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ハズレスキル『観察』は、最強でした ―E級と笑われた俺が、世界のすべてを見抜くソロダンジョン攻略記―   作者: りお
第2章 ソロの目覚め

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【第16話】エリートの目

 その日、協会本部は朝から騒がしかった。


 市街地のすぐ近くに大型のゲートが開いたという。高危険度。しかも氾濫までの猶予が短いらしい。街に近いぶん、放置すれば被害は計り知れない。協会は緊急で対応を組むため、登録ハンターを本部へ集めていた。俺も熊沢の使いで、依頼票の受け渡しのついでにその場へ来ていた。


 ロビーはいつになく人で埋まっていた。低いざわめきが天井の高い空間に反響している。皆、あの大型ゲートの話をしていた。誰が攻略するのか。街は無事なのか。不安と興奮と野次馬の熱が入り混じっていた。


 高危険度の大型が街のすぐそばに口を開ける。それがどういうことか、四十年をダンジョンと過ごしてきたこの社会はよく知っていた。攻略が間に合わなければ、溢れた魔物が現実の街路へなだれ込む。氾濫。四十年前の厄災を年寄りたちはまだ覚えている。だから今日のロビーに、いつもの探索者の気楽さはなかった。


 そのざわめきの中心に、一団の男たちがいた。


 真新しく揃えられた装備。胸には鱗を象った金の紋章。大手ギルド〈天鱗〉。この界隈で力といえばまず名の挙がる連中だ。彼らが通ると人が自然と道を空ける。そして、その中心にあの男がいた。桐生。以前、虫の巣のゲートの前で一度すれ違った〈天鱗〉のエースだった。


 周囲の目が桐生に集まっている。期待。憧れ。羨望。ランクが高いということは、この世界ではそれだけで人を惹きつける。数字がそのまま格になる。桐生はその格を絵に描いたような男だった。実際、強い。立ち姿を見ただけで分かる。素の身体が俺のような借り物とは、造りからして違っていた。


 その視線がふと、俺のほうへ流れてきた。


 一瞬、記憶をたどるような間があった。それから、口の端が笑いの形にゆがむ。


「……ああ。あのときの命知らずか。虫の巣に、ソロで潜ったっていう」


 桐生がこちらへ歩いてくる。連れの〈天鱗〉の面々も面白がるように後をついてきた。若い一人が桐生に何か耳打ちする。桐生の笑みが少し大きくなった。


「噂は聞いてるぞ。〈月虹〉の妙なソロ。誰も抜けない部屋を一人で抜くとか、なんとか。……D級が、なあ」


 男は俺を上から下まで眺めた。値踏みですらない。取るに足らないものをただ確認する目だ。


「運がいいんだろうな、お前は。何度か、たまたま嵌まった。それを見た連中が、勝手に尾ひれをつけて回してる。よくある話だ」


 連れの若いのが追従するように笑った。「弱小ギルドの看板犬ってやつっスね」。誰かがそう言い、どっと笑いが起きた。俺はその輪の中でただ黙って立っていた。笑いたい者には、笑わせておけばいい。


「勘違いするなよ」桐生が締めくくった。「運と実力は違う。お前がどれだけ噂になろうと、〈D〉の一文字は変わらねえ。身の丈をわきまえておけ」


 俺は黙って聞いていた。


 言い返す気は起きなかった。桐生の言うことは半分、当たっている。俺の攻略は力ではなく、たまたま見えたものを拾っているだけだ。運と言われれば、そう聞こえもする。それに――手柄も名声も、俺には要らない。この人たちがどう思おうと、俺の暮らしには関係がない。早く依頼票を渡して、陽菜のところへ帰りたい。頭にあったのはそれだけだった。


 ふと、人垣の隅で一人の若いハンターがこちらを見ているのに気づいた。以前〈月虹〉で俺の言葉に青ざめた、あの男だ。笑ってはいなかった。桐生の侮りにも周りの追従の笑いにも加わらず、何か言いたげに、だが言えずに、ただ気まずそうに目を伏せた。この界隈にもほんの少しだけ、俺の攻略を"運"では片づけない者が増え始めている。桐生たちは、まだそれを知らない。


