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ホテル花鳥櫻月の殺人  作者: 天草一樹


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1/3

1:接敵

〇人物紹介

音無寧々(おとなしねね):主人公。小柄。理桜が恋愛対象として好き

伏見理桜ふしみりお:主人公の相棒。でかい。距離感がやや狂っている

出雲幸文いずもゆきふみ:住職兼霊媒師の男

猫又夢子ねこまたゆめこ:アイドル兼心霊系ユーチューバーの女子。

夜行キリカ(やぎょうきりか):自称ルポライターの女

山神亮介やまがみりょうすけ:建築会社の若い男

河村童慈かわかみどうじ:建築会社の若い男

三目照屋みつめてるや:中年の男

黒木楼部くろきろうぶ:ミステリ考察系配信者の男

森ヒスイ(もりひすい):自殺志願の女子高生


 草木も眠る丑三つ時。されど今この場では、草木が宙を舞い踊っていた。


「秘術・乱れ桜」


 ハスキーな女の声と共に、宙を舞っていた葉や草が淡い桃色の光を帯びる。桃色の葉は宙で一度静止すると、弾丸の如き速さと鋭さで、前を走る影に襲いかかった。

 しかし光り輝く葉の動きは、暗闇では派手で目立つ。

 また直線的な動きであったことから、狙われた影は木々を盾に、余裕で攻撃を躱していく。

 それを少し離れたとこから見ていた私は、「やっぱり、忍者向けの術じゃないね」と小声でぼやいた。

 ただ、どんな術にも一長一短がある。

 光る草木は闇夜で目立ち、奇襲には不向き。でも囮としては十分すぎる効力を持つ。


「ま、私が決めればいいだけか。秘術・音喰い」


 術を使用すると同時に、周囲の音が一切耳に入らなくなる。

 術師の一定範囲内の音を消滅させる、音無家に代々伝わる秘術。

 理桜が視線を誘導し、私が音を消し忍び寄る。

 これまで数多の妖を討伐してきた、私たちの必殺コンボ。

 標的は依然、理桜の術に気を取られている。

 このまま闇夜に紛れて近づけば首を刎ねるのも容易い。

 目測五メートル。

 ここまでくればもう十分。

 膝を軽く曲げ、足裏全体で力強く地面を踏みしめる。


「さよなら」


 呟きと共に跳躍した瞬間――影はこちらに振り向き、にんまりと三日月形の笑みを浮かべた。

 ゾクリ

 肌が粟立つ。全身の毛穴から冷汗が噴き出るのを感じる。

 気配は殺していた。音も一切聞こえていないはず。なのに、どうして動きがばれた。

 今すぐこの場を離れるべき。脳が何度も警鐘を鳴らす。

 しかし既に影に向けて跳躍を始めてしまった。ここから身を翻す術はない。

 ならやることは一つ。

 手に持ったクナイを握り締め、当初の予定通り標的の首目がけ全力で振り切った。

 手応えは、ない。

 避けられた。着地と同時に体を反転させ、標的からの反撃に備える。

 しかし振り返った私の視界に、標的の姿はなかった。


「寧々! 上だ!」


 理桜の必死な声が聞こえてくる。

 私は慌てて顔を上げようとするも、冷たく、石のように硬い感触が頭上を襲った。


「うっ」


 衝撃に耐えきれず、私は地面に押し倒される。受け身も取れず、全身の骨がきしむ感覚。せめて頭だけはと両手で後頭部を覆うが、どれだけ待ってもそれ以上の攻撃は来なかった。


「寧々! 無事か!」


 警戒を続けている間に、理桜が合流する。

 まだ地面に伏したままの私を心配してか、彼女の声は熱を帯びている。

 大丈夫。そう答えようとした直後、柔らかな二つの双丘に抱きしめられた。


「しっかりしろ! こんなとこで死ぬな!」

「……!」


 理桜はめちゃくちゃ力が強い。うちの里の男衆でも彼女に勝てるものなど一握り。

 だからまあ、思いっきり抱きすくめられると、声は出ないし引き剥がせないわけで。


「……ん! ……ぬう! …………ぬぬ!」

「起きろ! 起きてくれ!」

「む……! んう…………!」

「私のパートナーは寧々だけだ! こんなところで死ぬなんて許さな――」

「いい加減にしろ! マジで死ぬわ!」


 私は先の標的に向けた以上の力で理桜の頭に手刀を振り下ろす。

 渾身の一撃は防がれることなくきれいに理桜の脳天に直撃する。

 しかしダメージを受けたのは私の手の方。理桜は手刀を受けたことにも気づかぬ様子で、喋り動く私をじっと見つめると、再び強く抱きしめた。


「良かった……本当に、無事で良かった」

「ちょ、大げさだって!」


 私は無理やり理桜を押し返し、なんとか離れる。

 相変わらずこいつは距離感がバグってる。いったい私がどんな気持ちでいると思ってるのか。

 赤くなった顔を見られないようそっぽを向き、手で顔を扇ぐ。

 少しずつ心が落ち着いていく。それと同時に、先の状況がどれほど危険だったかを思い出し、今更ながら背筋が凍った。

 私は目を閉じ、聴覚と嗅覚に意識を研ぎ澄ます。

 周囲に妖の気配はない。本当に、私にとどめを刺すこともなくどこかに逃げてしまったらしい。

 目を開き、私は理桜に顔を向けた。


「標的がどこに逃げたかは分かる?」


 理桜は申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまない。寧々が心配で妖については……」

「ああ、いいよいいよ。私が仕留めそこなったのが悪いんだし」


 落ち込む理桜を慰めるため、殊更に明るい声で応じる。

 理桜は女性にしてはかなり体格がいい。身長は百九十二センチあるし、全身筋肉質で胸も大きい。スレンダーで小柄、時に男子と見間違われる私とはまさに正反対。

 ただ、体格に反して理桜のメンタルはあまり強くない。妖討伐を任とする忍び一族にもかかわらず、暗いのが苦手だし、暴力も好まない。叱られたり失敗するとすぐに落ち込む。

 そこがめちゃくちゃ可愛くて好き――ではなく、メンタルを保つために気遣いが欠かせないのだ。全くもって手がかかる。


「取り敢えずまた探すところからだね。また上から文句言われるのも面倒だし、さっさと仕留めて帰ろっか」

「分かった」


 少ししょげた様子ながら、素直にこくりと頷く。

 私はぐっと体を伸ばすと、理桜の手を取り、闇夜に包まれた山の中を走りだした。


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