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ハズレスキル『観察』は、最強でした ―E級と笑われた俺が、世界のすべてを見抜くソロダンジョン攻略記―   作者: りお
第1章 E級の烙印

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【第1話】査定不能

この物語はフィクションです。


登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

 俺が覚醒に人生を賭けたのは、才能でも野心でもない。妹に飯を食わせる金が要る。ただそれだけだった。


 ゲートが世界に穴を開けて四十年。ダンジョンから溢れる魔物を狩り、魔石と素材を持ち帰る。それがハンターという職業だ。学歴もいらない。後ろ盾もいらない。必要なのはたった一つ、覚醒したスキルだけだ。だから俺のような人間にとって、覚醒判定は人生で唯一の逆転札だった。今日ここに来るまで、俺はそう信じていた。


 妹の陽菜は今年で八つになる。両親はいない。俺が稼がなければ、あの子の明日の飯もない。半年ぶんの貯金をすべて崩して、俺はこの判定に賭けていた。強いスキルさえ引ければ何もかも変わる。日当たりの悪いアパートも。削りに削った食費も。夜中にこっそりつける家計簿も。全部、今日で終わるはずだった。


 東京・霞ヶ関。日本ゲート管理協会の本部。その査定・登録部にある判定所は白く清潔で、かすかに消毒液の匂いがした。仕切られた個室ブースの椅子に座る。目の前の鑑定機に手を置いた。指先が冷たい。緊張のせいだ。


「では始めます。力を抜いて」


 判定官は五十がらみの男だった。事務的な声。何万人も測ってきた顔だ。


 機械が低く唸った。手のひらから背筋へ、ぬるい電流のようなものが走る。視界の隅に半透明の窓がぽつりと浮かんだ。


 俺は息を止めて、そこに並んだ文字を読んだ。


──────────

 Lv.1  ランク:E

 STR:10 VIT:10 AGI:10

 DEX:10 MID:10 INT:10 (合計60)

 スキル:『観察』(査定不能)

──────────


 合計六十。E級の、最下限。


 頭の芯がすっと冷えた。


 六十がどういう数字かくらい、俺でも知っている。ハンター登録はできる。だが正規の探索者としては誰も雇わない。魔物の巣に荷物持ちとして放り込まれる程度の値だ。それが今日、俺という人間につけられた値段だった。


 判定官が手元の端末をのぞいた。ふっと息を漏らす。


「観察、ねえ」


 その一言で、期待の余熱が最後まで冷めていくのが分かった。


「悪いことは言わない。これは『鑑定』の下位互換だ。あっちが一瞬で出す情報を、こいつは何十秒もかけて、しかも半分しか出さない。戦闘の役には立たん。ハズレだよ。正真正銘のな」


 言い慣れた口ぶりだった。俺を馬鹿にしているわけじゃない。ただ事実を告げているだけだ。それが余計にこたえた。


 俺は黙って判定官の顔を見ていた。


 ――見ていた、というのはたぶん普通の意味ではない。


 その男の左肩がわずかに落ちている。若い頃に一度、外した肩だ。今も雨の前には鈍く痛む。かばう癖が無意識に肘の角度へ出ている。それが見えた。見ようとしたわけでもないのに、そこにあるものとして目に入ってきた。


 机の下では右膝を細かく揺すっている。もう昼をだいぶ回った時間だ。血糖が落ちて集中が切れかけている。だから流れ作業で切り捨てたがっている。そんな体の内側の事情まで、俺の目にはなぜか映っていた。


 部屋そのものも同じだった。天井の配管が支持金具を一つ失って、ほんの数ミリたわんでいる。奥の蛍光灯は寿命間近だ。電圧が揺れるたび点滅の予兆を光の縁ににじませる。壁の亀裂の走り方が、この建物のどこに古い負荷がかかっているかを静かに教えてくる。どれも、じっと見つめれば見つめるほど輪郭がはっきりしていった。


 俺は、それが不思議だった。


「……あの」


「なんだ」


「肩、無理しないほうがいいですよ。左の。昔やったやつ、まだ残ってる」


 判定官の眉がぴくりと動いた。


「……なんで、それを」


「見れば分かるでしょう」


 言ってから俺は本気で首をかしげた。分かるでしょう、と口にした。だってそこにあるのだ。姿勢に。癖に。体の使い方に。全部そのまま表に出ている。読み取るというより、置いてあるものを見ただけだ。誰だって同じように見えているものだと、俺は思っていた。