 だが、俺の目は勝手に桐生を読んでいた。


 この男は、ただ傲慢なだけの男ではなかった。立ち方に隙がない。視線の運びが速い。足の運び一つに、現場を数えきれないほど踏んできた勘が滲んでいる。本物だ。だからこそ――笑いながらも、その目の奥にほんのわずかな引っかかりが揺れていた。〈月虹〉のソロの攻略時間。耳に入ってきた噂の数字。それが、経験を積んだこの男の勘にかすかに刺さっている。ありえない。そう切り捨てながら、切り捨てきれないものがその奥に残っていた。


 口では雑魚と笑う。だが、勘のいい獣ほど、説明のつかないものには本能で身構える。桐生はたぶん、そういう男だった。だから余計に俺を、強く笑ってみせるのだろう。


  ◇ ◇ ◇


 やがて協会の担当官が壇上に立った。ざわめきがすっと引く。


 例の大型ゲートの説明が始まった。高危険度。内部は広く、いくつもの型が入り混じった複合型。担当官が偵察の映像と、粗い見取り図を壁に映し出す。ロビーの空気が少しだけ張り詰めた。


 氾濫までの残り時間が、壇の脇の掲示に赤く灯っている。


 ――残り、四十時間。


 高危険度の大型にしては短い。この規模のダンジョンをその時間で攻略し切るのは、決して楽ではないはずだ。まして、街にこれだけ近い。取り逃せば、氾濫がそのまま市街を飲む。失敗の許されない現場だった。ロビーの誰もがその意味を分かっていた。


 誰かが小さく漏らした。「あの規模を四十時間で……本当に間に合うのか」。担当官はそれには答えなかった。だが、その沈黙こそが事の際どさを何より物語っていた。だからこそ、白羽の矢は最上位の精鋭に立つ。この街で、それに応えられる者は一つしかいなかった。


 担当官が、攻略を委託する相手を告げた。


「本件は――〈天鱗〉に一任します」


 どよめきが期待に変わった。〈天鱗〉なら、と誰もが頷く。ランク最上位の精鋭。この街であの大型を任せられるのは彼らをおいて他にない。桐生が当然のように前へ出た。余裕の表情だった。


「任せておけ。この街の連中を、二日も不安がらせやしない」


 その一言に、ロビーが沸いた。頼もしい、と口々に囁く声。桐生はその中心で軽く手を上げてみせた。まるで、勝ちがもう決まっているかのように。


 勝ちは決まっている。誰もがそう思っていた。俺もそう思っておきたかった。〈天鱗〉が攻略すれば、街は救われる。それがいちばんいい。誰かが困る筋書きなど、望んでいなかった。


 俺はその光景を、隅から眺めていた。〈天鱗〉が街を守る。桐生がその先頭に立つ。それでいい。俺には関係のない話だ。依頼票を窓口に預けて、俺は本部を出た。


 だが――担当官が映し出した、あの見取り図。それを見ているうちに、大型ゲートの造りが俺の目に、うっすらと像を結び始めていた。広く、幾重にも入り組んでいる。属性の壁。折り返す通路。仕掛けと物量が二重三重に絡んでいる。力で押せば、たぶんあちこちで足を止められる。あの複合型は正面からの物量では、思いのほか時間を食う造りだった。速さと物量で押し切る〈天鱗〉のやり方は、あの造りとは相性が悪い。どこかで必ず手が止まる。四十時間という数字が、じわりと重く見えてきた。


 もし〈天鱗〉が手間取れば。もしあの赤い数字が尽きるまでに、複合型を抜けられなかったら。そこまで考えて、俺は苦笑した。あの桐生が負ける画など、この場の誰一人、思い描いてはいない。俺自身も含めて。


 そこまで読んで、俺は首を振った。関係ない。〈天鱗〉が攻略するゲートだ。俺の出る幕じゃない。


 そう思いながら、なぜだろう。あの赤い数字と桐生の余裕の顔だけが、妙に頭の隅に引っかかって離れてくれなかった。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。


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