋でテレビ画面に流れるテロップが、はるかに何かを伝えているような気持ちになります。

 はるかは胸が潰れそうなほど心配しましたが、ディアファンからは何の便りもないままでした。

 それから彼女は百葉箱の前を通ることを避けるようになりました。


 ディアファンくん、どうしちゃったのでしょうね。


「あら? あれは……」


 それからふた月、栗の花が散ってしまった最初の日曜日、実家に戻っていたはるかちゃんが、久しぶりに百葉箱の前を通ると、カラカラに枯れた月桂樹が百葉箱の把手に結んでありました。

 駆け寄って扉を開くと、朽ちかけた熊のぬいぐるみの下にメモが挟んであります。


「栗花落紫陽花さま


 ディアファンはあなたのことが大好きでした


 どうぞ健康で、長生きをして下さいね」


 差出人の名前は書かれていません。

 慣れ親しんだディアファンの字でもありません。

 スカートの裾が汚れるのも構わず、はるかはその場にしゃがみ込んでしまいました。


 行き交う人が不思議そうにはるかを見ています。

 先ほどから降り出した雨なのか涙なのか、はるかの頬はべしょべしょに濡れていました。



::::::::::



「ねえおばあちゃん。あのボロボロのご本はなあに?」


「あれはね、おばあちゃんの宝物よ。おばあちゃんが死んだら、一緒に天国に持っていきたいご本なの」


「おばあちゃん、死ぬの?」


「そりゃおばあちゃんだって、いつかは死ぬわ。これだけは平等なの。透明でも不透明でも、生きているものは必ず死ぬのよ」


「ふぅん……じゃあ道子もいつかは死ぬの?」


「そうよ。命は有限なの。でもね、誰かを思う気持ちは無限なのよ。その心は世界中のどこにでも一瞬で飛んでいけるの。そして必ず届くのよ」


 不思議そうな顔をした孫娘が続けます。


「ねえねえ、おばあちゃん。あの青いのは何? 宝石?」


「あれもおばあちゃんの宝物。ずっとおばあちゃんを守ってくれた大切な石よ。あれはおばあちゃんが死んだら道子にあげる。絶対に大切にしてちょうだいね。きっとあなたを守ってくれるから」


「うん、道子絶対に大切にするよ。でもおばあちゃんってたくさん宝物を持っているのねぇ」


「そうよ、形で残っているのはあの日記とマティだけだけれど、おばあちゃんの心の中にはもっともっとたくさんの宝物があるのよ」


「ふぅん……いいね」


「うん、良いでしょ」


 孫娘に微笑みかけたその老女は、遠い目をしていつまでも空を見上げていました。







 おしまい


 最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 


 志波 連


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