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春風に香る夢  作者: 蒼未来
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春風に香る夢

彼女に出逢って二ヶ月が過ぎようとしていた。次第に気温は上がり、朝から半袖の人も増えてきている。今年は例年より早い梅雨入りで今日も水溜りに雨粒が落ち徐々にその形を大きくしている。北海道は梅雨にあまり縁がなくこちらに来たばかりの頃は梅雨の洗礼をよく受けたものだ。走は約束の時間の一時間前から待ち合わせ場所に来ていた。待ち合わせにに選んだ場所。それは彼女に初めて会った場所。昼間とは思えない程暗い外に目を向ける。

「昨日の天気予報じゃ晴れだったじゃないか」

口から零れた愚痴も湿気を含んだ空気に触れると弱々しく溶けていく。そんな昼下がりに大きな溜息を付くとそれが合図となったかのように雨はその降り方を弱めた。雲と雲の間から一筋の光が差し込み始めた頃、扉が開いて鈴が湿った音を出した。それに続けて聞き覚えのある声が耳に届く。

「よっ」

短い挨拶でもそれが誰であるかはすぐに分かった。

「剛か。どうしてここに?またナンパしに来たのか?」

あの日の出来事を思い出しながらそう聞くと剛は視線を窓の外に向ける。

「いや、そうじゃない。もうナンパは止めた。」

「そうか」

言葉では理解の意を示しながらも意外な返答に驚き、会話に間が生まれる。その間を埋めるように口を開く。

「じゃあ、何をしにここに来たんだ?」

今度は剛が驚いたような表情を作ったがすぐに頬の筋肉を緩める。

「ここのコーヒーが飲みたくなったんだ。おかしな事じゃないだろ?」

そう言って笑う剛を見て僕は、一つの大きな疑問をぶつけてみることにした。

「どうして止めたんだ?お前の生業みたいなものだろ?」

この問いに剛は一瞬表情を曇らせた(ように見えた)が自分に何か言い聞かせるように拳を握りこう答えた。

「する必要がなくなったんだ。ただそれだけ」

彼に何かあった。そう直感した。その何かが彼を変えたんだ。あの彼をこうも変えたものとは何なのか。興味が無いと言えば嘘になるがここで聞くのは野暮というものだろう。しかし特に見当が付くわけでもなかった。だから「そうか」とだけ答えておく。

「走はどうしてここにいるんだ?」

当然くるだろうと予想していた質問に走は準備しておいた答えを一字一句正確に口にする。

「会う約束をしている人がいるんだ」

それを聞いた剛は想像通りの憎たらしいまでの笑顔を浮かべる。

「女の子か?」

「まぁな」

「お前も隅に置けないなぁ。お前の晴れ舞台を見ていくとするか」

「変な事するなよ?」

「当たり前だろ?未来の嫁さんになるかもしれない人なんだからな」

「信用ならないな」

馬鹿げた会話をしながら走は時計を見る。

「五分前か.....」

雲の切れ間から見えていた太陽はいつの間にか雨雲に隠れていた。耳に雨が屋根を叩く音が再び響き始める。雨音ではない音が届いたのはそれから間もなくだった。湿った空気に響く鈴の音。女性物の靴が地面のタイルを叩く。その音は次第に大きくなりやがて止まった。女性が頭を軽く下げる。

「すみません。遅くなりました」

そう言って彼女は席につく。

走は剛が邪魔をしないよう釘を刺そうと彼を見た。そして唖然とした。そこにあったのは先程までのニヤついた顔ではなく地獄を見たかのように凍りついた顔であった。





んっ.....


目を覚ました走は一つ大きな伸びをするとゆっくりと立ち上がった。

「また同じ夢か.....」

一人だけのカフェに力無く吐かれた言葉はすぐに周りの空気に溶け込む。陽はほぼ沈み、辺りは少し暗くなっていた。火照った顔を風に当てようと窓を開ける。木の下にはまだあの女の子がいた。今までずっと待っているらしいその様子が可哀想になり目を留める。すると暫くして一人の男の子が女の子の元に駆け寄って行った。その男の子は謝るような仕草をしながら何かを女の子に伝えている。納得した様子の女の子はそれまで不安そうであった表情を笑顔に変えると男の子の腕を取り歩き始める。走は二人が角を曲がって見えなくなるまで二人の行方をただじっと見つめた。近くの学校のチャイムが鳴り校内放送が流れ始める。すっかり冷えたカフェの空気に寒気を感じて窓を閉め、鍵をかけると、テーブルの上の荷物をもってカフェを出た。ふと彼女達が消えて行った方の空を見上げると先程まで無かった雨雲がポツリと一つ浮かんでいた。

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