1:接敵
〇人物紹介
・音無寧々:主人公。小柄。理桜が恋愛対象として好き
・伏見理桜:主人公の相棒。でかい。距離感がやや狂っている
・出雲幸文:住職兼霊媒師の男
・猫又夢子:アイドル兼心霊系ユーチューバーの女子。
・夜行キリカ:自称ルポライターの女
・山神亮介:建築会社の若い男
・河村童慈:建築会社の若い男
・三目照屋:中年の男
・黒木楼部:ミステリ考察系配信者の男
・森ヒスイ:自殺志願の女子高生
草木も眠る丑三つ時。されど今この場では、草木が宙を舞い踊っていた。
「秘術・乱れ桜」
ハスキーな女の声と共に、宙を舞っていた葉や草が淡い桃色の光を帯びる。桃色の葉は宙で一度静止すると、弾丸の如き速さと鋭さで、前を走る影に襲いかかった。
しかし光り輝く葉の動きは、暗闇では派手で目立つ。
また直線的な動きであったことから、狙われた影は木々を盾に、余裕で攻撃を躱していく。
それを少し離れたとこから見ていた私は、「やっぱり、忍者向けの術じゃないね」と小声でぼやいた。
ただ、どんな術にも一長一短がある。
光る草木は闇夜で目立ち、奇襲には不向き。でも囮としては十分すぎる効力を持つ。
「ま、私が決めればいいだけか。秘術・音喰い」
術を使用すると同時に、周囲の音が一切耳に入らなくなる。
術師の一定範囲内の音を消滅させる、音無家に代々伝わる秘術。
理桜が視線を誘導し、私が音を消し忍び寄る。
これまで数多の妖を討伐してきた、私たちの必殺コンボ。
標的は依然、理桜の術に気を取られている。
このまま闇夜に紛れて近づけば首を刎ねるのも容易い。
目測五メートル。
ここまでくればもう十分。
膝を軽く曲げ、足裏全体で力強く地面を踏みしめる。
「さよなら」
呟きと共に跳躍した瞬間――影はこちらに振り向き、にんまりと三日月形の笑みを浮かべた。
ゾクリ
肌が粟立つ。全身の毛穴から冷汗が噴き出るのを感じる。
気配は殺していた。音も一切聞こえていないはず。なのに、どうして動きがばれた。
今すぐこの場を離れるべき。脳が何度も警鐘を鳴らす。
しかし既に影に向けて跳躍を始めてしまった。ここから身を翻す術はない。
ならやることは一つ。
手に持ったクナイを握り締め、当初の予定通り標的の首目がけ全力で振り切った。
手応えは、ない。
避けられた。着地と同時に体を反転させ、標的からの反撃に備える。
しかし振り返った私の視界に、標的の姿はなかった。
「寧々! 上だ!」
理桜の必死な声が聞こえてくる。
私は慌てて顔を上げようとするも、冷たく、石のように硬い感触が頭上を襲った。
「うっ」
衝撃に耐えきれず、私は地面に押し倒される。受け身も取れず、全身の骨がきしむ感覚。せめて頭だけはと両手で後頭部を覆うが、どれだけ待ってもそれ以上の攻撃は来なかった。
「寧々! 無事か!」
警戒を続けている間に、理桜が合流する。
まだ地面に伏したままの私を心配してか、彼女の声は熱を帯びている。
大丈夫。そう答えようとした直後、柔らかな二つの双丘に抱きしめられた。
「しっかりしろ! こんなとこで死ぬな!」
「……!」
理桜はめちゃくちゃ力が強い。うちの里の男衆でも彼女に勝てるものなど一握り。
だからまあ、思いっきり抱きすくめられると、声は出ないし引き剥がせないわけで。
「……ん! ……ぬう! …………ぬぬ!」
「起きろ! 起きてくれ!」
「む……! んう…………!」
「私のパートナーは寧々だけだ! こんなところで死ぬなんて許さな――」
「いい加減にしろ! マジで死ぬわ!」
私は先の標的に向けた以上の力で理桜の頭に手刀を振り下ろす。
渾身の一撃は防がれることなくきれいに理桜の脳天に直撃する。
しかしダメージを受けたのは私の手の方。理桜は手刀を受けたことにも気づかぬ様子で、喋り動く私をじっと見つめると、再び強く抱きしめた。
「良かった……本当に、無事で良かった」
「ちょ、大げさだって!」
私は無理やり理桜を押し返し、なんとか離れる。
相変わらずこいつは距離感がバグってる。いったい私がどんな気持ちでいると思ってるのか。
赤くなった顔を見られないようそっぽを向き、手で顔を扇ぐ。
少しずつ心が落ち着いていく。それと同時に、先の状況がどれほど危険だったかを思い出し、今更ながら背筋が凍った。
私は目を閉じ、聴覚と嗅覚に意識を研ぎ澄ます。
周囲に妖の気配はない。本当に、私にとどめを刺すこともなくどこかに逃げてしまったらしい。
目を開き、私は理桜に顔を向けた。
「標的がどこに逃げたかは分かる?」
理桜は申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまない。寧々が心配で妖については……」
「ああ、いいよいいよ。私が仕留めそこなったのが悪いんだし」
落ち込む理桜を慰めるため、殊更に明るい声で応じる。
理桜は女性にしてはかなり体格がいい。身長は百九十二センチあるし、全身筋肉質で胸も大きい。スレンダーで小柄、時に男子と見間違われる私とはまさに正反対。
ただ、体格に反して理桜のメンタルはあまり強くない。妖討伐を任とする忍び一族にもかかわらず、暗いのが苦手だし、暴力も好まない。叱られたり失敗するとすぐに落ち込む。
そこがめちゃくちゃ可愛くて好き――ではなく、メンタルを保つために気遣いが欠かせないのだ。全くもって手がかかる。
「取り敢えずまた探すところからだね。また上から文句言われるのも面倒だし、さっさと仕留めて帰ろっか」
「分かった」
少ししょげた様子ながら、素直にこくりと頷く。
私はぐっと体を伸ばすと、理桜の手を取り、闇夜に包まれた山の中を走りだした。




