第十六章 戦い終わって
柔らかく、温かみのある感触を心地よく感じながら、俺は意識を取り戻した。体は動かせない。視界もない。ちょうど金縛りになったような感覚だ。耳はどうにか聞こえているが、言葉なのかは分からない。
こいう時は意識を集中させて、まぶたを開き、手足を動かそうとイメージすればいいのだ。
まぶたは、なんとか開けられそうだが、光を感じない。夜なのだろうか。
足は疲労がひどく、あまり動かせない。それでは手を動かしてみることにした。柔らかく生暖かいものがあたっている。このパターンはまさか。いや、それはないチカは相当な重症だった。俺をヒーリングすることなど無理だ。
チカ、・・・・・、
突然、脳裏に俺の峰打ちを腹に受けた直後、赤黒い血反吐を吐くチカのイメージが呼び起こされた。チカを殺してしまったとさえ思った悪夢のような光景だ。
「うああああああああ、」
無意識に発した悲鳴と共に顔上げ、目をカッと見開いた。
病室らしきところにいることは即座に分かった。寝ているのは病院のベッドである。ぼやけていた目の焦点も徐々に定まって来る。
目の前には、雷バ、いえ雷お姉さんの美香さんが、素肌に白い絹の浴衣を羽織ってたたずんでいる。両足の付け根の黒い三角州のジャングルも俺の上体の目線角度によっては、ちらちら見えてしまっている。
ええええ、純朴な高校生になんという淫靡なものを見せつけてくれるのだ。だが、安心しろ健児よ、マイサンはことのほか静かだ。
「あら、やっと起きたわね」
「な、何をやってるんですか、あなたは」
「何って、あなたの介抱じゃない。結構な怪我だったからヒーリング効果を高める為に、素肌を当てていたのだけど。
キミ、って無意識でもかなりスケベだね。寝ぼけザマにオッパイ吸ってくるわ、三角州には顔埋めるわ、もう参っちゃった。若い男の子は盛んよね」
「姉さんのオッパイ、思い出したんじゃないの」
「そんなこともあったわねえ」
俺は、無意識に自分がしでかしたであろう醜態ざまを聞かされ驚愕した。なんということをしでかしたのだ。澪にさえしてないのに、こんな三十路を超えた萎びはじめたババアのデルタゾーンに顔を埋めるとは、なんたる失態。
「あー、また、あたしが傷つくようなこと思ったでしょう。仮にもあたしはあんたの乳母だったのよ。まあ無理も無いか。赤ん坊の頃じゃねえ。右乳はあんたが、左乳はチカが吸いついてたのよ。あんたの実家でほんの三ヶ月の間だったんだけどさ」
なんでこの人の乳を赤ん坊のチカと俺が飲んでたと言うのだろうか。
「旦那が新婚早々海外出張で、旦那の両親も海外旅行中で、寂しいから家は管理人雇って面倒見てもらって、あたしはチカと師匠の家に転がり込んだのよねえ」
「その師匠の旦那がまさかパパの先輩だったというのも何かの運命よね」
「あのう、」
二人の会話について行けず、俺は知らず知らず割り込みを入れてしまった。
「どうしたの坊や」
いきなりマイサンが生暖かいものに包まれる。
「この暴れん坊将軍様は、また白濁液を吐きたいのかしら」
白濁液? もう何か分かってしまった。ヘソの下あたりがガビガビな感じがしてるのは気のせいではないようだ。アノ臭いもキツイ。
「ほら、コレよ、コレコレ」
下半身に掛かられた厚めの白いタオルの下でしなだれているであろうマイサンを白衣の女性が指先で突っついている。
白衣の女性は、美香さんの妹の秦恵さんだ。チカとはあまり似ていないが、筋肉質でスリムで、出るところは出て、吐息がたまらない。膨張を感じたタオルの下に鎮座するマイサンに我慢しろと話しかける。この姉妹は、健全な高校生を毒して何が楽しいんだ。
「でも、キミすごいわよ。キミはほぼ自分で治癒したのよ。性的興奮によってね。これは新発見だわ」
なんともしやマイサンの摩擦刺激による膨張噴火、いわゆる発電行為を既にしていただと!せめて意識があるときにやって欲しいのに、なんて不幸なんだ。いや、待て待て、じゃあなんで薄着の美香さんが俺の傍らにいるんだよ。
「美香さんが人肌で治癒してくれたのではないのですか」
「最初はそうしてたんだけど、キミの場合、外傷より内傷の方が酷くてね。姐さんのヒーリングでは短期で治すのが困難だったのよ。チカの方は澪がつきっきりだし、アタシは武闘派だからヒーリングできないし、海景は年齢的にヤバイじゃない。あの娘が一番ヒーリングが強いのだけど十歳でしょ。健児くんがそっちに目覚めちゃうと後々まずいじゃない。
そしたら、キミがチカのパンツ握りしめていたのに気づいてね。調べたらキミの歯型と唾液がついてたから、もしやと思って実験してみたら、ビンゴだったわ。キミは性的興奮によってアドレナリンが分泌するだけじゃなく、回復能力も増幅されるのよ」
なんだこの人、可愛エロい顔で嬉しそうに話さないで欲しいなあ。
初対面の時は、清楚な普通の大人の女性に見えていた秦恵さんも、今はかなりエロいお姉さんに見えてしまう俺。病室と女医というシチュがいやがおうにも俺の心を熱くさせているのだ。
しかも、彼女はその白魚のような美しい手がタオル越しとはいえマイサンに触れてしまいそうではないか。見蕩れて萌えるシチュエーションだ。
「蕩萌ー」
無意識に出る自分でも理解不能な雄叫び。ガチャリとロック音がし、戸がスライドして誰かが中に入ってくるのを感じた。きっと看護師だろうとさほど気に止めなかったが、何やら怒りのパワーのようなものが背後にそそり立つ感覚が来た。
「ケンちゃん、もー! 何馬鹿なことやってんの!」
我が恋人、澪である。
「あ、健児の鬼嫁が来た」
「もう美香ちゃん、健児の○ンコで遊ばないで」
ナニー、チン○だと!
