59 ヒント、見つかりましたか?
ルコント領に急いだハリーは、僅かな護衛とレティシアの屋敷に入る。
結界に信頼をおいているこの屋敷には、開けっぱなしの門に、門番すらいない。
お陰ですんなりと屋敷の玄関先に入れたハリーは、どんどんとドアを叩いた。
無防備に「はーい」と元気よく出てきたのは、使用人ではなく、この屋敷の主人であるレティシアだった。
ガチャッと開いたドアから、「いらっしゃい」と笑顔で出迎えられると、さっきまで不安で押し潰されそうだったハリーの心に、温風が吹きこみ一気に気分が和らぐ。
「こんな夜遅くにどうされたのですか?」
問いながらも、ドアを大きく開けてすぐに招き入れた。
「夜分にすまない。今、王宮・・いやこの国は混乱状態なのだが・・」
レティシアの顔を見る限り、今起きている王宮の詳しい状況を知らないようだ。
それもそうか。
彼女は夜会や華やかな社交界には、出ない。
それにしてもと首を捻る。
ハリーは落ち着くと、レティシアに現在起きていることを詳しく話した。
レティシアは王都に近いこともあって、国を二分する派閥争いが起こっていると認識しているのだが、それ以上は知らないようだ。
国王がマルルーナの『魅了』にかかっていることは話したが、エルエストの結婚の事は上手く避けて説明をした。
「そんなことが起きているなんて、全く知らなかったわ。領地の経営に忙しくて・・・」
あれだけ、大きな事件があったというのに、知らないとはどういう事だ?
「国中を巻き込んだ大きな事件だ。
流石にこの領地も観光客が少なくなったりして、変化はあっただろう?」
呑気なレティシアに、ハリーは思わず一つばかり声を大きくして尋ねてしまった。
「えーと、我が領地へいらっしゃる観光客の数は増えこそすれ、減ってはいませんわ」
予想外の答えにハリーが念押しで、「本当に?」と聞く。
「ええ、ドーバントン公爵も相変わらず来て頂いておりますし、タイラー侯爵夫妻も3日前から御滞在頂いてますわ」
「え? タイラー侯爵が? それは本当にタイラー侯爵本人なのか?」
机を挟んだソファーに座っていたレティシアの鼻先まで、興奮した様子で顔を近付けるハリー。
魅了に掛かったタイラー侯爵が、呑気に旅行をしているのが、信じられない。
「ま、間違えませんよ」
顔の近さに、背凭れ一杯に下がるレティシア。
しかし、そのまま考え込んだハリーが落ちるようにぽすんと、ソファーに座り動かない。
「・・・。明日、ドーバントン公爵に会いたい。手配を頼んでもいいか?」
「ええ、もちろんです。お任せください。あの・・、ところでエルエスト殿下は王宮にいらっしゃるのですよね? 殿下は『魅了』にかからなかったと仰いましたが、大丈夫なのでしょうか?」
上手く話を濁したつもりでいたが、婚約者の現状を、伝えないというのは無理だった。
ハリーは、言葉を選びながら、慎重に話す。
「さっき、マルルーナの『魅了』に陛下がかかったと言ったが、その時マルルーナがエルエストと結婚したいと言い出したんだ。それで・・その・・陛下がマルルーナを王妃にすると・・・」
ここでハリーは、言葉に詰まってしまう。
だが、レティシアはこの事態を小説の流れに沿って、やはり二人は愛し合ったのだと勘違いする。
ハリーが言い難そうにしていることも、レティシアの勘違いに拍車を掛けた。
「分かります。陛下もヒロインのマルルーナ様とエルエスト殿下の仲睦まじい所を見せつけられて、了承してしまったのですね。やはり、そうなりましか・・。しかし、エルエスト殿下は、ハリー殿下に王太子になって欲しいと仰っていたのに・・・?」
レティシアの勘違いな発言に、ハリーが焦る。
「あれ? 私は、今きちんと『魅了』の話をして、エルエストは嫌々マルルーナと結婚をさせられそうになっていると言いましたよね?」
ハリーは自分がレティシアをものにしようと考えて、自分でもエルエストを貶める言葉を吐いたのかと焦って、侍女のリズと執事のロバートに尋ねた。
リズは傍で頷く。
「ええ、『魅了』にかかってしまった陛下の命令で、エルエスト殿下がマルルーナと言う女と結婚させられそうなのは分かりましたよ。レティー様にはちゃんと伝わってなかったけれど・・」
ホッとするハリー。
このままレティシアが勘違いして、エルエストと別れるなんて事になったら、自分を信じてくれた弟にお詫びのしようもない。
そして、ここで初めて壁際に立っていた侍女のリズと執事のロバートとダルミアンを見たのだ。
「ん? おまえは陛下の専属侍従だったダルミアンではないのか? おかしくなって王宮からいなくなったと聞いているが、なぜここに?」
ダルミアンは、身バレして、ぐっと奥歯を噛み締めた。それから肩の力を抜き、正直に話し出した。
「はあ、それが・・・。どうやら私もマルルーナの『魅了』にかかっていたのです。それで、ここに来たのは、マルルーナの言う事を証明するために、『魔花の種』を探しにここ、ルコントにやってきたのですが・・・気がついたら、自分の馬鹿な行動に目が覚めて、王宮に帰れず、現在はここで働いています」