 なのに男は、幽霊でも見るような顔で俺を見返した。


「……もういい。次がつかえてる。登録は外のカウンターで」


 追い払うように手を振られた。俺はそれ以上何も言わなかった。言ったところで、何かが変わる気もしなかった。


  ◇ ◇ ◇


 ブースを出ると、広いロビーは覚醒待ちの応募者でざわついていた。皆どこか高揚している。ここに来る人間は、一人残らず今日が人生の転機になると信じているのだ。ついさっきの俺のように。


 ロビーの奥には二つの窓口が並んでいた。片方は探索者登録。もう片方は補助職・ポーターの登録だ。判定の中身は個室で本人にしか告げられない。だが、どちらの列に並ぶかで、そいつが何を引いたのかは周りに知れてしまう。強いスキルなら探索者。使い道のない結果なら、荷運びの列だ。誰も結果を聞いてはいない。それでも足の向きが答えを晒す。


 俺は補助職の窓口へ歩いた。ほかに並べる列がなかった。


 その瞬間、背中に視線が集まるのが分かった。近くで順番を待っていた若い連中の間に、ひそやかな笑いがさざ波のように広がる。声はひそめている。だが目は隠せていない。あれだけ気合を入れて入っていったやつが、まっすぐ荷運びの列に並んだ。それで十分だった。この足取りが、全部を語っていた。


 窓口の職員は事務的だった。俺の登録証を機械に通す。周りに聞こえないよう声を落として、短く確認してきた。


「ポーター登録で、よろしいですね」


 問いというより確認だった。荷運び。捨て駒。E級にはそれ以外の枠がない。


「……お願いします」


 俺はうつむかなかった。ただ、笑っている一人の男の腰の位置に、自然と目がいった。


 右足に体重が乗っていない。かばっている。数日前に痛めた足首だ。登録証にはたぶん、そこそこのランクが記されているのだろう。強い『付与』系のスキル持ちらしい。だがその術式は、力を込めるたび指先の一節から漏れている。燃費が悪い。本人はまだ気づいていない。いずれダンジョンの奥で、肝心なときに切れる。そういう綻びが、俺には一目で見えた。


 ――なあ、あんたたちには、これが見えていないのか。


 俺は本気でそう思った。俺に見えているものが、この部屋の誰にも見えていない。そんなことがあるはずない。だってこんなにはっきりと、目の前にあるのに。


 カウンターの職員から一枚のカードを受け取った。


 ポーター登録証。ハンターとしての、俺の身分証だ。そこに刻まれた〈E〉の一文字が、蛍光灯の下でやけに白々しく光っていた。


  ◇ ◇ ◇


 判定所を出ると、夕方の風が冷たかった。


 官庁街の向こう、東京のビルの稜線の切れ間に、それは見えた。ゲートだ。青白い光の柱が音もなく空へ立ち昇っている。都内のどこかに口を開けた、異界への裂け目。四十年、あの光は消えない。あの奥に魔物と、魔石と、金がある。


 俺はカードをポケットにしまった。


 最弱。査定不能。ハズレスキル。今日、俺に貼られた札はそればかりだ。世界の物差しは俺を六十という数字で測り終えて、もう興味を失っている。


 なのに、だ。


 あの判定官の古傷も。笑った男の抜けかけた術式も。この建物のどこが軋んでいるのかも。なぜか俺にだけは、世界の"答え"のほうから勝手に見えてしまう。


 妙な話だ。判定官は、俺のスキルを「半分しか出さない」と言った。何十秒もかかると言った。だが俺には、あの部屋のものが半分どころか隅々まで見えていた。時間がかかった覚えもない。ただ目を向けただけで、そこにあった。どちらかが間違っている。俺の実感か、協会の判定か。そんなはずはないと思いながら、その小さな食い違いだけが、胸の奥に棘のように残った。


 それが何の役に立つのかは分からない。判定官が言ったとおり、一円の金にもならないのかもしれない。


 それでも――。


 狭いアパートで腹を空かせて待っている陽菜の顔が、ふと浮かんだ。今日の飯代がいる。明日の分もいる。あの子が笑って眠れる夜がいる。ハズレだろうが査定不能だろうが関係ない。この目が金になろうがなるまいが、関係ない。潜れる場所は、もうここしかないのだ。ならば潜る。それだけだ。


 俺は青白い光に背を向けて、家路についた。ポケットの中で、E級の一文字がまだ冷たかった。


 この目がいったい何を映しているのか。それに気づくのは、まだずっと先の話だった。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。


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