澪の口から汚れた単語が飛び出しやがった。
「ちょっと実験してただけだから。こんなことくらいで白濁液は無くならないから心配しないで。それとも、研究用にビーカーに採ったけど、こんなに大量には要らないから小出ししてグイっと一気飲みする?」
「あんたアタシをマジで怒らせたいの!」
澪の目が覚めて鋭くなっている。声も低音でドスがある。俺さえもビビっている。
「たんま、たんま。冗談が過ぎました」
年上なのに澪の形相見て焦り、あたふたしだす奏恵さんがスケ番の舎弟ならぬ舎妹のように見えた。
「わかればよろしい」
澪はさながら女帝である。澪って本来はこんな感じだったかな。最近、小姑に変わりつつあるような。白鳥さん時代の澪は俺の理想的な幻想だったのか。
「そんなことよりも、チカの怪我は治ったの」
そうだ、チカだ。チカはどうなったのだ。
「打撃の傷は、淀みで修復されてたから致命傷はなかったわ。ただ、かなり重たい刀を振り回したおかげで、骨がずれてるから、こっちは整体が必要ね」
「五味くんや鬼頭くん達はどうなの?」
「彼らは咲夜さんが導入してくれた治療ドックに入れたから、二、三日もすれば回復するでしょうね。
それとチカは、ヒーリングによる治療は済んだから、秦恵ちゃんには診察をお願いするわ」
「え~、アタシは健児くんの方がいいいなあ。結構、いじりがいあるし。カワイイし。ねえ健児クンもアタシにいじられていたいでしょ。九月から一緒に暮らすんだしねえ」
秦恵さんは小悪魔的な笑みで俺を見つめウィンクする。その顔にズキュンとハートを射抜かれてしまっている俺がいる。まさに年下キラーだなこの人は。一応、病人なのだしと、開き直って彼女のなすがままに身を委ねたい気分だ。俺は気が抜けたふりをして、すうっと眠りに落ちようとした。そうしなよと奏恵さんが言ってるように思えたんだ。だが、マジで体は疲れていて、意識が徐々になくなっていった。すうっと消えていく感じがした。
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「ケンちゃん、なにタヌキ寝入りしてるの、もう治ってるでしょ」と、澪に無理やり起こされる。目の前には白衣の美女医、横は裸体に浴衣を羽織った美中年女性、背後は愛する恋人。よく考えなくても、これはかなりな修羅場ではないか。なに余裕でニヤけていたんだ俺は。澪は怒るとマユどころでは、無かったのだ。今まで忘れていたはずの小学生の頃の浮気制裁の日々がまるで昨日の事のよう頭の中に呼び起こされてしまった。
最近の澪は、家の事情で装っていたお嬢様の雰囲気を捨て、昔馴染みの姿に戻りつつあるが、俺へのお仕置きに関しては手加減が無い。
小学校の時、修行から家に帰って来た姉ちゃんと分からず、綺麗な年上のお姉さんだと勘違いしてデレデレしていた背後から締め落とされ、紗希姉の風呂を覗き熱湯をかけられた後、とぼとぼ部屋に戻ろうとしたところを背後から投げ飛ばされ、逆関節決められたりしたこと。
中学になって久々に会いキスの最中にどさくさ紛れに、胸と尻までは触らせてくれたので、調子に乗ってパンティーを脱がそうと手をかけた瞬間、顎が外れるかと思う程の肘打ちかましてきたりと怖いやつだった。どこまでがセーフなのかが測りかねるやつだ。
俺は置かれた状況を分析しつつも、あまりの怖さに振り向けず、どうすべきか固まってしまった。
「良かった無事で」
澪は、そっと背後から覆いかぶさった。
「もう、目を離すとすぐ無茶をするのだから、危険を感じないのは悪い癖よ。危険感覚をもっと養って、あなたはいずれリーダーになるのよ。勝てばいいなんて思慮の無い行動は考えないで、自分だけでなく皆の命を尊んで。あなたは千代様の孫だから心配なのよ。決して千代様のような無茶は絶対にしてはだめよ。わたしもキャンプの一件から反省したわ。
死んではだめよ。生き残ってこそなのよ。それに、あたしたちまだやることやってないでしょ」と、しなだれたマイサンの頭をタオル越しに指で弾いた。この場合、デコピンでなく、○ンピン、はたまたカメピンというのだろうか。流石にこれでは硬直はしない。