「えー!! そうだったの?」
と驚くレティシア達。
ダルミアンはルコントにいる内に、ここでの仕事が天職だと思えて、王宮での事を話せずにいたのだという。
「それから、もう一人フィリと呼んでるあの男も、マルルーナの『魅了』でここに来た、伯爵の次男で、名前はフィリベルト・バスクートです」
「え? ―・・えー!!!」
また新しい情報に、レティシア一同は、驚きの悲鳴をあげた。
「伯爵の次男だなんて・・。知らずに畑仕事までさせてたわ。謝罪しなくては・・・」
あわてふためくレティシアに、ハリーは冷静にコホンと咳払い。
「それは、無理に使役していたというわけではないのだろう? 本人が望んで仕事をしていたのだから、大丈夫だ。そんな事より、重大な発見があった」
ハリーは魅了を解除する手掛かりを掴み語尾を強めたが、レティシア達は聞いちゃいなかった。
「そうよね? 私、無理強いしてないわよね?」とみんなに確認。
リズも
「皿洗いさせたけど、あれも大丈夫よね」と目を泳がせている。
「皆さん、ちょっと黙って下さい。この国を救えるようなヒントを得たところなんです!!」
ハリーの圧に、二人はヒュッと息を吸い込み黙った。
そしてハリーは、フィリベルトをここに呼ぶように言った。
すぐに、その役を買って出たダルミアンは、フィリベルトと屋敷に向かう途中で第一王子がここに来ている経緯と、現在の王宮で起こっている出来事を話した。
ハリーに呼ばれたフィリベルトは、少し気まずそうにしている。
彼の実家であるバスクート伯爵家は、第二王子派の派閥に属していたせいもあって、ハリーには近付かないようにしていたのだ。
だが、自分がかけられた『魅了』のせいで、家族が血眼になって息子を探していたことは知っているし、ここにずっと逃げている場合ではないことも知っていた。
少し後ろめたい思いをしているフィリベルトとは対照的に、ハリーは真っ正面から二人の顔を見ている。
「ここに来た二人は、『魅了』から解放されたのですよね? それともまだ、マルルーナ嬢に特別な想いを抱いていますか?」
二人は「いいえ、今は何の想いもございません。それどころか、なぜあんなに彼女を助けたいとか、執着していたのか、理解出来ていない」
ときっぱりと言い、「魅了」からはすっかり覚めている事が見て取れた。
「ここに来て、魅了から解放されたことに至った経緯を、教えてほしい」
二人は顔を見合わせ、戸惑う。
実のところ、自分達がどうして我に返ったのか分からないのだ。
まず、ダルミアンが状況を思い出そうと首を捻りながら、一言一言、言葉を確認するように話し始めた。
「大事な人の為に、やり遂げなければと思ってルコントに来ました。でも、お腹が空いて喉が渇き、湧き水を飲んだ途端に、頭の中に充満していた煙が少し晴れたんです。そして、気がついたら御領主様の屋敷の前にいて・・。その後、スープを頂いてから自分の手と足に感覚が戻って来たんです。それから、しばらくしてすぐに自分の名前や、仕事を思い出したんですが・・・。陛下に仕出かした事が恐ろしくて・・・今まで言い出せませんでした」
言い終わるとガバッと立ったかと思うと、床に額を擦り付け土下座するダルミアン。
「ここにいる方々は、私の素性を知らず受け入れてくれたのです。だから、お咎めは私一人にお願いします。そして、この領地で働くのが楽しくて、本当の事を言えず、申し訳ございませんでした」
頭を下げているダルミアンに、レティシアは彼のそばでしゃがみ、背中を擦る。
「ハリー王子はあなたを捕まえにきたんじゃないわ。それに、あなたは罪人ではない。寧ろ被害者よ」
顔をあげるダルミアンにレティシアは続けた。
「あなたが罪人なら、この国のトップである陛下や高位の貴族も罪人ということになるのよ? だから、あなたは堂々としていればいい。でも誰かがあなたに罪を押し付けるなら、出訴して返り討ちにしてやるわ。あなたは我がルコントの領民なのだから、なんだってするわよ」
ダルミアンは再び顔を床に擦り付ける。肩を震わせ、泣いているのだろうか?
そのダルミアンの肩をもう一人の被害者が優しく叩いた。
「私もこのような状況になった報いをあの女に受けさせたい」
フィリベルトも僅かな記憶を話し出した。
「私は、ルコントに来る途中まで、とても気分が高揚していました。マルルーナの為に働けることを。そして、彼女の探している物を見つければ、喜んでくれる。その想いだけでルコント中を探していましたが、しばらくすると薬草畑を見つけて歓喜した記憶ははっきりと残っています。見つけたと思ったのです。それと同時にお腹が空いて・・。そして葉っぱを摘んで一口食べました。その瞬間、息が吸えた・・、そんな気がしたんです。とても澄んだ空気が肺に入ってくるのを感じました。その後すぐに取り押さえられて、屋敷に・・・」
その当時の様子が恥ずかしかったのか、頬を赤らめた。
伯爵令息が、ボタンも失くした姿でいたのだから、思い出したくない黒歴史というわけだ。
ハリーは、ため息をついたが、その顔には希望が見えた明るさがあった。