しかし、意味深な澪のセリフには妙に心がえぐられる思いがする。俺は戦う寸前まで恐怖を感じてなかったように思えるが、実は建物に入る前から気づいていたようにも思えるのだ。心のどこかで戦いに喜びを感じていた感覚もあるのだ。
「澪、今日はしてないのね。愛する健児クンへのサービス?」
「チカのヒーリングしてるでしょ」
「そっか、そっか。いつもよりデカイから別人に見えちゃうのよね」
ときめかしい女子会話に、先ほどまでの緊張が吹き飛びはたと心が踊ってしまった。もはや、ついだっきまで悩んでいたことは記憶の底に沈みつつあるが、引き上げたいとも思わない。それ以上に、今のときめかしい女子会話の内容が気になる。
「今日はしてないの?」
「健児クンへのサービス?」
「いつもよりデカイ?」
なんだこの会話は。まさか胸の話なのか。そうに違いない。それにいつもより背中に当たる肉感が大きいように感じるぞ。まさか澪はサラシのようなものを胸に巻いて小さく見せていたというのか。
しかし、川のバーベキューの時水着を着てたではないか。そうか、ビキニは姉貴と咲夜とマユだったな。澪は上下つながったワンピースのやつだった。なるほど、そこまで周到に誤魔化していたのか。これは振り返って確認せねばなるまいよ。澪なら美乳の方が似合いだが、大きいならばぜひその形を目に焼き付けねばなるまいよ。それが彼氏の勤めだろう。
そーっと首を回して後ろを見れば、澪が目を閉じて背中に抱きついている。澪はタオル生地のガウンを羽織っているが、この角度から見てもノーブラであることは確信できた。俺の心は自然と淡くも邪な心で満たされていく。
『ドサクサに紛れて揉んでやろうか』頭の中は知らず知らずにその思いで満たされてしまう。ゆっくりやれば、澪もその気になってくれるのではないか、そう思って疑えない程だ。
俺は悟られないよう呼吸を止めゆっくりと右手を後ろに回し、たわわに実った果実に近づけていく。修行のおかげなのか、まるで右手に目でもついているかのように澪の乳の位置が感覚的に分かる感じがしている。そして、間もなく果実を掴もうとした瞬間、怒髪天と表現するにふさわしい怒りのオーラが背後に立ち、俺の意識は強制的に真っ白の中に沈んでいった。
『やはり、あからさまなスケべ心は拒絶されるのか・・・・』
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再び目を開けると、木目の板が目に飛び込んできた。周囲を見廻すと自宅の俺の部屋だと認識できた。いつの間にやら自宅に戻されたらしい。パジャマも着ているし、布団をかけられている。
窓越しにマユの部屋を見るがカーテンは閉じられていた。明るさと気温からして、朝方であるのは違いない。
机の上にはマユが飼っている捨て猫だったマヤが俺を見ている。マヤはミイと泣くと俺の布団の上に飛び乗った。
マヤ。四年前の台風の日、流れる川の中で板切れの上に必死にへばりついて鳴いていた子猫。今ではすっかり中年のオバさんだが俺にとっては可愛いガールフレンドである。
マヤを抱きかかえ、キスをすると、ミイと声を上げる。喉の下をグリグリしてやると、ゴロゴロと音を出す。可愛いやつだと頬ずりすると気持ち良さそうな声を上げる。
澪もお前くらい寛大だといいんだがなあ。とボヤキが出てしまう。
『たく、朝っぱらからアホヅラ見せんなよ』
猫が喋った!
そんなバカな!
もちろん、バカなことはない。マヤがマユの声帯模写してるとか世迷い言を言うほど馬鹿ではない。俺は見つけた。マヤの首輪に小型カメラと小型スピーカーマイクがついているのを。きっと、マユが付けたのだろう。察するにパソコンの画面でさっきの俺のアホ顔を見てたのだろうなあ。ギャラリーには誰がいるのかいささか心配だ。
『今日はいったい何日だ。都会で豪遊とはこらまたえらい余裕だな~。さっさと、道場に来やがれ、このバカ健児!』




